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本編
指輪
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「アンヌちゃん、銀貨は取られないようにできそう?」
「たぶん、大丈夫」
「前は大丈夫だったの?」
「一番に薬を買いに行ったから」
すぐに使ったのか。それなら銀貨よりも小銭の方が見つかる可能性が低いかも……バラバラに隠せば、ひとつ見つかっても全てを取られないだろうし。
アンヌの銀貨を銅貨と小銅貨に替えておすすめの隠し所を教える。
「うまくいろんな場所に隠せばいいよ。服の裾の裏に縫い込んだり、靴の中敷の下、あとは硬貨を紐で結んで壁の隙間に落としておくとか」
「壁の隙間?」
「そうそう必要な時は紐を引っ張って取ればいいよ。紐は壁と同じ色があればいいけど」
なんだがキースとラジェの視線が痛いけど無視だ。
「壁の隙間なら土で隠せるかも。やってみる」
アンヌがモコっと手の平に土を出す。どうやら土魔法使いのようだ。
「あ、そうだ。これもあげる。これは今食べれば、誰にも取られないよ」
シルヴァンにもらったクッキーをアンヌに数枚渡す。
「これは何?」
「クッキーっていうお菓子だよ」
「いい匂い……食べていいの?」
「うん。美味しいよ」
アンヌがクッキーを一口食べると目を見開きガツガツと残りを口に入れる。
「美味しい……」
「最後の一枚は食べないの?」
「これは弟にあげたくて」
「そっか」
アンヌがクッキーを渡していたハンカチに大切に包む。
「ミリーちゃん、またここに来る?」
「うん。でも来年かな」
「私も来年また来る」
アンヌに何かあれば連絡できるように木陰の猫亭の話をしようとして止める。
アンヌがどんな問題を抱えているかも分からないし、ジョーやマリッサ、それに猫亭で働くみんなに迷惑を掛けたくなかった。猫亭襲撃の件もある。あの時のような怖い思いを猫亭のみんなにはしてほしくない。
黙ってアンヌを見ていると隣にいたキースが口を開く。
「お前、南区のどこに住んでいる?」
「……第四地域」
アンヌがやや躊躇しながら言う。
キースは初めよりも高圧的な態度ではないけれど眼光は鋭い……月光さん、子供にはもう少し優しく尋ねてあげてほしい。
「あの辺りか……川沿いにある黒い屋根の家を知っているか?」
「う、うん」
「何かあったらそこに逃げ込め。聞かれたら月光という名前を出せ。分かったか?」
「は、はい」
アンヌが声を裏返しながら答える。
変装している間、自分から『月光』の名前を出すのは初めて聞いたかもしれない。
「分かったなら暗くなる前に帰れ」
「あ、ありがとう。ミリーちゃん、また来年。絶対に」
「うん。気をつけて帰ってね」
アンヌの後ろ姿を見送りキースを見上げると片方の口角を上げ笑う。これは月光さんの顔だ。
月光さんの気まぐれなのか、意図があるのか後から尋ねるとして……黒い屋根の家がアンヌの助けになればいいなと思いながら教会の馬車が到着したので乗る。
馬車の中、隣に座るラジェが尋ねる。
「ミリーちゃん、さっきの子とはどこで知り合ったの?」
「あー、うーん。前にお父さんと買い物に行った時にたまたま知り合った子かな」
あえて砂糖泥棒の部分は伏せた。もう過ぎたことだし話す必要もないよね。
「そうなんだ」
「あ、さっきラジェの紹介をし忘れてた。ごめんね」
「僕はいいよ」
「また来年に会えそうだから、その時は紹介するね」
「うん」
その後、猫亭から少し離れた場所で馬車から降り、創作歌「砂糖よ来い」を歌いながら猫亭に到着する。
受付にいたマリッサに手を振る。
「お母さん、ただいまー」
「ずいぶん遅かったのね。何かあったの?」
あ……正直、呑気な帰り道のせいで教会で起こった出来事を忘れていた。
「新しい友達ができて、二人は少々時間を忘れて遊ばれていただけです」
堂々と嘘を付くキースをジト目で見上げる。一先ず今日のことは黙っておけということかな? ラジェもキースをジッと見上げ、私と視線を交わす。
「ミリー、どんなお友達ができたの?」
