ヤンデレ小話

柊原 ゆず

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愛しの彼女.mp3

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『おはよ~!』

 僕の朝は彼女の声から始まる。未だに夢と現実との境目を彷徨う僕の鼓膜を優しく揺らす彼女の声。彼女は僕の身体ごと掬い取るように、僕を現実へと誘う。

「おはよう、いい朝だね」

 僕は彼女に声をかけて、支度を始める。

『げ。今日の占い、最下位だ』

 彼女が毎朝見るニュース番組。彼女は占いを必ずチェックする。おとめ座の彼女は最下位だった。

「まあまあ、そういうこともあるよ」

 僕は彼女をなだめて、トーストしたパンを口に運ぶ。

『ラッキーアイテムはブルーのハンカチ?あったかなあ……』
「大丈夫、僕が準備するよ」

 パンを咀嚼しながら、僕は青いハンカチを通学カバンに仕舞う。彼女はテレビと会話をするように、ニュースを読むアナウンサーに相槌を打ちながら食事をしている。それが可愛らしくて、僕は少しだけ笑ってしまう。歯磨きをしてから顔を洗い、学生服に着替え身だしなみを整える。

『行ってきまーす』
「ああ、ちょっと待ってよ」

 彼女の言葉に、僕も少し遅れて玄関のドアを開けた。
 周囲の雑音は耳に入れたくないので、イヤホンをして周囲と世界を断絶する。聞こえるのは大好きな声だけだ。暫く歩いていると、背中を軽く叩かれた。

「いたっ」

 僕はイヤホンを外して振り返る。

「おはよ~!」

 目の前にいたのは大好きな彼女だった。

「おはよう。今日も元気だね」
「あはは、元気だけが取り柄だからね」

 彼女はそう言って笑う。走って来たのだろうか。彼女の額に汗が滲む。僕は持っていたハンカチで彼女の額を拭いた。

「走ってきたの?汗、かいてるよ」
「そうそう、君を見かけたから一緒に登校しようと思って」

 彼女は平気でこういう爆弾のような発言をする。おかげで僕の心臓は弾けるように拍動する。

「あ、そのブルーのハンカチ!」
「?……どうかした?」
「今日の私のラッキーアイテムなの!」
「へえ。そうだったんだ。奇遇だね」
「うん!占いで最下位だったけど、案外ツイてるのかも!」

 彼女は上機嫌で僕からハンカチを取り上げ、顔を傾げる。

「ねえ、今日一日借りてもいい?」

 意識はしていないのだろうが、身長差から自然と上目遣いになる彼女に、顔が熱くなるのを感じる。

「い、いいけど……」
「やった!ありがとう!」

 嬉しそうな彼女を見ながら、自分の左胸に落ち着け落ち着けと念じる。爆弾を何度も落とす彼女は変わらずに振る舞うので、僕は困ってしまう。けれど僕にとってこれは幸せな悩みだった。彼女の言葉に相槌を打ちながら、教室で別れた僕は席に着く。彼女以外の人間と触れ合う気はないので、イヤホンで再び周囲と世界を隔絶する。

『おはよ~!』
『え、今日小テスト?!どうしよう、聞いてなかった……。やっぱりツイてないかも……』

 彼女が大好きで、二十四時間繋がっていたくて。僕は彼女の声を録音している。今朝の彼女も録音できているだろう。家に帰ったら聴き直そう。僕はそう思いながら、隣のクラスで友人と話す彼女の声に耳を傾け、目を閉じた。

Fin.
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