107 / 129
本編
ダブルジト目
しおりを挟む
アジュールはいつか訪れたい街ではあった。
爺さんの話もだけど、商人や冒険者が話すアジュールの街は美しい港町で食べ物がすこぶる美味しいと聞いた。こちらの世界ではまだ海を見たことがない。私の覚えている海と同じものなのだろうか?
海といえば海鮮料理! 蟹、牡蠣、刺身……海の幸の堪能は想像するだけで至福だ。グフフと海鮮料理を想像しながら小さく笑うと爺さんと目が合った。
「涎が出ておるわい」
「そ、そんなことは」
涎を手で抑え、隣に座っていたジョーとマリッサを見れば難しい顔で互いに視線を交わしていた。
それはそうだよね。私は七歳の子供ってだけではなく、二人の元に引き取られてから今まで離れたことがなかった。
アジュールは王都から馬車で片道一週間掛かると聞いた。それならば往復の移動だけで二週間、滞在日数によっては一か月以上も家族から離れることになる。
ジョーが爺さんに尋ねる。
「それは本当に必要なことでしょうか?」
「うむ。手っ取り早く一挙両全の方法であろうな」
爺さんが言うには、私が王都から一時離れることで、婚約申し込みした二つの商会に完全拒否をするだけではなく西のギルド長にも婚約の話は断ったのだと印象付けることができるらしい。確かに婚約申し込みしているのに雲隠れのように逃げられたら、嫌だと言うことは伝わるだろうけど……
(それはすでに爺さんの大人気ない行動で示しているよね)
ミカエルさんに聞いていた話によると、爺さんは持参された縁談の書類を使者の目の前で燃やし、彼らの帰り際には足を引っかけて転ばしたというから……それは完全なる拒否だと思う。
ジョーが悩むように唸る。
「うーん。しかしなぁ。ミリーを一人行かせるのは……」
「それなら心配するな。あの砂の国の子供も共に連れて行く」
「え? ラジェも?」
驚きながら尋ねると爺さんがニヤリと笑う。何か裏があるようだけど、ガレルさんが認めないと思う。
「もうガレルのやつにも話はつけたぞ」
「え? もう? いつの間にですか?」
「ここにくる直前にな」
「なんだか対応が早すぎて怪しいです」
ジト目で爺さんを見る。
爺さんはどうやらここへ上がってくる前にガレルさんと先にラジェの話ををしたようだ。ジョーも不思議に思って見守っていたらしいが、二人の会話の内容までは聞こえなかったという。
「ミリアナが一人で寂しいと思い、配慮したまでだ。私の優しさを素直に受け取らんか」
さらに爺さんをジト目で見る。絶対怪しい。
「ラジェも共になら、確かに一人ではないですが……しかし二人ともまだ子供だ」
ジョーは、どうするか迷っているようだ。
しかし、あのガレルさんがラジェを預けるということは、もしかしてラジェも王都を少し離れる必要があるのだろうか?
爺さんがチラチラと胸元を確かめ始めたので、何をしているのかと凝視する。
「何かあるのですか?」
「抜け目のない子供だわい」
「何か光りました」
爺さんは隠すように胸元を閉じると、私の質問は無視して話を続けた。
「うむ。マリッサの心配を減らすためにもミリアナには護衛をつける。『キース』出てこい」
爺さんが声を掛けると天井から一気に魔力を感じた。月光さんだ。いつの間に天井に帰ってきたのだろうか?
