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3巻
3-2
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「鳥の餌を持ってきたよ。食べるのを見ていくかい?」
お婆さんが持っていた餌は、コーンミールだ。やっぱり餌扱いの食材なのか……。お婆さんが籠に手を入れ鳥たちに餌をあげる。食べている姿も可愛いな。
「可愛いですね。名前はあるんですか?」
「名前? 鳥だよ。それより、そろそろ夕暮れだよ。家に帰んな」
『カエンナ。カエンナ』
ペットに名前を付けるってことはやらない文化なのだろうか?
鳥がマージ婆さんと同じ声で何度も帰宅を催促するので、挨拶をしてマージ婆さんの家を出る。
「鳥を見せていただきありがとうございました」
「婆さんまたな!」
「気をつけて帰んな」
マイクとも別れ猫亭に戻ると、ラジェの姿を確認したガレルさんが眉を開き笑顔になる。そういえば、誰にも言わずに出かけてしまった。
「ミリーちゃん、ラジェ、おかえり」
「ガレルさん、ただいま。ラジェ君と近所の鳥を見に行っていました。マルクはまだ仕事をしてますか?」
「そうか。マルク、さっき上いった」
ガレルさんはこのあとも厨房の仕事があるそうなので、マルクも誘って三人で何かしようかな。
「じゃあ、ラジェ君と私も四階にいますね」
「よろしくおねがい」
ガレルさんと別れ四階の部屋に戻ると、マルクが私の手作り木簡計算ドリルをテーブルに広げていた。
「ラジェ君、こ こ に 座ってね」
「あい」
マルクの前に座ったラジェと自分のためにお茶の準備をしながらマルクに尋ねる。
「お茶入れるけど、マルクも飲む?」
「うん。僕も飲む。ラジェ君だったよね? 僕はマルクだよ」
「ラジェでしゅ」
「僕、マルク。朝も挨拶したけど、僕も猫亭で働いているんだよ。ネイト兄ちゃんとケイト姉ちゃんは僕のきょうだいなんだよ」
マルクがやや早口で言葉を続けると、ラジェが困ったような顔をする。
「マルク、もう少しゆっくり話してあげてね」
「そうだよね。僕、もう少しゆっくり話すね」
マルクとラジェが仲良くおしゃべりしてる間にお茶を注ぎ、お昼寝をするジークを確認してジョーたちの部屋を漁る。
「あった、あった」
ジョーが私から隠しているお菓子ボックスだ。
最近、私という大きな鼠がいるので、ジョーはお菓子ボックスを手の届かない棚に隠している。風魔法で飛べるので問題ないのだけどね。お昼寝するジークを起こさないようにお菓子ボックスを部屋から持ち出す。
(砂糖の在り処も、こう簡単に見つかるといいのに)
砂糖は厨房のどこかにあると思うのだが、未だ発見できていない。
お菓子ボックスを開けると大量のクッキーが入っていた。お菓子はしばらく毎日のように作っていたのでクッキーのストックは特に多い。入っているのは、主にジョーが練習していたアイシングクッキーだ。
手に取ったアイシングクッキーを見る。はて……この絵はなんだろう? 丸型の青い背景のクッキーにピンクや白の点がたくさんあり、右側に一匹の黄色いスライム? 美味しいならなんでもいいや。
「マルク、ラジェ、クッキーを持ってきたよ」
「ミリーちゃん。いつもありがとう。この絵はなんの絵だろうね?」
マルクが私の手元にある先ほどのスライム付きアイシングクッキーを見ながら尋ねる。
「……お空のずっと向こうの空だよ」
「……そっか。美味しいね」
ラジェは不思議そうに自分の取ったクッキーを見つめながら食べるかを悩んでいるようだ。
どんなクッキーを取ったのかと思えば、前世で畑とかに鳥が近づかないように置いてる目玉の風船みたいな柄だった。
「ラジェ君、食べても大丈夫だよ」
味は美味しいはずだから、味は。
サクッと小さめの一口でクッキーを食べたラジェの目が見開き笑顔になる。
「美味しいでしゅ」
「うんうん。味は美味しいよね」
「ミリーちゃん、旦那さんは毎日頑張っていたよ。この柄なんかは可愛いんじゃないかな」
マルクが健気にジョーのクッキーから綺麗な絵を探し見せてくる。
「そうだね。これはレースの柄かな? 確かに可愛いね。この下の部分の茶色は何か分かんないけど」
わいわいとクッキーを食べていたら、ドアが開きシャツがずぶ濡れのジョーが入ってくる。
「お父さん、どうしたの?」
「ああ。水を被ってしまってな。濡れたままじゃあ気持ち悪いから着替えに――ってミリー、また菓子の箱を見つけたのか? どうやってあの高さから取ったんだよ? 俺でも手が届かねぇ場所に置いてたぞ」
「えへへ」
「しかも、俺の失敗作ばっかり食ってんじゃあねぇよ」
ジョーが呆れたように笑ったので、先ほどのマルクが探してくれた可愛いクッキーをジョーに見せる。
「失敗ばかりじゃないよ。これは可愛いよ。でも、この茶色いのは何?」
「それは、網にかかった熊だ」
ジョーの熊クッキーを見つめ全員が静かになる。
ああ、このレースだと思っていた部分が網なのか……バリバリと無言で網にかかった熊のクッキーを食べる。証拠隠滅だ。
「じゃあ俺は着替えて戻るが、夕食前に菓子を食い過ぎるなよ」
「はーい」
ジョーが部屋を出ると、マルクは中断していた計算ドリルに戻った。
私とラジェはやることがなくなったので、クッキーを食べながらマルクの勉強する姿を眺めていた。マルクは三桁の数字は少し解くのに時間が掛かっているようだ。ラジェがチラチラとマルクの木簡ドリルを見ていたので尋ねる。
「ラジェ君、何か気になるの?」
「ここ間違いでしゅ」
ラジェが指摘したマルクの回答を確かめる。
「あ。本当だ。マルク、ここの足し算を間違えてるよ」
「本当だね。えーとね。これでどう?」
「正解でしゅ」
ラジェが嬉しそうに言うと、マルクと二人で『おー』と声を出す。
「ラジェは計算ができるの?」
「少しだけでしゅ」
同じ年で三桁の計算ができる子供なんてこの辺の平民では滅多にいない。
いや、大人でも商人じゃない限りほとんどいない。近くの市場の店員はよくお釣りも間違えるので一桁も怪しいくらいだ。
初めの頃はくすねているのかと思ったけれど、普通に計算が苦手なだけだった。ラジェは王国の字も読めるというが、どれほど読めるのだろうか?