「え、えっと、アンヌちゃんってお友達……」
「そうなの! それはよかったわね」
女の子の友達ができたことを喜ぶマリッサに罪悪感を覚えながら笑顔を向ける。シルヴァンは大人に任せろと言ったので一先ず今日の出来事はマリッサたちには言わないでおく。
まぁ、アンヌのことはお友達と言っても間違いじゃないと思うし。
キースが礼をして言う。
「それでは、私は帰ります」
「あら、キースの分の夕食もあるわよ」
「それは嬉しいですが、この後に用がありまして」
「そう? 残念ね」
その後、マリッサは仕事に戻ったのでキースを見送りながら耳打ちをする。
「月光さん、いろいろ質問があるんですけど」
「だろうな。だが、どこまで答えられるか分からないので今日はとりあえず逃げるとする」
「四六時中見張りをするんじゃなかったんですか?」
「今日のことは直接報告せざる得ない」
ああ、爺さんか。今日はもう家から出る予定はないので変な事態にはならないはず。
「わかりましたけど、質問タイムは絶対ですよ」
「いいだろう。では、少し離れるが、その間に王都を破壊しないと約束できるか?」
「そんなことしませんよ……」
キースを見送り夕食をして四階へとラジェと上がる。ジークはすでに夕食を済ませ眠っていた。
「あー、疲れた」
ソファに大の字で寝転ぶとラジェが隣の椅子に座る。二人でしばらく今日の出来事を話しているとラジェから寝息が聞こえた。
今日は魔法もたくさん使ったし、イベントの多い一日だったから疲れたんだろう。ラジェにブランケットをかけアンヌに預かっている指輪を確認する。
「んー中に彫ってあるのは文字? 薄れて読めないところが多いけど、ルーなんだろうこれ」
ルーの後に続く文字が薄れて読めないけど、その横には塔のような刻印がある。
指輪もだけど、刻印までされているなら——
「絶対大切な指輪だよね」
**
いつもご愛読ありがとうございます。
本作5巻が今月、7月下旬に刊行予定です!
詳しくは後日近況ノートにてお知らせさせていただきます。
また発売中のコミカライズ1巻ですが、電子版リリースは7/19になっております。
よろしくお願いいたします。
「たぶん、大丈夫」
「前は大丈夫だったの?」
「一番に薬を買いに行ったから」
すぐに使ったのか。それなら銀貨よりも小銭の方が見つかる可能性が低いかも……バラバラに隠せば、ひとつ見つかっても全てを取られないだろうし。
アンヌの銀貨を銅貨と小銅貨に替えておすすめの隠し所を教える。
「うまくいろんな場所に隠せばいいよ。服の裾の裏に縫い込んだり、靴の中敷の下、あとは硬貨を紐で結んで壁の隙間に落としておくとか」
「壁の隙間?」
「そうそう必要な時は紐を引っ張って取ればいいよ。紐は壁と同じ色があればいいけど」
なんだがキースとラジェの視線が痛いけど無視だ。
「壁の隙間なら土で隠せるかも。やってみる」
アンヌがモコっと手の平に土を出す。どうやら土魔法使いのようだ。
「あ、そうだ。これもあげる。これは今食べれば、誰にも取られないよ」
シルヴァンにもらったクッキーをアンヌに数枚渡す。
「これは何?」
「クッキーっていうお菓子だよ」
「いい匂い……食べていいの?」
「うん。美味しいよ」
アンヌがクッキーを一口食べると目を見開きガツガツと残りを口に入れる。
「美味しい……」
「最後の一枚は食べないの?」
「これは弟にあげたくて」
「そっか」
アンヌがクッキーを渡していたハンカチに大切に包む。
「ミリーちゃん、またここに来る?」
「うん。でも来年かな」
「私も来年また来る」
アンヌに何かあれば連絡できるように木陰の猫亭の話をしようとして止める。
アンヌがどんな問題を抱えているかも分からないし、ジョーやマリッサ、それに猫亭で働くみんなに迷惑を掛けたくなかった。猫亭襲撃の件もある。あの時のような怖い思いを猫亭のみんなにはしてほしくない。
黙ってアンヌを見ていると隣にいたキースが口を開く。
「お前、南区のどこに住んでいる?」
「……第四地域」
アンヌがやや躊躇しながら言う。
キースは初めよりも高圧的な態度ではないけれど眼光は鋭い……月光さん、子供にはもう少し優しく尋ねてあげてほしい。
