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本編

知らない人2

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 払われた女性の手がいい音でパァンと鳴り、辺りにいた数人の買い物客が振り向く。
 急に現れたお婆さんはフードを深く被っていて顔は見えないけど……これ、絶対月光さんだよね? 声も本物のお婆さんのようで、身長もいつもより低い。でも、ガレルさんに教えてもらったロイをフったというお婆さんに外見はマッチしている。絶対にそうだと思うんだけど……確証がない。もう、この月光さんの七変化はミステリーの領域に入っている。

「ミリーちゃん、大丈夫?」

 隣にいたはずのラジェは、いつのまにか一歩前に出て私を庇うように立っていた。フードのお婆さんがラジェを見ながらケラケラと嬉しそうに笑い声を上げる。

「やはり、砂の国の男は男気があっていいねぇ。いい子だね」

 お婆さんがラジェの頭の上に手を置き、わしゃわしゃと撫でる。ラジェがお婆さんへ言葉を返す前に、手を払われた女性が声を怒りに震わせながら抗議し始めた。

「なんなの、あなたは急に手を叩いて! 失礼ではないのかしら?」

「ああ? なんだい。それじゃ聞くけど、この子たちはあんたのかい?」

「え? いえ、そうではないですけど……」

 追及から視線を逸らし、徐々に声が小さくなる女性にお婆さんの容赦ない追い打ちが降りかかる。

「なんだい。あんたは、よその子を弄る趣味でもあるのかい? 真昼間から変態がいるなんて、怖いわねぇ。あぁ。怖い怖い! 子供を弄るの女が真昼間からいるよ!」

 あ、やっぱりこのお婆さんは月光さんだ。お婆さんから発された風魔法で拡張されただろう声からはうんと月光さんの魔力を感じる。日用品店の買い物客以外にも広範囲に届いた拡張された月光さん扮する婆さんの言葉に全員が顔を顰め女性を睨んだ。

「ちょっと、あなた! なんてことを言うのよ! 私は変態ではないわよ!」

「よそ様の子を触ろうとしたくせに往生際が悪いんじゃないか?」

 女性と月光婆さんが静かに視線を合わせる。

「子供たちに何をしている!」

 奥にいたガレルさんが鬼の形相で現れると、分の悪くなった女性は「行くわよ」と後ろの二人に声を掛けすぐに退散していった。後ろの二人も仲間だったのは、女性が声を掛けるまで全く気付かなかった。女性がひとりではなかったことに驚いているとフードを少し上げた月光婆さんと目が合いウインクをされる。

「魔物は退散したぞ」

 魔物って言い方……ううん、いきなりあの女性に声を掛けられ戸惑ったのは事実だ。助けの手を差し伸べてもらっていることは月光さんもだけれど、爺さんにも感謝している。月光さんに改めて礼を言おうとしたらガレルさんにがっちりとホールドされ身動きが取れなくなる。

「二人とも無事か? 何かされたのか? 怪我は?」

「大丈夫。何もされていない」

 ラジェがガレルさんの胸板を押し返しながら照れくさそうに言う。

「ラジェ、本当か? ミリー嬢ちゃんは?」

「私も怪我はないです」

 心配そうに私とラジェの手足を確認するガレルさんに、月光婆さんに助けてもらったから件の女性には触れられてもいないし大丈夫だと伝えようとしたが――

(月光さん! もういなくなってる!)

 先程までいた月光婆さんの姿は完全に目の前から消えていた。ガレルさんを含む周りの人は、婆さんがひとりその場から消えていることには特に気づいていないようで、乾いた笑いが漏れる。流石としかいえない。お礼は後で言おう。それに、あの声を掛けてきた女性の素性も月光さんなら分かるような気がする。
 私たちの身体に異常がないか確認するガレルさんの後ろでコロコロと芋が地面に転がるのが見える。

「ガレルさん、買い物が全部地面に落ちてる!」

 ガレルさんは、どうやら荷物を全て地面に放り投げ私とラジェの元に駆け付けたようだ。月光さんが例の女性を巧みに退散させてくれたから特に実害はなかったけれど、迷惑をかけたガレルさんにお礼を言い三人で地面に落ちた野菜などの荷物を拾う。

「このことお父さんとお母さんに――」
「ダメだ。ちゃんと知らせる。親は心配する権利ある」

 くっ、正論過ぎて何も言い返せない。

「分かりました。でも、何もなかったこともちゃんと伝えてください」
「心配しなくても、ジョーも女将さんもきっと分かってくれる」

 ガレルさんの言葉で大丈夫だろうと呑気に帰宅すると、話を聞いたジョーとマリッサに明日の文字教室の外出について渋い顔をされる。
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