「ラジェは字も読めるんだよね?」
「分からないでしゅ。ここの字はまだ難しいでしゅ」
この国の字はまだ完璧に読み書きできないけれど、砂の国の字の読み書きはできるのだろう。
砂の国の字ってどんなだろう? 砂の国は砂漠で覆われていると聞いた。砂漠ってカタカナだとデザートだよね。英語のスペルは違うけど……デザート。デザート。デザート。
「ミリーちゃん、ニヤニヤしてどうしたの?」
「マルク、ごめんごめん。ところで、鳥のお婆さんも言っていたけれど、ラジェは砂の国の出身なの?」
「……あい」
「砂の国の文字は書けるの?」
砂の国の話になるとなんだかラジェが沈んだ顔になったが、文字を書いてくれる。砂の国の文字は丸っこくて可愛い字だ――ってあれ……普通に読めるんだけど。
これも転生特典だろうか? ラジェの書いた文字を読む。
【こんにちは。私の名前はラジェです。ミリーちゃん、マルクくん、よろしくね】
「ラジェくん凄いね。文字がとっても綺麗だね。なんて書いてあるの?」
「こんにちは。名前ラジェでしゅ。ミリーちゃん、マルクくん、よろしゅくね」
咄嗟にラジェには字が読めないフリをしたけど、まさか他国の文字まで読めるとは思ってもいなかった。
この国の言語も問題なく話すことができ、読み書きもできたので不思議でないといえばそうだけど……どうすれば良いのかな。とりあえず今は黙っておくか。
「ミリーちゃん?」
「ラジェ君、ごめんね。文字が違うなぁって考えてたの。綺麗な文字だね」
「ありあと」
ラジェの耳が悪いのは生まれつきなのかな?
それにしては自分の名前を含む言葉の端端ははっきり発音ができている。いきなりデリケートなことを尋ねるのも気が引けるな。
治してみたいけどこっそりとはできない。なんだかラジェにはまだ完全に信用されてないようで、触れようとすると少しビクッとするのでいきなり魔法で治すのは躊躇している。
それに、後天的だったらヒールで治せると思うが……先天的なものは治せないらしい。
白魔法使いが周りにいないから詳しくは分からないが、以前ジゼルさんと話していた生まれつき腕のない女の人がそう言っていた。
その人は子供の頃に教会に行って治そうとしたが四肢の欠損を治す白魔法使いの神官自体少なく、生まれつき存在しなかった部分は治療することはできないと診断されたらしい。
理に適っているのかな?
