上 下
28 / 79
異世界と少年と私

決勝戦 前編

しおりを挟む
こっそり天幕の外へ出て、初めての覚えた属性魔法の土魔法を連打する。

「土ポコ、土ポコ、土ポコ」
 
 まるでモグラが顔を出すかのようにポコポコと地面の土が盛り上がる。楽し過ぎる。ずっとこのまま土魔法で遊び続けられる気分だったけれど、今は寝間着として使っている転移当時に着用していたTシャツと巻き上げたズボンの上にダウンジャケットを羽織っている姿だ。こんな格好を誰かに目撃されたら完全に怪しい人なので一通り土ポコで遊び、ボコボコの地面を踏みつけ証拠隠滅をして天幕へと戻る。

「いや、待って……もう一回だけ。土ポコ」

 うんうん。満足しながら今度こそきちんと天幕に入る。
 明日も早朝からトーナメント試合を観戦する予定だから、今日はもう寝よう。身体を綺麗にしてベッドへ入り意識をすぐに手放した。

◇◇◇

 早朝、六時くらいだろうか? まだぼんやりとした目を擦りながらベッドから出て天幕の外を確認する。夜中に少し雪が降ったようで、昨日土魔法で遊んだ場所は雪で完全に覆われていた。

「うん。これなら土ポコプレイは見つからないわね」

 それにしても雪の降った後の朝は絶景だ。朝日の眩しさに目を細めながら、天幕の入り口から見える野営地の景色を眺める。時間が経つにつれ徐々にこの光景にも慣れてきている。ブルルと身体が震える。

「寒さだけには、しばらくは慣れなさそう」

 身支度をしてオレンジジュース二個、飴、クッキー三箱をコピーする。残りふたつのコピーは後でいいだろう。コルセット部分だけはリリアに手伝ってもらう必要がある。朝食は控えめに取ろう。
 自分の準備ができたのでシオンを起こしに行くが……

「あれ、今日は早起きだね。どうしたの?」

 シオンがモジモジしてベッドから出てこようとしない。どうしたのかと思ったら、どうやらおねしょをしてしまったみたいだ。おねしょをしたことが見つかるとシオンの目が涙であふれ始めた。

「ごめんな……さい。ひっく」

 声を引きつらせながら謝るシオン。どうしよう……泣き出してしまった。おねしょに関しては私の責任だ。昨日の夜、シオンがあまりにも眠そうだったのでトイレに行かせずにそのまま寝かせたのだ。
 ベッドに腰を掛け、シオンに声を掛ける。

「シオン、こういう時のために魔法があるんだよ。洗浄《クリーン》。ほら、もう全部綺麗になったでしょう?」

 完全丸洗いと乾燥のイメージでおねしょしたベッドとシオンを一緒に洗浄する。一瞬ですっきり全部が綺麗になってシオンはキョトンとした表情で目から溢れていた大粒の涙を流した。涙を拭いてシオンを膝上に抱き上げる。

「洗浄の魔法で全部綺麗になったから大丈夫でしょ?」
「う、ん」

 シオンはしばらく私のお腹に抱きついてグズグズと泣きながら離してくれなかったが、準備しないと騎士のトーナメントを見学に行けないよと伝えるとケロッと機嫌が良くなり急いで身支度を始めた。現金だなと思わず笑みが漏れる。
 朝食後、リリアと共に昨日と同じ騎士のカルロスとディエゴに護衛されながらトーナメント会場へと向かった。護衛の騎士達に感謝を伝えたら、ディエゴに『いつでも護衛しますよ』と再びウィンク攻撃をされる。飛んできたウインクは地面へと投げ捨てる。
 昨日と同じタープのあるベンチへ到着すると、トーナメント試合はもう開始していた。急いでベンチにいるロワーズ達の元に向かい、遅れた謝罪をする。

「いや、今日は準備が早くできた故、別の練習試合をしていただけだ。気にする必要はない。二人ともこちらに座ってくれ」

 椅子に腰を掛けると丁度試合の勝負がついたところで、準決勝まで少しの休憩を挟むそうだ。ロワーズとレズリーは先程の試合のことを話し始めたので、リリアが用意してくれた温かいお茶に口を付けながら少しの間ボーッとする。

「シオン、なんだ。暇そうだな」

 話しを終えたレズリーが、大人ばかりに囲まれて暇そうにしていたシオンに騎士の心得を教え始めた。レズリーに剣の構えを教えてもらうシオンを眺めていたら、隣にロワーズが座り尋ねる。

「して、連日の菓子は興味深いな。特に昨日のバターの香ばしいクッキーはなんというか、格別だった。あそこまで甘く美味しい物は食べたことがない。砂糖も散りばめられていて、あれは相当高級なのではないか?」

 ロワーズが言うには、この国では砂糖は外国からの輸入に頼っているため高級品に部類するそうだ。

「あー、それは――」
「この国では下級貴族も毎回食べられないものをのそなたは使用人にすら撒き散らしておる」
「うっ、いや、そっれは」

 働け! 嘘も方便! 今こそその力を発揮する時! グルグルと頭の中で言い訳を考えたが、だめだ……何も出てこない。

「なんだ? あのクッキーも知人に物なのか?」

 悪戯が成功したかのような表情でフッとロワーズが笑う。どうやら私の知人から貰ったという戯言など初めから信じていないようだ。まぁ……そうだよね。
 でも、砂糖ってそこまで高級だったの? うーん、失敗した? 封印するか? でもクッキーはシオンにも出すし、これからも隠せそうにない。ロワーズに正直に話す? うーん。ロワーズは良くしてくれてるが、どこまで信用できるのか判断できない。とにかく、今はコピーについては絶対に言えない。それは分かる。なので、またあからさまな嘘を付く。

「も、貰ったものです」
「エマがそう言うなら、今はそういうことにしておいてやろう。その内、話してもらうがな」
「え? いや――」
「ほら、試合が始まるぞ」

 ロワーズの指さす方を見れば、丁度準決勝に進出した騎士の名前が読み上げられていた。

「第一試合場エリー対マルクス。第二試合場ノア対ガル」

 密かに応援している土ポコのエリーも準決勝まで残ったので嬉しい。マルクスと呼ばれた対戦相手に視線を移しギョッとする。あれは、新人なの? 二メートルほどありそうな長身にムキムキの筋肉、どう見ても三十代にしか見えない顔つきだ。心の中で応援を送る。

(エリー、頑張れ!)


