転生したら捨てられたが、拾われて楽しく生きています。

トロ猫

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本編

海の匂い

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 翌朝、フレバの町でたっぷりと残りの旅の食材補給をしてアジュールに向かい出立した。
 そこから旅は基本楽なものだった。ほぼ平地で魔物も現れず数日が経ち、ついに馬車の旅の最終日を迎えた。
 馬車の小窓のカーテンを開け、顔を覗かせる。

「眩しい」

 今日はすこぶる天気が良さそうだ。
 ラジェとヌガーを食べていると、爺さんがあくびをしながら言う。

「後、二、三時間もあればアジュールに着くであろう」
「楽しみです!」

 それから馬車が徐々に降下していくと、磯の香りがした。

(こっちも磯の香りがするんだ)

 前世も含め海が大好きという訳ではないけど、こうやって磯の香りに触れるとなんだか懐かしくすら感じる。
 隣で首を傾げるラジェに声を掛ける。

「ラジェ、どうしたの?」
「この匂い何かなって思って」
「これはね、海の匂いだよ」
「海の匂い……」
「もうすぐ海が見えてくるはずだよ」

 ワクワクしながら馬車の窓を大きく開くと、爺さんが訝し気に尋ねる。

「お主は海に行ったことがないのに、なぜ海の匂いを知っておるのだ?」
「あー、えーと。そうそう! 冒険者に聞いたんですよ。海の匂いは独特な香りがするって」

 どうにか爺さんを笑顔で誤魔化す。

「うむ。そうであるか。アジュールの民はこの匂いを海神の吐息と呼んでおり、この辺りに語られる物語にもよく登場しておるな」

 海の吐息……ある意味間違ってはいないかもしれない。この磯の匂いは、確か海中の殺菌が分解することによって発生すると前世で読んだ記憶がある。海神の口臭って考えると急に神の話から俗世の話に変わった気がするけど……

「その物語って、どんな話ですか?」
「そうだな――」

 爺さんから聞いた海の物語は、どう考えても海に子供を近づけさせないためのホラーでしかなかった。バットエンドの連続に、案の定、ラジェは顔色を悪くしている。

「何かエンディングがいい話はないのですか?」
「うむ……人魚の話かの」
「人魚ですか?」

 前世にも人魚姫の話はあった。

「うむ。吊り上げると願いを叶えるという伝説がアジュールの漁師の間にはある」
「吊り上げると……それはどんな姿の人魚ですか?」

 何か嫌な予感がする。

「うむ。魚の頭に胴体には手足が生えている人魚だ」
「……そんなの吊り上げたくないですね」

 夢に出てきそうな話だ……
 それから少しして窓から海が見えた。

「わぁ」

 ラジェと一緒に声を上げる。私の覚えていた海の色と同じ青い海だ。光が当たりキラキラと輝いている海に圧倒される。

「ミリーちゃん、あれが海? あんなにたくさんの水、凄いね」

 早口になるラジェ、はしゃいでいるのが分かる。ラジェのこんな少年の姿が見られただけでもアジュールを訪れた甲斐があった。
 爺さんがニヤニヤしながら言う。

「ミリー、ラジェ、あの水を一度飲んでみるのがアジュールの作法だ」
「ギルド長が先に飲んでくれたら飲みます」
「くっ。お主、知っていたか」

 爺さん……子供相手に意地悪はやめてほしい。
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