初めから存在しないものは『治す』必要はないということなのだろう。
幸いこの国の王都の住民は手がなかったり、耳が聞こえなかったりしてもそれが何ってスタンスだ。特に誰も気にしてない。
ラジェとはもう少し仲良くなってから耳について聞こうかな……
◆
ガレルとラジェが働き始めて数日が経った。
二人は仕事も少しずつ慣れてきたようで良かった。クリーンを使用した時の魔力での判断だが、ガレルの魔力は平民の平均値であるのに比べて、ラジェの魔力はやはり高いようだ。素晴らしいクリーンで連日掃除をしている。クリーン仲間ができたようで、なんだか嬉しい。
今日、ガレルとラジェは日用品を揃えるために午前の仕事後に買い物に出かけた。
……そして猫亭でお留守番していた私は現在、窮地に立たされている。
遊びに来たニナが、昨年の暮れにマルクと私が一緒に粘土で手形を取った壁飾りを発見したのだ。ただ単にジークの誕生日の時に余った粘土で作った粘土の手形だったが、その恋人のような仕様が今になってニナの地雷を踏んだのだ。
自分だけ仲間外れにされたと泣き出したニナをマルクが宥める。
「ヒック。マルク君、ミリーちゃんと仲良く手形して飾って……ニナは?」
「ニナちゃん。この手形は、ジークの粘土が余ったから作っただけだよ。ニナちゃんを仲間外れにしようなんてしてないよ。深い意味はないよ」
マルクがどこぞの旦那が浮気を誤魔化すような言い訳をしている。
――事の発端は三十分前、ニナが久しぶりに家に遊び来た場面に遡る。
「ニナ、ミリーちゃんのお家に遊びに来るの久しぶり。ジーク君も大きくなってきたね」
ニナが母親から渡されたオリーブオイルを渡しながらジークに手を振る。
「油、ありがとう。あとでお母さんに渡すね。今日は何をして遊ぶ? ニナはおままごとがいい?」
「ミリーちゃん! ニナはもう子供じゃないの。おままごとはもうやらないのよ」
プクッと頬を膨らませたニナだったが、先週おままごとをやっているのを見かけたばかりだ。大人ぶりたいお年頃なのかもしれない。
「そうなんだ。じゃあ別の遊びをしよう」
「ニナ、お母さんの口紅を持ってきたの。お化粧をして可愛い服を着たいの」
「マルクにも化粧をするの?」
「もう、違うよ。ニナとミリーちゃんがお化粧をして、マルク君と結婚式ごっこするの!」
ああ、ニナもお嫁さんに憧れる年齢になったのかぁ。しかし、一夫多妻か。マルクやるな。
「じゃあ、マルクは両手に花だね」
「違うよ。マルクくんはニナで、ミリーちゃんはマイクだよ」
マルクと腕を組んだニナを微笑ましく見る。もう、マルクが好きで好きでたまらないんだね。でも、その計画はちょっとメンバーが足りないんだよね。
「今日、マイクは遊びに来ないよ。薬屋の仕事が忙しいって言ってた。ジークならいるけど」
「ミリーちゃんとジークは姉弟だから結婚はできないよ。今日は僕がミリーちゃんでニナちゃんがジークで結婚式しようか」
「え?」
ニナのテンションが一気に落ちていくのが分かった。マルクやめろ。マグマを噴火させないで! ほら、ニナが下向いて拗ね始めたでしょ! 急いでフォローをする。
「いや、私はジークと一緒でいいよ。ジークもねぇねが良いよね?」
「ねぇね。あーい」
ジークが両手を上げ喜ぶと、ニナの機嫌が直る。ふぅ、良かった。
「じゃあ、ニナとミリーちゃんはお化粧するね。部屋にいるから、男の子たちは入ってきちゃだめだよ」
急に元気になったニナに押され私の部屋へ入る。
「ミリーちゃんのお部屋は前と変わらないね」
「シンプルイズベストだからね」
「え?」
「なんでもないよ。それにちゃんと飾りは増えたよ。ほらコレとか」
昨年の暮れに粘土で形を取った手形を指差すと、ニナが手形を見つめながら尋ねる。
「これは何?」
「新年に粘土でジークの手形を取った物を飾ったんだよ。ジークが大きくなった時に昔はこんなに小さかったんだよって記念になるかなって思って――ニナ、どうしたの?」
急に静かに一点に集中していたニナがマルクと私の手形を指差しながら尋ねる。
「これはなんて書いてあるの?」
「ミリーとマルクに日付だけど?」
「ミリーちゃんとマルクくんが一緒に作ったの?」
訝しげに尋ねるニナ。
待て待て待て。いらぬ疑いを掛けられている気がする。ニナは今にも泣き出しそうだ。
「たまたま粘土が余って時間があったから作っただけだよ」
「マルク君、お勉強が忙しいからって前みたいに遊んでくれないの。ミリーちゃんと遊んだほうが楽しいのかな。ん、グス……う、う、うえーん」
ああ、泣き出してしまった。この年齢の子供は感情の上下が激しい。私もたまにどうしようもない些細なことで泣きそうになることがある。身体の年齢に引っ張られているのかもしれない。
とりあえず、この事態を解決できる人物を部屋に呼ぶ。
「マルク、ちょっと来て」
「え? でも化粧中は入ったらダメって」
「そうなんだけど。私たちの粘土の手形を見たニナが、その、泣いちゃって……」
「え? どうして?」
うん。それは私も聞きたいよ。でも、多分、ニナ本人も気づいていないがこれは嫉妬だろう。小さくても女の子なんだね。
マルクが入ってきたところで、冒頭の浮気を誤魔化す言い訳をする旦那のようなセリフに戻る。ニナに今は何を言ってもイジケモードに入っているから意味がないだろう。ここは別の解決法を考える。
「そうだ! 今日は結婚式ごっこはやめて、粘土で手形を取ろうよ」
「そうだね。ミリーちゃんもそう言ってるし、ニナちゃんもそれでいい?」
「ヒック……う、うん」
よし。ニナが泣き止んだので急いで粘土を買いに十軒先の陶芸工房へと走る。私がいない間、ニナをよろしくマルク!
