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淡い恋が始まる前の話
しおりを挟むグランドで一人、立ち尽くすあなたは何を見ているのだろう。甲子園で儚く散った過去を見ているのか。それとも、これから先、どこの進路へ向かうのか未来を見ているのだろうか。あなたの大きな背中で、その表情を伺うことは出来ないけれど。
甲子園は二回戦で負けた。これから待っているのは大学受験。スポーツ推薦で受験できる程彼は華々しいプレーヤーではない。けれど真剣な眼差しが、努力家な性格が私を強く惹き付ける。内気な私は彼に話しかけることも出来ないけれど、応援しているだけで良かった。
時折、図書室からグランドを見つめている女子生徒がいた。誰だろうと思いよく見てみると、同じクラスの古泉サンだった。真面目そうな印象の彼女だが人と話しているのをあまり見たことがない。スポーツも得意ではなさそうな彼女は一体何を見ているのだろうか。小さな疑問符を浮かべるものの、あまり興味を持つことなくその疑問はグランドを走っているうちに消えてしまった。
甲子園の第二試合。俺達はいつもより調子が良かったが、相手が悪かった。優勝経験のある強豪校。同点まで追い詰めたが、結局は負けてしまった。俺達の最後の夏は呆気なく終わりを迎えた。帰る支度をしていると、観客席で泣いている女が目に入った。古泉サンだった。声を押し殺して涙を流すその姿に、俺は強く心を揺さぶられた。自分達の試合を応援し、涙まで流してくれた。それは素直に嬉しいことだった。俺は近寄って彼女の涙を拭いたくなったが、俺と彼女に接点があるわけではない。俺は後ろ髪を引かれるような思いでその場を後にした。
家は塾に通うような経済的な余裕はなく、私はいつも近所の図書館で受験勉強をしている。受験シーズンのためか、私以外にも生徒はいるが、私語禁止のため静かだ。今日もいつものようにノートにシャーペンで問題を解いていく。一息吐いて紅茶を飲んだ私は思わぬ人物を目にした。彼だ。斜め前で、彼が勉強をしていた。集中していて気が付かなかった。大きく跳ねる心臓。ドクドクと大きく脈打つその音が聞こえやしないかと心配になりながら、私は気持ちを落ち着かせるために紅茶を飲んだ。あの真剣な眼差しは、野球をしていた時と同じだ。けれど至近距離で見たのは今日が初めてだった。
「なあ」
小声で声が聞こえた。何だろうと思いながら、私は気を取り直してシャーペンを握る。
「なあ、古泉サン」
「ひえっ?!……は、はい」
大きな声が出てしまい、慌てて口元を押さえて声のトーンを落とす。斜め前の彼が自分に声をかけたようだ。
「ここ、分かる?俺分かんなくてさ。古泉サン頭いいでしょ?教えて」
両手を合わせてお願いするようなポーズ。私のことを知っていたのか、という驚きを覚えつつ、ぎこちない小声で問題の解き方を伝える。ふむふむと唸っていた彼が、理解できたのか顔にパッと花を咲かせた。初めて見る彼の笑顔に心臓が鷲掴みにされる。
「お、おお!そうやって解くんだな。ありがとう。古泉サン、教えるの上手いな」
「い、いえ、どういたしまして……」
顔が赤いこと、バレてはしないだろうか。そう思いながら私は俯いて紅茶を飲む。けれど喉の渇きを潤すことができない。いつになく緊張しているようだった。
彼とはそれから、図書館でよく会うようになり一緒に勉強することになった。その先の話はお話するのが恥ずかしいのでこの辺りで失礼させてください。これから彼と会う約束をしているもので。
Fin.
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