悪役令嬢の姉ですが妹に懐かれすぎて断罪回避余裕です

柊原 ゆず

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悪役令嬢の姉ですが妹に懐かれすぎて断罪回避余裕です

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 初めは自分が悪役令嬢に転生してしまったのではないかと思った。前世でプレイしていた乙女ゲームに出てくるクヤーク公爵家は悪役令嬢ローズの生家であったからだ。しかし、私の容姿は、彼女の容姿である金髪と赤い瞳ではなく茶髪に碧眼と大きく違っていた。
 乙女ゲームの世界に生を享けて、二年後。私は自分の置かれた立場を理解した。今世での母親に抱かれている小さな存在。輝くような金髪に燃えるような赤い瞳。彼女こそが、ローズであった。彼女の髪を撫でてやると、彼女の小さな手が私の指を掴んだ。にこりと笑うその姿に、私は胸を打たれた。この子を、絶対に幸せにしてみせる。私は強く誓った。

「ねえさま!ねえさま!みて!」

 ぴょこぴょことヒヨコのように私の後をついてくる小さな天使、もといローズ。彼女の手には白い百合の花。

「ねえさまににあうとおもって!」

 太陽のような眩しい笑顔。ローズはとても優しい女の子に育った。悪役令嬢とは程遠い笑顔に、私は安堵する。このまま、ゲームの強制力が働きませんように。私は願うのだった。





 今日はローズの通う王立学園の卒業式だ。両親と共に姉である私も出席し、可愛い妹の晴れ姿を堪能していた。ローズは心優しく礼儀作法も完璧な令嬢へと成長し、婚約者である王太子アーロンとの関係も良好であった。本当は私がエスコートしたいところだが、アーロンが式の半年前からエスコートの準備をしているようで泣く泣く諦めた。アーロンとローズは鮮やかな赤をモチーフにした服を身に包み、会場に入ってゆく。ローズの瞳の色に合わせた衣装にアーロンは嬉しそうだ。
 二人が入場してすぐに一人の男が彼らの前に立ちはだかった。宰相の息子、そして攻略対象であるベンジャミンだった。彼の後ろに隠れている美少女はヒロインであるリリィ。他の攻略対象である男達も彼女を守るようにして寄り添い、ローズを睨んでいる。これは、乙女ゲームの終盤に起こるシーンと似ていた。本来であれば、リリィはアーロンの後ろに隠れているはずだが、彼はローズのエスコートをしている。ローズが変わったおかげでストーリーが微妙に変わったのだ。しかし、断罪は避けられなかったようだ。私は悔しさにドレスの裾を握りしめた。ベンジャミンはローズめがけて指を指し、声高々に言い放った。

「ローズ・クヤーク、貴様は平民であるリリィをいじめた罪で投獄する!」

 一瞬にして絶対零度の空気を纏うアーロンに気付くことなく、ベンジャミンはローズの罪状を伝え始めた。しかし、ローズは王妃教育に忙しく、空いた時間には私やアーロンとお茶会をしていたのだ。リリィをいじめる暇などはない。当然ローズは身に覚えがなく、扇子で顔を隠しているが指が僅かに震えている。動揺しているのは明らかだった。アーロンは安心させるようにローズの肩を抱き、ベンジャミンを見据えた。

「目上の者に話しかける時には声をかけるのがマナーだろう。ベンジャミン、君はいつから公爵令嬢であるローズよりも身分が上になったのかな」
「……そのような古い慣習は廃止し、リリィと共に新しい慣習を作るべきではないですか?それに、ローズ・クヤークは罪人です。罪人に礼儀など必要ないでしょう!」

 リリィは礼儀作法を覚えるどころか、撤廃しようと声を上げているようだった。彼女の言葉に賛同するのは彼女に魅了された攻略対象者や男ばかりで、彼らの婚約者は彼女を疎ましく思っており、結局周囲を変えることには繋がらなかった。
 声を荒げるベンジャミンを見て、アーロンは静かに口を開けた。