息を切らしながら陶芸工房の入り口にいた女将さんに挨拶をする。
「こんにちは~」
「あら、猫亭の娘さんね。この前の粘土はちゃんと役に立ったかしら?」
「はい! 実はまた粘土を譲っていただきたくて……」
「うんうん。あるよ。この前と同じ量でいいの?」
「この前より多めにお願いします」
「はいはい。じゃあこれくらいの量なら小銅貨三枚でどうかしら?」
「はい。お願いします」
ここの工房の女将さんはおっとりしているが仕事は早い。代金を払い粘土を受け取り家に急いで帰る。さてと、ニナは機嫌を直したかな?
「ただいま。マルク、ニナ、粘土を買ってきたよ」
「ミリーちゃん、ありがとう。お金いくらだったの?」
マルクが小さな財布を出しながら尋ねる。
「今日はいらないよ。私の奢り! じゃあ早速、手形を作ろうか?」
「うん! ニナもやる!」
粘土を嬉しそうに見つめるニナ。どうやら機嫌は直ったようだ。ニナの結婚相手は将来、大変そうだな。マルク、頑張れよ。望遠鏡でも見えない距離から応援してるから。
粘土の準備ができたのでマルクとニナに渡す。
「ニナちゃん、土台の形はどうする?」
「ニナはハートがいい」
ニナとマルクがイチャつきながら粘土で遊び始めたので私はジークと一緒に手形を取ることにする。
「ジークは何の形が――あ! コラコラ、粘土を口に入れないで」
「あー! ぎゃああ」
口に入れようとした粘土を取り上げると、今度はジークが盛大に癇癪を起こしたので急いであやす。
「猫さんのニギニギだよ。ジーク。見て見て」
ジークが猫さんに集中してる間にさっさと粘土を丸型に仕上げる。ジークの手形を取り自分の手形も付ける。
ジークは騒いでエネルギーを消費したのでまたオネムのようだ。マルクとニナも無事に手形を付けたようだ。
「あとは乾燥させるだけだから、ニナも乾燥したら取りに来てね」
「分かった。粘土余っているから、ミリーちゃんも一緒に三人で手形を取ろうよ」
「うん、いいね」
粘土手形の台の形は何故か三角形で、ニナとマルクは三角形の底角部分、私は頂角部分に手形を付けた。名前を書いて日付を入れたら完成だ。これは誰が引き取るのだろうか……
ニナが帰ったあと、粘土で汚れたテーブルを掃除しながらマルクと互いに無言で目を合わせ、ため息をつく。
「ミ、ミリーちゃんが粘土を買ってきたから、残りの片づけは僕がやるよ。任せてね」
「うん。よろしく」
疲れたのでソファにゴロリと横になる。ニナは良い子なんだけど、マルクのことになると自分の気持ちが抑えきれないようだ。クッションに顔を埋めているとジョーが部屋に夕食を持って入ってくる。
「夕食を置いていくぞ。今日はパスタスープとチーズコロッケだ。ジークの夕食もあるから頼んだぞって、なんだこれ? また粘土で遊んでいたのか?」
「うん。三角関係だよ」
「……どこでそんな言葉覚えてくんだよ」
クッションに顔を埋めたままジョーに手を振る。今日はもう疲れましたなのです。
内見
「ミリー様、おはようございます」
「ミカエルさんもおはようござます」
約束していたマカロンのお店の物件内見の日、ミカエルさんは予定通りの二の鐘が鳴る時間に猫亭の裏口まで迎えに来た。
今日は渡されていた商業ギルドの見習いの服を着て、迎えの馬車が停められている数軒先まで帽子を深く被り歩く。
「本日は、人目に付かないほうがよろしいと思いまして馬車を遠くに停めております。ここまで歩かせてしまい申し訳ありません」
「こちらもそれで都合が良いので大丈夫です。気にしないでください」
馬車に到着すると御者が一礼をして自己紹介をする。
「本日、御者を務めるジョンと申します」
「よろしくお願いします」
ミカエルさんに抱えてもらい馬車に乗り込む。
中はシンプルで前にギルド長の爺さんに乗せてもらった馬車よりもコンパクトだ。でも、座り心地の良い革のシートと小窓が装備されていて十分な設備はある。
ゆっくりと馬車が動き出す。
おお! 揺れているがそこまで不快ではない。
この辺を行き交う馬車は商店の仕入れや運び屋、あとは乗合馬車ばかりなので個人馬車が珍しいのだろう、すれ違う人が私たちの馬車に視線を向けるのが分かる。
「ミリー様、本日は私付きの商業ギルド見習い人のフリでお願いします。偽名は先日のジェームズでよろしいでしょうか?」
料理人のルーカスさんの前で咄嗟に出たジェームズという偽名なのだが、せっかくなので格好良くする。
「ジェームズ・セッチャークでお願いします」
「家名までは必要ないと思いますが……分かりました。ジェームズ・セッチャクですね」
「ううん。ジェームズ・セッチャークです」
「……畏まりました。それとギルド長に拝聞しましたが、オーツクッキーのみならずボーロも平民の市場で売りたいとのこと、とても良いお考えだと思います」
ミカエルさんには時期が来たら数か所の市場で試しに出店することを勧められる。
「試しに出した店舗が軌道に乗りましたら、他にも店舗を増やしていく形が良いかと思います」
「私もそれがいいと思います」
「市場でしたら商品さえあれば、今すぐにでも開店はできますが……先に中央街のお店に集中しましょう」
お婆さんが持っていた餌は、コーンミールだ。やっぱり餌扱いの食材なのか……。お婆さんが籠に手を入れ鳥たちに餌をあげる。食べている姿も可愛いな。
「可愛いですね。名前はあるんですか?」
「名前? 鳥だよ。それより、そろそろ夕暮れだよ。家に帰んな」
『カエンナ。カエンナ』
ペットに名前を付けるってことはやらない文化なのだろうか?