現れたのは月光さん扮するキース青年だ。キースの時の月光さんは主に私の送り迎えをしており、寡黙で真面目風だからかジョーとマリッサからの信頼は厚い……厚いのだけれど、急な登場をするもんだからジョーが動転して変な声を出す。
「キ、キース!?」
「はい。ジョーさん」
キースの時の月光さんは無表情が多いが、今はジョーに向かってニッコリと笑う。
「どこから現れた?」
「魔法での移動です」
マリッサは何かに気づいたようで何かを言おうとして口を噤みキースに笑顔を向ける。爺さんの孫だし月光さんと会ったことがあるのかもしれない。
爺さんがキースの紹介をする。
「これは私の従者のキースだ。見せた通り、魔法に長けておる。旅の間はミリーたちの護衛をさせるつもりだ」
「それはとても心強いが……うーん、ミリーはどうしたい?」
「うーん……」
それは蟹食べに行きたいけど……家族と離れるのも店をしばらく休まないといけないのも悩みどころだ。答えを出せないでいる私を撫でながらマリッサが爺さんに尋ねる。
「お祖父さま、ミリーがもしアジュールへ行くとしたら期間はどれほどになりますか?」
「そうだな。向こうでの事情や馬車の関係で変わる場合があるが、新年明けてから王都に戻るであろうな」
「長旅には短い期間だけれど……少し家族で考えさせて下さい」
「そうであるな。良い返事を期待する」
ひとまず、家族で話し合った後にアジュール行きの返事をすることになった。
爺さんを見送りながら、先ほど光ったものは何だったのか尋ねると爺さんが楽しそうな笑いを浮かべる。
「タダでは教えれんのぉ」
「質問タイムはお断りです!」
「ぐぬぬ」
いつもご愛読ありがとうございます。
本日、3巻が出荷、取り扱い書店には29日を前後して並ぶ予定です。
それから、現在本作はコミカライズ進行中です。
詳しい情報は近況にて載せております。
お見かけの際はよろしくお願いいたします。
爺さんの話もだけど、商人や冒険者が話すアジュールの街は美しい港町で食べ物がすこぶる美味しいと聞いた。こちらの世界ではまだ海を見たことがない。私の覚えている海と同じものなのだろうか?
海といえば海鮮料理! 蟹、牡蠣、刺身……海の幸の堪能は想像するだけで至福だ。グフフと海鮮料理を想像しながら小さく笑うと爺さんと目が合った。
「涎が出ておるわい」
「そ、そんなことは」
涎を手で抑え、隣に座っていたジョーとマリッサを見れば難しい顔で互いに視線を交わしていた。
それはそうだよね。私は七歳の子供ってだけではなく、二人の元に引き取られてから今まで離れたことがなかった。
アジュールは王都から馬車で片道一週間掛かると聞いた。それならば往復の移動だけで二週間、滞在日数によっては一か月以上も家族から離れることになる。
ジョーが爺さんに尋ねる。
「それは本当に必要なことでしょうか?」
「うむ。手っ取り早く一挙両全の方法であろうな」
爺さんが言うには、私が王都から一時離れることで、婚約申し込みした二つの商会に完全拒否をするだけではなく西のギルド長にも婚約の話は断ったのだと印象付けることができるらしい。確かに婚約申し込みしているのに雲隠れのように逃げられたら、嫌だと言うことは伝わるだろうけど……
(それはすでに爺さんの大人気ない行動で示しているよね)
ミカエルさんに聞いていた話によると、爺さんは持参された縁談の書類を使者の目の前で燃やし、彼らの帰り際には足を引っかけて転ばしたというから……それは完全なる拒否だと思う。
ジョーが悩むように唸る。
「うーん。しかしなぁ。ミリーを一人行かせるのは……」
「それなら心配するな。あの砂の国の子供も共に連れて行く」
「え? ラジェも?」
驚きながら尋ねると爺さんがニヤリと笑う。何か裏があるようだけど、ガレルさんが認めないと思う。
「もうガレルのやつにも話はつけたぞ」
「え? もう? いつの間にですか?」
「ここにくる直前にな」
「なんだか対応が早すぎて怪しいです」
ジト目で爺さんを見る。
爺さんはどうやらここへ上がってくる前にガレルさんと先にラジェの話ををしたようだ。ジョーも不思議に思って見守っていたらしいが、二人の会話の内容までは聞こえなかったという。
「ミリアナが一人で寂しいと思い、配慮したまでだ。私の優しさを素直に受け取らんか」
さらに爺さんをジト目で見る。絶対怪しい。
「ラジェも共になら、確かに一人ではないですが……しかし二人ともまだ子供だ」
ジョーは、どうするか迷っているようだ。
しかし、あのガレルさんがラジェを預けるということは、もしかしてラジェも王都を少し離れる必要があるのだろうか?
爺さんがチラチラと胸元を確かめ始めたので、何をしているのかと凝視する。
「何かあるのですか?」
「抜け目のない子供だわい」
「何か光りました」
爺さんは隠すように胸元を閉じると、私の質問は無視して話を続けた。
「うむ。マリッサの心配を減らすためにもミリアナには護衛をつける。『キース』出てこい」
爺さんが声を掛けると天井から一気に魔力を感じた。月光さんだ。いつの間に天井に帰ってきたのだろうか?
