奴隷落ちした公爵令嬢はただの女になった

柊原 ゆず

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③断罪劇

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 会場の準備に滞りはないか、セドリックは確認のために周囲を見回していた。会場に設置されたテーブルの一角では、生徒会の役員が集まり話し合いを行っていた。 卒業パーティーの段取りについて確認をしているのかとセドリックが思い、耳を傾ける。だが彼の予想とは裏腹に、彼らはグロリアの断罪について話していた。彼らにとってグロリアはすっかり『悪役令嬢』と見なされているようだ。セドリックは苛立つ気持ちを腹に据え、仮面のような笑顔を貼り付けた。

「やあ。何を話しているんだい?」

 何を聞いてませんという顔で、セドリックは伯爵令息のアイザックに声をかける。アイザックは嬉々とした顔で口を開けた。

「セドリック殿下!以前お話した断罪の件ですよ。今日はリヴィール嬢の悪行を皆に知ってもらうまたとない機会です!抜かりのないように、こうして話し合っているのです」
「……それじゃあ、会場の準備は終えたのかい?」
「ええ、勿論です!」
「テーブルには花を飾ることになっていたよね。テーブルの上が随分寂しいようだけど」
「……!も、申し訳ございません!」

 彼らは断罪のことで頭がいっぱいのようで、セドリックは息を吐いた。

「……あの、セド……殿下。怒らないでくださいっ!生徒会の皆さんは、私のために力になってくれているんです!」

 生徒会の役員を庇う素振りをするアリエルに、セドリックは閉口する。そもそも、テーブルに花を飾ろうと提案したのは彼女であり、本来であれば率先して準備を行う立場であったためだ。セドリックは眉間に皺を寄せて、口を開けた。

「……。ならば君も尽力すべきだよね」
「へ?」
「この三年間、君は何か成長したのかい?」
「も、勿論ですっ!」
「……そう。今日の卒業パーティーではこれまでの集大成を見せてくれ。楽しみにしているよ」
「は、はいっ!」

 楽しみにしていると言ったセドリックの言葉を好意的に捉えたアリエルは嬉しそうに返事をして、ニヤニヤと笑いながらセドリックの腕に絡みつこうと手を伸ばす。彼女の手が届く前にセドリックは踵を返して、会場を後にした。そろそろパーティー衣装に着替えなければならないためだ。
 あの女は、今だに僕を愛称で呼ぼうとしたり、先程のように接触を図ろうとする。彼女は、勉学はおろかマナーも入学当初のまま変化がないようだ。教師の評判は芳しくないのを見るに、ろくに努力などしてこなかったのだろう。そんな女が、リアを蹴落とし皇妃になりたいだと?皇族も随分と舐められたものだ。
 セドリックは不敬罪でアリエルを今すぐ罰してやりたい気持ちを堪えながら、黒く上質な素材で作られたスーツを手にとった。グロリアの美しい髪をイメージして仕立てられたものだ。ネクタイは彼女の瞳と同じ菖蒲色。その上には鮮やかな青いペリースを羽織る。
 リアは、僕が送ったドレスを着てくれただろうか。彼女の白い肌に鮮やかな青が映えて、その美しさに僕は見惚れてしまうだろう。彼女が僕の瞳と同じ色のドレスを着ていると思うだけで、これまでの不快感が一気に払拭される。リア、君には辛い『劇』になるけれど、待っていてね。僕が必ず助けてあげるから。
 鏡には、恍惚とした笑みを浮かべるセドリックが映っていた。





 ついに『断罪劇』が始まった。アイザックの言葉に顔を青くしたグロリアは、目線をアリエルに移した。助けを求めるような眼差しは無常にも意味を成さず、顔色は更に悪くなった。グロリアは震えながら、言葉を振り絞る。
 可哀想なリア。この時一番に僕を見て、頼ってくれていたら、僕は君を助けてあげたのに。十年以上の付き合いがある僕よりも、ぽっと出のあの女に頼るなんて酷いじゃないか。
 孤軍奮闘するグロリアは、やがて潤んだ眼差しをセドリックに向けたが、助けを求めるには遅すぎた。