鳥がマージ婆さんと同じ声で何度も帰宅を催促するので、挨拶をしてマージ婆さんの家を出る。
「鳥を見せていただきありがとうございました」
「婆さんまたな!」
「気をつけて帰んな」
マイクとも別れ猫亭に戻ると、ラジェの姿を確認したガレルさんが眉を開き笑顔になる。そういえば、誰にも言わずに出かけてしまった。
「ミリーちゃん、ラジェ、おかえり」
「ガレルさん、ただいま。ラジェ君と近所の鳥を見に行っていました。マルクはまだ仕事をしてますか?」
「そうか。マルク、さっき上いった」
ガレルさんはこのあとも厨房の仕事があるそうなので、マルクも誘って三人で何かしようかな。
「じゃあ、ラジェ君と私も四階にいますね」
「よろしくおねがい」
ガレルさんと別れ四階の部屋に戻ると、マルクが私の手作り木簡計算ドリルをテーブルに広げていた。
「ラジェ君、こ こ に 座ってね」
「あい」
マルクの前に座ったラジェと自分のためにお茶の準備をしながらマルクに尋ねる。
「お茶入れるけど、マルクも飲む?」
「うん。僕も飲む。ラジェ君だったよね? 僕はマルクだよ」
「ラジェでしゅ」
「僕、マルク。朝も挨拶したけど、僕も猫亭で働いているんだよ。ネイト兄ちゃんとケイト姉ちゃんは僕のきょうだいなんだよ」
マルクがやや早口で言葉を続けると、ラジェが困ったような顔をする。
「マルク、もう少しゆっくり話してあげてね」
「そうだよね。僕、もう少しゆっくり話すね」
マルクとラジェが仲良くおしゃべりしてる間にお茶を注ぎ、お昼寝をするジークを確認してジョーたちの部屋を漁る。
「あった、あった」
ジョーが私から隠しているお菓子ボックスだ。
最近、私という大きな鼠がいるので、ジョーはお菓子ボックスを手の届かない棚に隠している。風魔法で飛べるので問題ないのだけどね。お昼寝するジークを起こさないようにお菓子ボックスを部屋から持ち出す。
(砂糖の在り処も、こう簡単に見つかるといいのに)
砂糖は厨房のどこかにあると思うのだが、未だ発見できていない。
お菓子ボックスを開けると大量のクッキーが入っていた。お菓子はしばらく毎日のように作っていたのでクッキーのストックは特に多い。入っているのは、主にジョーが練習していたアイシングクッキーだ。
手に取ったアイシングクッキーを見る。はて……この絵はなんだろう? 丸型の青い背景のクッキーにピンクや白の点がたくさんあり、右側に一匹の黄色いスライム? 美味しいならなんでもいいや。
「マルク、ラジェ、クッキーを持ってきたよ」
「ミリーちゃん。いつもありがとう。この絵はなんの絵だろうね?」
マルクが私の手元にある先ほどのスライム付きアイシングクッキーを見ながら尋ねる。
「……お空のずっと向こうの空だよ」
「……そっか。美味しいね」
ラジェは不思議そうに自分の取ったクッキーを見つめながら食べるかを悩んでいるようだ。
どんなクッキーを取ったのかと思えば、前世で畑とかに鳥が近づかないように置いてる目玉の風船みたいな柄だった。
「ラジェ君、食べても大丈夫だよ」
味は美味しいはずだから、味は。
サクッと小さめの一口でクッキーを食べたラジェの目が見開き笑顔になる。
「美味しいでしゅ」
「うんうん。味は美味しいよね」
「ミリーちゃん、旦那さんは毎日頑張っていたよ。この柄なんかは可愛いんじゃないかな」
マルクが健気にジョーのクッキーから綺麗な絵を探し見せてくる。
「そうだね。これはレースの柄かな? 確かに可愛いね。この下の部分の茶色は何か分かんないけど」
わいわいとクッキーを食べていたら、ドアが開きシャツがずぶ濡れのジョーが入ってくる。
「お父さん、どうしたの?」
「ああ。水を被ってしまってな。濡れたままじゃあ気持ち悪いから着替えに――ってミリー、また菓子の箱を見つけたのか? どうやってあの高さから取ったんだよ? 俺でも手が届かねぇ場所に置いてたぞ」
「えへへ」
「しかも、俺の失敗作ばっかり食ってんじゃあねぇよ」
ジョーが呆れたように笑ったので、先ほどのマルクが探してくれた可愛いクッキーをジョーに見せる。
「失敗ばかりじゃないよ。これは可愛いよ。でも、この茶色いのは何?」
「それは、網にかかった熊だ」
ジョーの熊クッキーを見つめ全員が静かになる。
ああ、このレースだと思っていた部分が網なのか……バリバリと無言で網にかかった熊のクッキーを食べる。証拠隠滅だ。
「じゃあ俺は着替えて戻るが、夕食前に菓子を食い過ぎるなよ」
「はーい」
ジョーが部屋を出ると、マルクは中断していた計算ドリルに戻った。
私とラジェはやることがなくなったので、クッキーを食べながらマルクの勉強する姿を眺めていた。マルクは三桁の数字は少し解くのに時間が掛かっているようだ。ラジェがチラチラとマルクの木簡ドリルを見ていたので尋ねる。
「ラジェ君、何か気になるの?」
「ここ間違いでしゅ」
ラジェが指摘したマルクの回答を確かめる。
「あ。本当だ。マルク、ここの足し算を間違えてるよ」
「本当だね。えーとね。これでどう?」
「正解でしゅ」
ラジェが嬉しそうに言うと、マルクと二人で『おー』と声を出す。
「ラジェは計算ができるの?」
「少しだけでしゅ」
同じ年で三桁の計算ができる子供なんてこの辺の平民では滅多にいない。
いや、大人でも商人じゃない限りほとんどいない。近くの市場の店員はよくお釣りも間違えるので一桁も怪しいくらいだ。
初めの頃はくすねているのかと思ったけれど、普通に計算が苦手なだけだった。ラジェは王国の字も読めるというが、どれほど読めるのだろうか?
