ヤンデレ小話

柊原 ゆず

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大好きだよ、さようなら

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 僕の方が彼女のことを深く想っているのに。大きな愛で彼女を包み込んでしまえるのに。
 僕は彼女のことをよく見ているから、彼女のことなら何だって知っている。彼女がよく視線を送る相手も、その視線の意味も、残酷なほどに理解していた。彼女の想い人は僕の兄だった。兄は、弟の僕から見ても優秀な男だった。勉強やスポーツは常に上位に君臨していたし、性格もいい。この僕にまで優しく接するほどに。どれをとっても兄は秀でていたし、僕は劣っていた。
 僕はどうやっても、それこそ地球が逆さにでもならなければ兄には勝てない。けれど兄に彼女が奪われてしまうのは我慢ならなかった。どうしたら、彼女と結ばれることができるのだろう。どうしたら彼女の心を僕の方に引き寄せることができるのだろう。
 僕は足りない頭で毎日毎日考えた。そうして一つの方法を思いついた。

「ねえ、用事って何?」

 彼女は僕に呼び出されて、僕の部屋に来た。隣が僕の兄の部屋だからか、彼女は視線を泳がせて落ち着きがない。僕はそんな彼女に笑いかける。

「大好きだよ、さようなら」

 僕はナイフを首元に宛て、思い切り切りつけた。動脈まで傷つけられたのだろう。大量の血液が喜びに吹き出してゆく。彼女は僕の様子に目を見開き、悲鳴を上げた。僕は笑みを浮かべたまま、床に倒れ込んだ。彼女の悲鳴に気付いたのだろう。誰かがドアを開ける音がした。重なる二つの悲鳴は、兄と母だろうか。彼女は顔を青くさせて、力なく座り込んだ。虚ろな目をする彼女に、兄が駆け寄るが彼女の反応は乏しい。
 どうやら、僕の作戦は成功したようだ。両想いになれないのならば、せめて彼女の心に永遠に残る傷でありたい。僕は達成感と彼女への愛しさに胸が満ち満ちていた。僕はずっと生き続けるからね。君の心の中で。どうか僕を忘れないで。僕はそう思いながら目を閉じた。

Fin.
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