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第三話 秘めた恋心
しおりを挟むルノー王国の皇帝は頭脳明晰な男だ。国としては安泰しており、彼を慕う平民もいるほどだ。しかし、皇帝にはもう一つの顔があった。それは、冷徹で残虐非道という一面だ。そもそも国を安泰させているのも自分が長く皇帝の座に君臨するためであり、国民のことなどこれっぽっちも考えていないのだと大臣は語っている。反逆は勿論のこと、皇帝に逆らえば死は確定されていると言っても過言ではなかった。
そんな恐ろしい皇帝の住まう城に執事として雇われた。正直に言うと恐怖でしかないが、目立たずに日々をやり過ごそうと考えていた。
執事として配属されて一番に教えられたのは、皇帝の妻である皇妃様についてだった。皇妃様であるクレア・ルノー様はプラチナブロンドの髪にエメラルド色の瞳をした美しい女性と聞く。皇帝は彼女に、愛情の域を超えた感情を持っているようだ。彼の残虐非道さは彼女にまつわるものばかりらしい。彼女に声をかけようとした執事や、彼女を一目見た執事は例外なく皇帝の手によって『処刑』された。彼女の傍にはメイド達を配置し、男性は傍に置かないという徹底ぶりだ。
新米執事が最初に教えられることがこれとは、相当なものなのだろう。俺が生き残るには、皇妃様という爆弾を目にしないようにすることだ。彼女は午前中に庭園で散歩をされることが多いと先輩の執事から忠告を受けた。俺は絶対に庭園には近づかないようにしようと決めたのだった。
それは偶然だった。仕事がひと段落した俺は庭園を迂回して休憩室へ向かうところだった。その時、散歩に向かう皇妃様を一目、見てしまったのだ。風に攫われるようにプラチナブロンドの髪が揺れる。メイドに笑いかけるその美しい顔といったら。筆舌に尽くし難いお姿だった。俺は一目で皇妃様に心を奪われた。しかし、皇帝の姿が脳裏に浮かび、俺はすぐさま顔を反らした。この場には、皇帝はいない。セーフだ。きっと、恐らく、限りなくセーフだ。そうだと言ってくれ。
自分は処刑されるかもしれない。その恐怖に怯えながら、平然を装い休憩室に戻る。恐怖の合間に、皇妃様の横顔が俺の脳裏にちらついて消えることはなかった。
休憩を終えて仕事に戻ると、謁見の間から断末魔が聞こえた。二人分だ。どうやら、皇妃様に声をかけられた執事二人が皇帝に『処刑』されたらしい。彼らは俺と同時期に雇われた男達だった。次は我が身だと思うと身体が恐怖に戦き震えてしまう。
「おい、大丈夫か?」
「……だ、大丈夫、です」
先輩の執事が声をかけてきた。俺はぎこちなく笑う。血の気が引いていく俺の姿はとても大丈夫な姿とは言えないだろう。
「『処刑』は初めてのようだな。ここで働く以上は慣れてもらうしかないぞ。頑張れ、新人」
先輩は俺の肩を軽く叩く。俺は力なく頷くことしかできなかった。
脳裏に、美しい皇妃様の横顔が映り、中々離れてくれない。彼女への想いは日に日に募っていく。同じ屋敷にいるというのに、もうお目にかかれないなんて。酷い。むごすぎる。
今ならば、皇帝の気持ちが分かる。自分が皇帝でも、他の男を魅了してしまう彼女を囲ってしまっていただろう。俺は今、皇帝相手ですら嫉妬心を燃やしてしまっているのだから。
皇帝を残虐非道にしたのは他ならぬ彼女だ。もしかすると、彼女は悪魔なのかもしれない。ここにもう一人、人生を狂わされた男がいるのだから。
「クレア様、お慕いしております」
俺は今日も、密かに彼女の横顔を見つめる。
つづく
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