「ラジェは字も読めるんだよね?」
「分からないでしゅ。ここの字はまだ難しいでしゅ」
この国の字はまだ完璧に読み書きできないけれど、砂の国の字の読み書きはできるのだろう。
砂の国の字ってどんなだろう? 砂の国は砂漠で覆われていると聞いた。砂漠ってカタカナだとデザートだよね。英語のスペルは違うけど……デザート。デザート。デザート。
「ミリーちゃん、ニヤニヤしてどうしたの?」
「マルク、ごめんごめん。ところで、鳥のお婆さんも言っていたけれど、ラジェは砂の国の出身なの?」
「……あい」
「砂の国の文字は書けるの?」
砂の国の話になるとなんだかラジェが沈んだ顔になったが、文字を書いてくれる。砂の国の文字は丸っこくて可愛い字だ――ってあれ……普通に読めるんだけど。
これも転生特典だろうか? ラジェの書いた文字を読む。
【こんにちは。私の名前はラジェです。ミリーちゃん、マルクくん、よろしくね】
「ラジェくん凄いね。文字がとっても綺麗だね。なんて書いてあるの?」
「こんにちは。名前ラジェでしゅ。ミリーちゃん、マルクくん、よろしゅくね」
咄嗟にラジェには字が読めないフリをしたけど、まさか他国の文字まで読めるとは思ってもいなかった。
この国の言語も問題なく話すことができ、読み書きもできたので不思議でないといえばそうだけど……どうすれば良いのかな。とりあえず今は黙っておくか。
「ミリーちゃん?」
「ラジェ君、ごめんね。文字が違うなぁって考えてたの。綺麗な文字だね」
「ありあと」
ラジェの耳が悪いのは生まれつきなのかな?
それにしては自分の名前を含む言葉の端端ははっきり発音ができている。いきなりデリケートなことを尋ねるのも気が引けるな。
治してみたいけどこっそりとはできない。なんだかラジェにはまだ完全に信用されてないようで、触れようとすると少しビクッとするのでいきなり魔法で治すのは躊躇している。
それに、後天的だったらヒールで治せると思うが……先天的なものは治せないらしい。
白魔法使いが周りにいないから詳しくは分からないが、以前ジゼルさんと話していた生まれつき腕のない女の人がそう言っていた。
その人は子供の頃に教会に行って治そうとしたが四肢の欠損を治す白魔法使いの神官自体少なく、生まれつき存在しなかった部分は治療することはできないと診断されたらしい。
理に適っているのかな?