現れたのは月光さん扮するキース青年だ。キースの時の月光さんは主に私の送り迎えをしており、寡黙で真面目風だからかジョーとマリッサからの信頼は厚い……厚いのだけれど、急な登場をするもんだからジョーが動転して変な声を出す。
「キ、キース!?」
「はい。ジョーさん」
キースの時の月光さんは無表情が多いが、今はジョーに向かってニッコリと笑う。
「どこから現れた?」
「魔法での移動です」
マリッサは何かに気づいたようで何かを言おうとして口を噤みキースに笑顔を向ける。爺さんの孫だし月光さんと会ったことがあるのかもしれない。
爺さんがキースの紹介をする。
「これは私の従者のキースだ。見せた通り、魔法に長けておる。旅の間はミリーたちの護衛をさせるつもりだ」
「それはとても心強いが……うーん、ミリーはどうしたい?」
「うーん……」
それは蟹食べに行きたいけど……家族と離れるのも店をしばらく休まないといけないのも悩みどころだ。答えを出せないでいる私を撫でながらマリッサが爺さんに尋ねる。
「お祖父さま、ミリーがもしアジュールへ行くとしたら期間はどれほどになりますか?」
「そうだな。向こうでの事情や馬車の関係で変わる場合があるが、新年明けてから王都に戻るであろうな」
「長旅には短い期間だけれど……少し家族で考えさせて下さい」
「そうであるな。良い返事を期待する」
ひとまず、家族で話し合った後にアジュール行きの返事をすることになった。
爺さんを見送りながら、先ほど光ったものは何だったのか尋ねると爺さんが楽しそうな笑いを浮かべる。
「タダでは教えれんのぉ」
「質問タイムはお断りです!」
「ぐぬぬ」
いつもご愛読ありがとうございます。
本日、3巻が出荷、取り扱い書店には29日を前後して並ぶ予定です。
それから、現在本作はコミカライズ進行中です。
詳しい情報は近況にて載せております。
お見かけの際はよろしくお願いいたします。
1,411
お気に入りに追加
25,769
あなたにおすすめの小説
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。
しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。
私たち夫婦には娘が1人。
愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。
だけど娘が選んだのは夫の方だった。
失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。
事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。
再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
意地を張っていたら6年もたってしまいました
Hkei
恋愛
「セドリック様が悪いのですわ!」
「そうか?」
婚約者である私の誕生日パーティーで他の令嬢ばかり褒めて、そんなに私のことが嫌いですか!
「もう…セドリック様なんて大嫌いです!!」
その後意地を張っていたら6年もたってしまっていた二人の話。
【完結】返してください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ずっと我慢をしてきた。
私が愛されていない事は感じていた。
だけど、信じたくなかった。
いつかは私を見てくれると思っていた。
妹は私から全てを奪って行った。
なにもかも、、、、信じていたあの人まで、、、
母から信じられない事実を告げられ、遂に私は家から追い出された。
もういい。
もう諦めた。
貴方達は私の家族じゃない。
私が相応しくないとしても、大事な物を取り返したい。
だから、、、、
私に全てを、、、
返してください。
【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。
くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」
「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」
いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。
「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と……
私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。
「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」
「はい、お父様、お母様」
「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」
「……はい」
「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」
「はい、わかりました」
パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、
兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。
誰も私の言葉を聞いてくれない。
誰も私を見てくれない。
そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。
ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。
「……なんか、馬鹿みたいだわ!」
もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる!
ふるゆわ設定です。
※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい!
※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ!
追加文
番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。
【完結】初めて嫁ぎ先に行ってみたら、私と同名の妻と嫡男がいました。さて、どうしましょうか?
との
恋愛
「なんかさぁ、おかしな噂聞いたんだけど」
結婚式の時から一度もあった事のない私の夫には、最近子供が産まれたらしい。
夫のストマック辺境伯から領地には来るなと言われていたアナベルだが、流石に放っておくわけにもいかず訪ねてみると、
えっ? アナベルって奥様がここに住んでる。
どう言う事? しかも私が毎月支援していたお金はどこに?
ーーーーーー
完結、予約投稿済みです。
R15は、今回も念の為
婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました
kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」
王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。