ヤンデレ小話

柊原 ゆず

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あーん、

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 朝食を作るのは僕の役目だ。ほかほか出来立ての朝食を彼女に食べてもらいたいから僕が率先して作っている。

「あーん、」

 朝食が出来上がり、食べようとした時だった。目の前の愛しい君がスプーンの先を僕に向けていた。これは、アレだろうか。恋に恋しているような熱っぽいカップルが行うあーん、というやつだろうか。愛しい君にあーんしてもらえるなんてとても嬉しいが少し恥ずかしい。けれど僕は考えるよりも先に身体が動いていた。ぱくり。口に入れて咀嚼する。苦みが口いっぱいに広がった。

「ッ……ぐ、うう……」

 暫くして酷い頭痛、めまいに襲われる。次第に身体が痙攣を起こし始めた。座っていられなくなり、床に倒れ込む。せり上がるものを吐き出し、吐瀉物まみれになった僕は朦朧とする意識の中、嬉しそうに笑う彼女を見た。





「……ああ、すっかりやられちゃったなあ」

 どれほど気絶していただろうか。もぬけの殻となった部屋。彼女の残り香だけが僕を興奮させる。彼女は毒を盛って僕を殺そうとしたのだろう。それから、僕のポケットから鍵を取り出して、手錠と足枷、それから扉を解錠して出て行った。彼女は自由を取り戻したとでも思っているのだろうか。僕という恋人を殺そうとまで思ってくれていたなんて。試しに部屋に毒薬を置いておいて良かった。僕はうっとりと笑みを浮かべた。
 けれど彼女は知らない。僕は毒でも包丁でも炎でも死なないことを。僕は生まれつきそういう身体だった。僕が彼女を見つけ出したら、彼女はどんな表情を見せてくれるのだろう。驚愕、恐怖、絶望、怒り、不快感、軽蔑、どれだろう。どれでもないのかな。ああ、早く会いたいな。
 これは壮大な鬼ごっこだ。僕が鬼で、彼女は逃げる。絶対に捕まえてみせるから、待っていてね。

Fin.
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