「グロリア、婚約破棄しよう。君が望んでいたことだよね?」

 グロリアは言葉を詰まらせたものの、無実を訴える。
 僕から逃げようとしたのに、助けを求めようなんて虫が良すぎるよ。リア、君は本当に酷いひとだ。甘やかしすぎたのかな。遠慮はもう、いらないね。
 セドリックは自分だけのものとなったグロリアを想像する。緩みそうになる口元を引き締め、努めて優しく囁いた。

「いい子で待っていてね」

 グロリアは一つも状況が理解できずに、呆気にとられながら皇室騎士団の団員に連れて行かれた。重い扉が音を立てて閉まり、生徒会の面々が考えていた『断罪劇』は終わった。グロリアの出て行った扉が閉まるのを確認して、セドリックは踵を返して彼らを見る。
 本当の断罪はこれからだ。

「殿下!これで晴れて、アリエルを皇妃にできますね!」

 清々しい顔をしてセドリックに声をかけたアイザック。彼は笑みを浮かべた。

「そうだね。早速だけど、皇妃教育を始めようか」

 指を鳴らすと、間髪入れずにアリエルの両側にメイドが現れ、セドリックの前には数人の生徒が集まった。彼らは、セドリック自身が吟味した側近だ。血筋ではなく、能力を買われ、セドリックに忠誠を誓う『忠犬』達だ。

「な、何よこのオバサン達……?!」
「彼女達は皇妃教育のエキスパートだよ」

 動揺するアリエルにセドリックは笑顔のまま、言い放った。

「せ、セドリック様!こんなの、あんまりです……!愛があれば、教育なんて……っ!」
「……リアは全部こなせたよ。彼女が出来て、君が出来ないはずないだろう?」

 セドリックの言葉に、アリエルは一瞬言葉を詰まらせたが、すぐに言葉を喚き散らす。聞くに堪えない言葉に、セドリックはメイドに目で合図を送った。メイド達はアリエルの腕を掴み、ドアの方に引きずって行く。

「『愛』があれば、皇妃教育なんてできるよね?皇妃になりたいと言うのなら、頑張って」

 セドリックの言葉に、アリエルは抵抗を止めた。

「こんなはずじゃ……逆ハールート目指したのに何で……?」

 ぶつぶつと呟くアリエルの姿は異様だった。アリエルの変わりように驚く面々を置き去りに、彼女は引きずられて行った。

「さて、残るは君達だね」
「で……殿下……?」

 状況が読めずにいるアイザックは酷く滑稽で、セドリックは笑いを堪えて言い放つ。

「生徒の諸君には、証言の捏造や書類の偽造による罪があるね」
「な、何を仰いますか!私達は潔白です!」
「リアには皇室直属の『影』を付けている。リアがアリエル嬢を虐めている報告は上がっていない」
「そんな……!何かの間違いでは?!」
「皇室が選んだ『影』が、間違いを犯すと思うかい?」
「ッ……!」

 『影』を悪く言うことはつまり、皇室の目を疑うことになる。言い逃れが出来ないと悟ったのか、アイザックは口を閉ざしてしまった。

「残念だけど、卒業パーティーはここまでだ。君達には追って処分を下すよ」
「……殿下!私は、アリエル嬢に言われて証言しました!」
「お、俺もです!」
「私も!」

 次々と挙がる生徒の言葉を煩わしく思いながら、セドリックは口を開けた。

「言い訳は結構だ。僕のリアを傷つけた罪は償ってもらうよ」

 セドリックは重々しいドアを開け放ち、生徒達に笑いかけた。

「ああそうだ。諸君、卒業おめでとう!」

 高らかな声を上げ、セドリックは側近と共に会場を後にする。向かうは愛しい元婚約者の部屋だ。
 リアはいい子にしているかな?
 セドリックは鮮やかな青を纏ったグロリアを想像して、笑みを漏らした。

つづく
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