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第四話 籠の中のお姫様
しおりを挟む今思えば、私は夫のことも、この国のこともよく知らないで過ごしていた。私は元々隣国の公爵令嬢であり、当時皇太子だったジークから求婚され、私はこの国を知る機会なくこの屋敷で過ごしてきた。今更ではあるが、これではいけないと思った。夫のためにも、よき妻として勉強をしておかないと。私は屋敷にある図書室へ足を運んだ。
政治について、そして夫について調べてゆく。ジーク・ルノーは歴代と比べても秀でた皇帝と記されていた。常に冷静で、表情を変えない、らしい。残虐非道とは書かれていなかったことに胸を撫で下ろした。自分の夫がよき皇帝だと知り、自分自身のように嬉しくなった。
「クレア」
背後で声が聞こえた。聞き慣れた優しい声に、私は振り返る。そこには夫がいた。笑みを湛えて、彼は歩み寄る。何故だかそれが、私には酷く恐ろしく思えた。瞳の奥が笑っていないのだ。彼が怒っているように見えて、私は一歩後退る。そんな私の様子を彼は見逃さなかった。
「どうして後退りなんてするんだい?」
「あ……、その、私……」
「僕に隠し事はしないって約束したよね?」
私の手首を掴んだ夫は、私の顔をじっと見つめた。黒い双眼が私を捉える。瞳の奥にどろりとした闇が見えて、私は初めて夫が恐ろしいと思った。
「隠し事、なんて。してないわ」
私は平然を装う。けれど夫は薄く笑った。
「嘘はいけないよ、クレア。一昨日、男と話したね?」
「……!」
どうして、それを。息を飲む私に、夫の顔から表情が消えた。
「俺が残虐非道な皇帝かもしれないって、調べようとしたんだろう?けれどここの書籍は全て俺が目を通している。そんなことを書かせるほど俺は馬鹿ではないよ」
「ご、ごめん、なさい……」
夫の言葉が追い詰めるように私の首を絞める。平素と様子の違う夫の言葉が怖くて、苦しくて、私は声を絞り出す。彼は私の頬に触れた。私は反射的に身を固くする。
「あの男達は魅力的だった?俺の約束を破ってまで話しかけたくなるほど?」
「ち、ちが……!」
「でも、もうあの男達はいないよ。残念だったね」
「え……?」
いないって、それは一体どういうこと?あなたが、彼らを屋敷から追い出したの?それとも……。言いたい言葉は震えて声にならず、彼の言葉に血の気が引いていく。
「君がいけないんだよ。君が話しかけてしまったから。君が男達を魅了してしまうから。全部、全部君が悪いんだ」
「……私が……?」
彼らが命を落としたのは私が話しかけたからだと夫は言い放つ。それでは、私が彼らを殺したも同然だ。私は事の重大さを受け止められず、零れた想いが瞳から溢れた。彼は親指の腹で、私の涙を拭う。
「ああ、泣かないで。愛しのクレア。でも大丈夫。君が僕だけを見ていれば、そんなことは起こらないのだから」
夫は耳元で囁く。彼の低く優しい声は、いつもと変わらない私の大好きだった声。
「愛してるよ、クレア」
愛の言葉が、今の私には呪詛のように鼓膜を揺さぶるのだった。
ルノー王国第三十七代目の皇帝、ジーク・ルノーは残虐非道な皇帝であったがある日を境に一切処刑を施すことはなくなった。元々政治の才があるジーク皇帝は国民の支持を得て、長きに渡り政治に関わることとなった。
ジーク皇帝の妻であるクレア・ルノーは絶世の美女と噂されていたが、資料には彼女についての情報は殆ど記載されておらず、謎多き女性として記録されているのだった。
Fin.
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