初めから存在しないものは『治す』必要はないということなのだろう。
幸いこの国の王都の住民は手がなかったり、耳が聞こえなかったりしてもそれが何ってスタンスだ。特に誰も気にしてない。
ラジェとはもう少し仲良くなってから耳について聞こうかな……
◆
ガレルとラジェが働き始めて数日が経った。
二人は仕事も少しずつ慣れてきたようで良かった。クリーンを使用した時の魔力での判断だが、ガレルの魔力は平民の平均値であるのに比べて、ラジェの魔力はやはり高いようだ。素晴らしいクリーンで連日掃除をしている。クリーン仲間ができたようで、なんだか嬉しい。
今日、ガレルとラジェは日用品を揃えるために午前の仕事後に買い物に出かけた。
……そして猫亭でお留守番していた私は現在、窮地に立たされている。
遊びに来たニナが、昨年の暮れにマルクと私が一緒に粘土で手形を取った壁飾りを発見したのだ。ただ単にジークの誕生日の時に余った粘土で作った粘土の手形だったが、その恋人のような仕様が今になってニナの地雷を踏んだのだ。
自分だけ仲間外れにされたと泣き出したニナをマルクが宥める。
「ヒック。マルク君、ミリーちゃんと仲良く手形して飾って……ニナは?」
「ニナちゃん。この手形は、ジークの粘土が余ったから作っただけだよ。ニナちゃんを仲間外れにしようなんてしてないよ。深い意味はないよ」
マルクがどこぞの旦那が浮気を誤魔化すような言い訳をしている。
――事の発端は三十分前、ニナが久しぶりに家に遊び来た場面に遡る。
「ニナ、ミリーちゃんのお家に遊びに来るの久しぶり。ジーク君も大きくなってきたね」
ニナが母親から渡されたオリーブオイルを渡しながらジークに手を振る。
「油、ありがとう。あとでお母さんに渡すね。今日は何をして遊ぶ? ニナはおままごとがいい?」
「ミリーちゃん! ニナはもう子供じゃないの。おままごとはもうやらないのよ」
プクッと頬を膨らませたニナだったが、先週おままごとをやっているのを見かけたばかりだ。大人ぶりたいお年頃なのかもしれない。
「そうなんだ。じゃあ別の遊びをしよう」
「ニナ、お母さんの口紅を持ってきたの。お化粧をして可愛い服を着たいの」
「マルクにも化粧をするの?」
「もう、違うよ。ニナとミリーちゃんがお化粧をして、マルク君と結婚式ごっこするの!」
ああ、ニナもお嫁さんに憧れる年齢になったのかぁ。しかし、一夫多妻か。マルクやるな。
「じゃあ、マルクは両手に花だね」
「違うよ。マルクくんはニナで、ミリーちゃんはマイクだよ」
マルクと腕を組んだニナを微笑ましく見る。もう、マルクが好きで好きでたまらないんだね。でも、その計画はちょっとメンバーが足りないんだよね。
「今日、マイクは遊びに来ないよ。薬屋の仕事が忙しいって言ってた。ジークならいるけど」
「ミリーちゃんとジークは姉弟だから結婚はできないよ。今日は僕がミリーちゃんでニナちゃんがジークで結婚式しようか」
「え?」
ニナのテンションが一気に落ちていくのが分かった。マルクやめろ。マグマを噴火させないで! ほら、ニナが下向いて拗ね始めたでしょ! 急いでフォローをする。
「いや、私はジークと一緒でいいよ。ジークもねぇねが良いよね?」
「ねぇね。あーい」
ジークが両手を上げ喜ぶと、ニナの機嫌が直る。ふぅ、良かった。
「じゃあ、ニナとミリーちゃんはお化粧するね。部屋にいるから、男の子たちは入ってきちゃだめだよ」
急に元気になったニナに押され私の部屋へ入る。
「ミリーちゃんのお部屋は前と変わらないね」
「シンプルイズベストだからね」
「え?」
「なんでもないよ。それにちゃんと飾りは増えたよ。ほらコレとか」
昨年の暮れに粘土で形を取った手形を指差すと、ニナが手形を見つめながら尋ねる。
「これは何?」
「新年に粘土でジークの手形を取った物を飾ったんだよ。ジークが大きくなった時に昔はこんなに小さかったんだよって記念になるかなって思って――ニナ、どうしたの?」
急に静かに一点に集中していたニナがマルクと私の手形を指差しながら尋ねる。
「これはなんて書いてあるの?」
「ミリーとマルクに日付だけど?」
「ミリーちゃんとマルクくんが一緒に作ったの?」
訝しげに尋ねるニナ。
待て待て待て。いらぬ疑いを掛けられている気がする。ニナは今にも泣き出しそうだ。
「たまたま粘土が余って時間があったから作っただけだよ」
「マルク君、お勉強が忙しいからって前みたいに遊んでくれないの。ミリーちゃんと遊んだほうが楽しいのかな。ん、グス……う、う、うえーん」
ああ、泣き出してしまった。この年齢の子供は感情の上下が激しい。私もたまにどうしようもない些細なことで泣きそうになることがある。身体の年齢に引っ張られているのかもしれない。
とりあえず、この事態を解決できる人物を部屋に呼ぶ。
「マルク、ちょっと来て」
「え? でも化粧中は入ったらダメって」
「そうなんだけど。私たちの粘土の手形を見たニナが、その、泣いちゃって……」
「え? どうして?」
うん。それは私も聞きたいよ。でも、多分、ニナ本人も気づいていないがこれは嫉妬だろう。小さくても女の子なんだね。
マルクが入ってきたところで、冒頭の浮気を誤魔化す言い訳をする旦那のようなセリフに戻る。ニナに今は何を言ってもイジケモードに入っているから意味がないだろう。ここは別の解決法を考える。
「そうだ! 今日は結婚式ごっこはやめて、粘土で手形を取ろうよ」
「そうだね。ミリーちゃんもそう言ってるし、ニナちゃんもそれでいい?」
「ヒック……う、うん」
よし。ニナが泣き止んだので急いで粘土を買いに十軒先の陶芸工房へと走る。私がいない間、ニナをよろしくマルク!