「……ローズがやったという証拠でもあるのかい?」
「彼らが証人です」

 王立学園に通う男子生徒数名が、ローズがリリィをいじめていたと証言する。

「それは、いつのことか覚えているかい?」
「十月五日にこの目で見ました!」
「十月五日、ねえ……。ローズの記録、今確認できるかな?」

 側に仕えていた執事が書類をアーロンに手渡す。

「王妃となる女性は行動も逐一記録されているんだ。その日は王妃教育を受けているし、終わった後に僕とお茶会をしているね。ローズが他人をいじめる時間などないよ」
「なっ……?!これはどういうことだ……!?」
「……あ、アーロン様!!」

 リリィが声を上げた。

「わ、私……誤解していたのかもしれません。私を見るローズ様の目が怖くて……。私が、アーロン様と親しいから……」

 リリィは目に涙を浮かべ、アーロンへと駆け寄る。が、アーロンは手で彼女を制止した。

「あ、アーロン様……?」
「僕が君と親しい?名前を呼ぶことすら許可していないのに。君が一方的に僕に付き纏っているだけだろう」
「そんな……っ!アーロン様、私……!」
「許可していないと言っただろう。口を慎め」
「ッ……!」

 リリィが俯く。彼女の様子など気にも止めず、アーロンはローズに微笑む。

「謂れのないことで心を痛めてしまったね。大丈夫かい、ローズ」
「……ええ、大丈夫ですわ。お気遣い感謝いたします」
「君と僕の仲じゃないか。君のことは僕が守るから、安心して身を任せてほしい」

 二人の仲睦まじい姿は、周囲の混乱を落ち着かせるには効果的であった。アーロンに拒絶されたリリィはブツブツと何かを呟いている。

「……こんなの、おかしい。ヒロインは、その場所にいるのは私のはずなのに……ッ!」

 リリィがローズめがけて手を振り上げる。アーロンは素早くリリィの手首を掴んだ。

「今、ローズに手を上げようとしたな?」
「いッ……!」

 冷えたアーロンの声。手首を掴む力が強まり、ローズは痛みに顔を歪めた。

「未来の王妃を傷付けようとしたのだ。その罪は重い。早く連れて行け。コイツに誑かされた奴等も一緒にな」

 シナリオやらゲームやら喚くリリィと、彼女の様子を見て唖然とする攻略対象者達は会場から追放された。

「邪魔が入り悪かった。卒業パーティーの続きを始めようではないか」

 アーロンの言葉に、周囲が落ち着きを取り戻し始めた。最初にダンスを踊るのはアーロンとローズ。優雅に踊る二人に、周囲が魅了される。その美麗なシーンは乙女ゲームにはない展開だ。これでようやく、心から二人を祝福できる。

「お姉様、私のダンスはいかがでしたか?」

 アーロンの誘いで三度も踊ることになったローズは、踊り終わった後真っ直ぐに私の元へとやってきた。

「素晴らしかったわ。たくさん練習したものね。流石だわ、ローズ」

 ローズは嬉しそうに笑う。離れた場所で私を羨ましそうに見つめるアーロンに気付かないふりをして、私も微笑んだ。
 断罪は無事に回避できた。だが、不安が一つ増えてしまった。それは、アーロンのローズへの愛が深すぎることだった。乙女ゲームでは、アーロンルートのバッドエンドは監禁だった。ヒロインとの愛を周囲が認めず、闇堕ちしたアーロンは彼女を監禁してしまうのだ。
 今のアーロンは闇堕ちしていないが、ローズへの独占欲が強く、ローズの家族である私に対しても羨望と憎悪の混じった瞳を向けている。ローズはそんな彼の異常さに気付くことなく、私を慕う。慕ってくれるのは嬉しいが、いつか私はアーロンに消されてしまうのではないかと肝を冷やしている。これはどう回避すべきだろうか。私は頭を悩ませるのだった。

つづく(やる気があれば)
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