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

神によって転移すると思ったら異世界人に召喚されたので好きに生きます。

SaToo
ファンタジー
仕事帰りの満員電車に揺られていたサト。気がつくと一面が真っ白な空間に。そこで神に異世界に行く話を聞く。異世界に行く準備をしている最中突然体が光だした。そしてサトは異世界へと召喚された。神ではなく、異世界人によって。しかも召喚されたのは2人。面食いの国王はとっととサトを城から追い出した。いや、自ら望んで出て行った。そうして神から授かったチート能力を存分に発揮し、異世界では自分の好きなように暮らしていく。 サトの一言「異世界のイケメン比率高っ。」

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

スキル調味料は意外と使える

トロ猫
ファンタジー
2024.7.22頃 二巻出荷予定 2023.11.22 一巻刊行 八代律(やしろ りつ)は、普通の会社員。 ある日、女子大生と乗ったマンションのエレベーター事故で死んでしまう。 気がついたら、真っ白な空間。目の前には古い不親切なタッチパネル。 どうやら俺は転生するようだ。 第二の人生、剣聖でチートライフ予定が、タッチパネル不具合で剣聖ではなく隣の『調味料』を選んでしまう。 おい、嘘だろ! 選び直させてくれ!

異世界でお取り寄せ生活

マーチ・メイ
ファンタジー
異世界の魔力不足を補うため、年に数人が魔法を貰い渡り人として渡っていく、そんな世界である日、日本で普通に働いていた橋沼桜が選ばれた。 突然のことに驚く桜だったが、魔法を貰えると知りすぐさま快諾。 貰った魔法は、昔食べて美味しかったチョコレートをまた食べたいがためのお取り寄せ魔法。 意気揚々と異世界へ旅立ち、そして桜の異世界生活が始まる。 貰った魔法を満喫しつつ、異世界で知り合った人達と緩く、のんびりと異世界生活を楽しんでいたら、取り寄せ魔法でとんでもないことが起こり……!? そんな感じの話です。  のんびり緩い話が好きな人向け、恋愛要素は皆無です。 ※小説家になろう、カクヨムでも同時掲載しております。

雑用係の回復術士、【魔力無限】なのに専属ギルドから戦力外通告を受けて追放される〜ケモ耳少女とエルフでダンジョン攻略始めたら『伝説』になった〜

霞杏檎
ファンタジー
「使えん者はいらん……よって、正式にお前には戦力外通告を申し立てる。即刻、このギルドから立ち去って貰おう!! 」 回復術士なのにギルド内で雑用係に成り下がっていたフールは自身が専属で働いていたギルドから、何も活躍がないと言う理由で戦力外通告を受けて、追放されてしまう。 フールは回復術士でありながら自己主張の低さ、そして『単体回復魔法しか使えない』と言う能力上の理由からギルドメンバーからは舐められ、S級ギルドパーティのリーダーであるダレンからも馬鹿にされる存在だった。 しかし、奴らは知らない、フールが【魔力無限】の能力を持っていることを…… 途方に暮れている道中で見つけたダンジョン。そこで傷ついた”ケモ耳銀髪美少女”セシリアを助けたことによって彼女はフールの能力を知ることになる。 フールに助けてもらったセシリアはフールの事を気に入り、パーティの前衛として共に冒険することを決めるのであった。 フールとセシリアは共にダンジョン攻略をしながら自由に生きていくことを始めた一方で、フールのダンジョン攻略の噂を聞いたギルドをはじめ、ダレンはフールを引き戻そうとするが、フールの意思が変わることはなかった…… これは雑用係に成り下がった【最強】回復術士フールと"ケモ耳美少女"達が『伝説』のパーティだと語られるまでを描いた冒険の物語である! (160話で完結予定) 元タイトル 「雑用係の回復術士、【魔力無限】なのに専属ギルドから戦力外通告を受けて追放される〜でも、ケモ耳少女とエルフでダンジョン攻略始めたら『伝説』になった。噂を聞いたギルドが戻ってこいと言ってるがお断りします〜」

積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!

ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。 悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。

劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?

はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、 強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。 母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、 その少年に、突然の困難が立ちはだかる。 理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。 一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。 それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。 そんな少年の物語。

イラついた俺は強奪スキルで神からスキルを奪うことにしました。神の力で最強に・・・(旧:学園最強に・・・)

こたろう文庫
ファンタジー
カクヨムにて日間・週間共に総合ランキング1位! 死神が間違えたせいで俺は死んだらしい。俺にそう説明する神は何かと俺をイラつかせる。異世界に転生させるからスキルを選ぶように言われたので、神にイラついていた俺は1回しか使えない強奪スキルを神相手に使ってやった。 閑散とした村に子供として転生した為、強奪したスキルのチート度合いがわからず、学校に入学後も無自覚のまま周りを振り回す僕の話 2作目になります。 まだ読まれてない方はこちらもよろしくおねがいします。 「クラス転移から逃げ出したイジメられっ子、女神に頼まれ渋々異世界転移するが職業[逃亡者]が無能だと処刑される」

処理中です...