息を切らしながら陶芸工房の入り口にいた女将さんに挨拶をする。
「こんにちは~」
「あら、猫亭の娘さんね。この前の粘土はちゃんと役に立ったかしら?」
「はい! 実はまた粘土を譲っていただきたくて……」
「うんうん。あるよ。この前と同じ量でいいの?」
「この前より多めにお願いします」
「はいはい。じゃあこれくらいの量なら小銅貨三枚でどうかしら?」
「はい。お願いします」
ここの工房の女将さんはおっとりしているが仕事は早い。代金を払い粘土を受け取り家に急いで帰る。さてと、ニナは機嫌を直したかな?
「ただいま。マルク、ニナ、粘土を買ってきたよ」
「ミリーちゃん、ありがとう。お金いくらだったの?」
マルクが小さな財布を出しながら尋ねる。
「今日はいらないよ。私の奢り! じゃあ早速、手形を作ろうか?」
「うん! ニナもやる!」
粘土を嬉しそうに見つめるニナ。どうやら機嫌は直ったようだ。ニナの結婚相手は将来、大変そうだな。マルク、頑張れよ。望遠鏡でも見えない距離から応援してるから。
粘土の準備ができたのでマルクとニナに渡す。
「ニナちゃん、土台の形はどうする?」
「ニナはハートがいい」
ニナとマルクがイチャつきながら粘土で遊び始めたので私はジークと一緒に手形を取ることにする。
「ジークは何の形が――あ! コラコラ、粘土を口に入れないで」
「あー! ぎゃああ」
口に入れようとした粘土を取り上げると、今度はジークが盛大に癇癪を起こしたので急いであやす。
「猫さんのニギニギだよ。ジーク。見て見て」
ジークが猫さんに集中してる間にさっさと粘土を丸型に仕上げる。ジークの手形を取り自分の手形も付ける。
ジークは騒いでエネルギーを消費したのでまたオネムのようだ。マルクとニナも無事に手形を付けたようだ。
「あとは乾燥させるだけだから、ニナも乾燥したら取りに来てね」
「分かった。粘土余っているから、ミリーちゃんも一緒に三人で手形を取ろうよ」
「うん、いいね」
粘土手形の台の形は何故か三角形で、ニナとマルクは三角形の底角部分、私は頂角部分に手形を付けた。名前を書いて日付を入れたら完成だ。これは誰が引き取るのだろうか……
ニナが帰ったあと、粘土で汚れたテーブルを掃除しながらマルクと互いに無言で目を合わせ、ため息をつく。
「ミ、ミリーちゃんが粘土を買ってきたから、残りの片づけは僕がやるよ。任せてね」
「うん。よろしく」
疲れたのでソファにゴロリと横になる。ニナは良い子なんだけど、マルクのことになると自分の気持ちが抑えきれないようだ。クッションに顔を埋めているとジョーが部屋に夕食を持って入ってくる。
「夕食を置いていくぞ。今日はパスタスープとチーズコロッケだ。ジークの夕食もあるから頼んだぞって、なんだこれ? また粘土で遊んでいたのか?」
「うん。三角関係だよ」
「……どこでそんな言葉覚えてくんだよ」
クッションに顔を埋めたままジョーに手を振る。今日はもう疲れましたなのです。
内見
「ミリー様、おはようございます」
「ミカエルさんもおはようござます」
約束していたマカロンのお店の物件内見の日、ミカエルさんは予定通りの二の鐘が鳴る時間に猫亭の裏口まで迎えに来た。
今日は渡されていた商業ギルドの見習いの服を着て、迎えの馬車が停められている数軒先まで帽子を深く被り歩く。
「本日は、人目に付かないほうがよろしいと思いまして馬車を遠くに停めております。ここまで歩かせてしまい申し訳ありません」
「こちらもそれで都合が良いので大丈夫です。気にしないでください」
馬車に到着すると御者が一礼をして自己紹介をする。
「本日、御者を務めるジョンと申します」
「よろしくお願いします」
ミカエルさんに抱えてもらい馬車に乗り込む。
中はシンプルで前にギルド長の爺さんに乗せてもらった馬車よりもコンパクトだ。でも、座り心地の良い革のシートと小窓が装備されていて十分な設備はある。
ゆっくりと馬車が動き出す。
おお! 揺れているがそこまで不快ではない。
この辺を行き交う馬車は商店の仕入れや運び屋、あとは乗合馬車ばかりなので個人馬車が珍しいのだろう、すれ違う人が私たちの馬車に視線を向けるのが分かる。
「ミリー様、本日は私付きの商業ギルド見習い人のフリでお願いします。偽名は先日のジェームズでよろしいでしょうか?」
料理人のルーカスさんの前で咄嗟に出たジェームズという偽名なのだが、せっかくなので格好良くする。
「ジェームズ・セッチャークでお願いします」
「家名までは必要ないと思いますが……分かりました。ジェームズ・セッチャクですね」
「ううん。ジェームズ・セッチャークです」
「……畏まりました。それとギルド長に拝聞しましたが、オーツクッキーのみならずボーロも平民の市場で売りたいとのこと、とても良いお考えだと思います」
ミカエルさんには時期が来たら数か所の市場で試しに出店することを勧められる。
「試しに出した店舗が軌道に乗りましたら、他にも店舗を増やしていく形が良いかと思います」
「私もそれがいいと思います」
「市場でしたら商品さえあれば、今すぐにでも開店はできますが……先に中央街のお店に集中しましょう」
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