短編集(恋愛)

柊原 ゆず

文字の大きさ
上 下
7 / 22

僕のお姫さまはいつだって君だけ

しおりを挟む

 白雪しらゆき 林檎りんごがアイドルを辞めると言った。彼女は五人組アイドルグループ『Fairy Taleな私たち』のメンバーの一人だった。彼女はメンバーの中でも歌唱力、ダンス、MC力の全てに長けており、グループ内で一番の人気を誇っていた。同じくメンバーの一員である僕、白鳥しらとり 翔子しょうこは彼女に憧れを抱いていた。自分を極限まで追い込み、ファンの皆に笑顔を届ける彼女はアイドルの鏡だ。僕は彼女の隣に立てることを何よりも誇りに思っていた。それなのに。

「……林檎、どうして」

 林檎は多くを語らなかった。眉を下げて、ごめんねと呟くだけだった。僕は衝動的に彼女の胸倉を掴んだ。

「謝るくらいなら辞めるって言うな!!」

 林檎は動揺することなく、ごめんねと言うだけだった。一貫した態度に、彼女の意思が固いことを悟る。ズルズルと身体の力が抜けていく。僕は縋るように彼女の服を掴んだ。

「……ねえ、お願いだよ。嘘だって、冗談だって言ってくれないか」

 眉を下げた林檎の言葉はこれで三度目だ。彼女は膝をついた僕を優しく抱擁する。ふわりと香る林檎の香水に包まれて、これが夢ではないことを思い知る。堪らずに、僕の瞳からは大粒の涙が零れ落ちた。彼女は、幼子をあやすように、僕の頭を撫でる。違う、こんなものが欲しいわけじゃない。僕は貴女の隣に立ち続けていたいだけ。それだけなのに、それすらも叶わないのか。

「大丈夫。翔子なら私がいなくても立派なアイドルよ」

 僕は首を振る。

「違う、違うよ林檎。僕は、君とアイドルを続けたい。それだけなんだ」
「……ありがとう、翔子」

 林檎は僕の額にキスを落とした。

「大好きよ」

 その言葉は今、聞きたくなかった。





 林檎はファンにも引退を発表した。ラストライブは悲しくなるほどあっという間で、お姫様のように可憐な林檎は表舞台から姿を消した。
 彼女は今、何をしているのだろう。彼女は現在、連絡手段を一切絶っている。どこで何をしているのか、全く分からない。僕の悲しみは絶望と怒りに変わっていった。僕を捨てた貴女に思い知らせてやる。最高のアイドルを自分は見捨ててしまったと、後悔させてやる。僕は『Fairy Taleな私たち』を抜け、『白鳥 翔』としてソロ活動を始めた。白いスーツを身に纏い、頭には王冠のアクセサリーを身に着ける。コンセプトは『白鳥の王子様』だ。僕は今日もステージに立つ。

「待たせたね、僕のお姫様。さあ、舞踏会を始めよう!」

 多くの歓声が僕には虚しく響く。僕のお姫様の席は今も空席のままだ。

Fin.
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

男性向け(女声)シチュエーションボイス台本

しましまのしっぽ
恋愛
男性向け(女声)シチュエーションボイス台本です。 関西弁彼女の台本を標準語に変えたものもあります。ご了承ください ご自由にお使いください。 イラストはノーコピーライトガールさんからお借りしました

初めてなら、本気で喘がせてあげる

ヘロディア
恋愛
美しい彼女の初めてを奪うことになった主人公。 初めての体験に喘いでいく彼女をみて興奮が抑えられず…

校長先生の話が長い、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
学校によっては、毎週聞かされることになる校長先生の挨拶。 学校で一番多忙なはずのトップの話はなぜこんなにも長いのか。 とあるテレビ番組で関連書籍が取り上げられたが、実はそれが理由ではなかった。 寒々とした体育館で長時間体育座りをさせられるのはなぜ? なぜ女子だけが前列に集められるのか? そこには生徒が知りえることのない深い闇があった。 新年を迎え各地で始業式が始まるこの季節。 あなたの学校でも、実際に起きていることかもしれない。

♡ちょっとエッチなアンソロジー〜下着編〜♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショートつめ合わせ♡

放課後の生徒会室

志月さら
恋愛
春日知佳はある日の放課後、生徒会室で必死におしっこを我慢していた。幼馴染の三好司が書類の存在を忘れていて、生徒会長の楠木旭は殺気立っている。そんな状況でトイレに行きたいと言い出すことができない知佳は、ついに彼らの前でおもらしをしてしまい――。 ※この作品はpixiv、カクヨムにも掲載しています。

♡ちょっとエッチなアンソロジー〜おっぱい編〜♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート詰め合わせ♡

美少女幼馴染が火照って喘いでいる

サドラ
恋愛
高校生の主人公。ある日、風でも引いてそうな幼馴染の姿を見るがその後、彼女の家から変な喘ぎ声が聞こえてくるー

恋人の水着は想像以上に刺激的だった

ヘロディア
恋愛
プールにデートに行くことになった主人公と恋人。 恋人の水着が刺激的すぎた主人公は…

処理中です...