「あの辺りか……川沿いにある黒い屋根の家を知っているか?」
「う、うん」
「何かあったらそこに逃げ込め。聞かれたら月光という名前を出せ。分かったか?」
「は、はい」
アンヌが声を裏返しながら答える。
変装している間、自分から『月光』の名前を出すのは初めて聞いたかもしれない。
「分かったなら暗くなる前に帰れ」
「あ、ありがとう。ミリーちゃん、また来年。絶対に」
「うん。気をつけて帰ってね」
アンヌの後ろ姿を見送りキースを見上げると片方の口角を上げ笑う。これは月光さんの顔だ。
月光さんの気まぐれなのか、意図があるのか後から尋ねるとして……黒い屋根の家がアンヌの助けになればいいなと思いながら教会の馬車が到着したので乗る。
馬車の中、隣に座るラジェが尋ねる。
「ミリーちゃん、さっきの子とはどこで知り合ったの?」
「あー、うーん。前にお父さんと買い物に行った時にたまたま知り合った子かな」
あえて砂糖泥棒の部分は伏せた。もう過ぎたことだし話す必要もないよね。
「そうなんだ」
「あ、さっきラジェの紹介をし忘れてた。ごめんね」
「僕はいいよ」
「また来年に会えそうだから、その時は紹介するね」
「うん」
その後、猫亭から少し離れた場所で馬車から降り、創作歌「砂糖よ来い」を歌いながら猫亭に到着する。
受付にいたマリッサに手を振る。
「お母さん、ただいまー」
「ずいぶん遅かったのね。何かあったの?」
あ……正直、呑気な帰り道のせいで教会で起こった出来事を忘れていた。
「新しい友達ができて、二人は少々時間を忘れて遊ばれていただけです」
堂々と嘘を付くキースをジト目で見上げる。一先ず今日のことは黙っておけということかな? ラジェもキースをジッと見上げ、私と視線を交わす。
「ミリー、どんなお友達ができたの?」
「え、えっと、アンヌちゃんってお友達……」
「そうなの! それはよかったわね」
女の子の友達ができたことを喜ぶマリッサに罪悪感を覚えながら笑顔を向ける。シルヴァンは大人に任せろと言ったので一先ず今日の出来事はマリッサたちには言わないでおく。
まぁ、アンヌのことはお友達と言っても間違いじゃないと思うし。
キースが礼をして言う。
「それでは、私は帰ります」
「あら、キースの分の夕食もあるわよ」
「それは嬉しいですが、この後に用がありまして」
「そう? 残念ね」
その後、マリッサは仕事に戻ったのでキースを見送りながら耳打ちをする。
「月光さん、いろいろ質問があるんですけど」
「だろうな。だが、どこまで答えられるか分からないので今日はとりあえず逃げるとする」
「四六時中見張りをするんじゃなかったんですか?」
「今日のことは直接報告せざる得ない」
ああ、爺さんか。今日はもう家から出る予定はないので変な事態にはならないはず。
「わかりましたけど、質問タイムは絶対ですよ」
「いいだろう。では、少し離れるが、その間に王都を破壊しないと約束できるか?」
「そんなことしませんよ……」
キースを見送り夕食をして四階へとラジェと上がる。ジークはすでに夕食を済ませ眠っていた。
「あー、疲れた」
ソファに大の字で寝転ぶとラジェが隣の椅子に座る。二人でしばらく今日の出来事を話しているとラジェから寝息が聞こえた。
今日は魔法もたくさん使ったし、イベントの多い一日だったから疲れたんだろう。ラジェにブランケットをかけアンヌに預かっている指輪を確認する。
「んー中に彫ってあるのは文字? 薄れて読めないところが多いけど、ルーなんだろうこれ」
ルーの後に続く文字が薄れて読めないけど、その横には塔のような刻印がある。
指輪もだけど、刻印までされているなら——
「絶対大切な指輪だよね」
**
いつもご愛読ありがとうございます。
本作5巻が今月、7月下旬に刊行予定です!
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また発売中のコミカライズ1巻ですが、電子版リリースは7/19になっております。
よろしくお願いいたします。
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