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本編

知らない人

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 今日は早朝に誰よりも早く目覚め家の中を掃除する。ここ二日は休みなく護衛をする月光さんのことを考えて外出を遠慮していたので、エネルギーが漲っている。埃の抹殺だーとキレよくカニ歩きをしながら部屋にクリーンを掛けていく。

「あら、ミリー。おはよう。今日は早いのね。こんなに早くから家の掃除をしているの?」
「うん。今日はなんとなく早く起きたから」
「そうなのね。今日は少し肌寒いわ。みんなの冬用の服の準備が必要ね。明日の文字教室にも羽織る物を持って行きなさい」

 そう、明日は二回目の文字教室の日だ。神官長のシルヴァンが本を持参すると約束した日でもある。

「なんだ、ミリー。もう起きたのか?」

 欠伸をしながら寝室から出て来るジョーに元気に挨拶をする。

「おはよう、お父さん!」
「んー、はよ。朝から元気だな」
「今日は朝食のお手伝いできるよ!」
「あー、いや今日はマルクとネイトが朝食のシフトに入っているから、人は足りてるぞ」

 最近、マルクに計算を教えてもらっているネイトは週に一、二回食堂の朝食シフトにはいっている。

「そうなんだ……」

 朝食を済ませ、お手伝いすることがないのでジークと遊ぶ。そんなジークも遊び疲れウトウトしながらすぐにお昼寝タイムに入った。
 せっかくなので、前回シルヴァンに喜んでもらったオーツクッキーをまた文字教室に持参しようかと厨房でランチの準備が終わったジョーに声をかける。

「お父さん、明日の文字教室のためにオーツクッキーを作りたいんだけど……」
「お、そうか。焼くぞ――って材料がいくつか足りねぇな。丁度、今からガレルが買い出しに行くところだ。ついでに必要な物を頼んでおく」

 ガレルさんに渡す買い物リストの木簡にオーツクッキーの材料を追加するジョー。

「あ、それなら私も一緒に行っていいかな?」
「俺は構わないが、ガレル頼めるか?」
「問題ない。荷物多いから、ラジェも連れて行く」

 ガレルさんが頷きながら言う。
 やっぱりずっと家に閉じこもっているのはつらい。少し息抜きをしたいと思っていたから、市場に行くくらいいいよね? ここ二日間、月光さんは私の前には姿を現していない。だけど、ジョーが言うにはルイジさんは毎晩食堂を訪れているらしい。
 廊下の掃除をしていたラジェと一緒に仕事を終わらせ、猫亭前でガレルさんを二人で待つ。二人といったけれど、もちろん二人ではない。たぶん月光さんがどこかにいる。

「ミリーちゃん、何してるの?」

 無意識の内にチラチラと辺りや裏道を気にかけていたら、ラジェにどうしたのかと心配される。

「確認だよ。確認」
「なんの確認?」

 ラジェの美しい瞳で見つめられる。この瞳の前ではなんでも白状してしまいそうだけど、月光さんのことは一応言わないことになっているので適当に誤魔化す。最近、月光さんの存在を少し肌で感じて敏感になっているラジェの視線は痛いけど、隠し持っていたボーロを賄賂として渡す。まぁ、ラジェが完全に月光さんに気づくことがあれば教えるつもりではいる。でも、この常に監視されているという生活もつらいので早く終わってほしい。
 二人で仲良くボーロを食べていたら、猫亭からガレルさんが出てくる。

「出発できる。二人とも待ったか?」
「「全然!」」
「市場に行くが、俺の横にちゃんといろ。特にミリー嬢ちゃん。頼むぞ」

 名指しでの注意。反論しようと思ったけれど、これまでのガレルさんに対しての自分の行動を思い返すとぐうの音も出なかったので元気に手を上げ返事をする。

「はーい」

◇◇◇

 二十分ほど歩いて市場に到着した。
 冬目前、市場はまだ賑わっている。野菜などは瓶詰めも目立つけれど、新鮮な野菜も数多く並んでいる。
 ガレルさんが、オーツクッキーの材料を含む木簡の買い物リストを一つずつ消していく。子供でも抱えることのできる軽い荷物は、私とラジェで分担して持つ。

「日用品店で最後だ」

 ガレルさんがムクロジの実などを購入する間、ラジェが何かをジーと見つめていた。

「ラジェ、何を見ているの?」
「ミリーちゃん、これなんだろう?」

 ラジェが指差したのは、ポニーテールを途中で切って結んだ棒たわしのような物。何に使うんだろ、これ。手に取りもしゃもしゃと毛先を触れば、想像より柔らかかった。

「それが気になるのかしら?」

 急に知らない女性に話しかけられて、ラジェも私もビクッとする。微笑みながら話しかけてきた女性は日用品屋の店員ではない。下町にしてはあまりにも綺麗な恰好のその女性が私に手を伸ばしたので警戒態勢に入ったが、どこからか現れたお婆さんがその手を払う。

「買い物の邪魔じゃよ」
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