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本編
ロイと月光 2
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上半身は自由に動かす事ができるようになったが、足のほうは……ビクともしない。この婆さんこんな魔法まで使えたのか。
「どこにも逃げねぇから、この縛りから解放してくれ」
「それは、あたしの素性を探さないと約束した癖に嘘をついたのと同じ口が言っているのかい?」
「……分かった。このままでいいから用件はなんだ」
前に座る婆さんから目を離さずにエールに口をつけ尋ねる。
(どこまで把握してるんだよ、この婆さん)
俺の質問には答えず、婆さんは頬張っていたクリームコロッケを皿に置き、俺を睨みながら尋ねる。
「今日は、また何故にこんな遠くの店に来てるんだい?」
「そ、それは、東区の飯屋の開拓をしていてたまたま入っただけだ」
市場調査だと誤魔化し、自然と目を逸らすと婆さんが呆れたように笑う。
「商人の癖に、なんだい、その下手くそな嘘は」
「クソ。あんたの前だと調子が狂うんだよ。分かった。正直に言う。この宿に気になる子供がいるから見に来たんだ。ただ、それだけだ」
テーブルにエールをドンと置き、不貞腐れたように言うとボアバーガーに伸ばしていたフォークを止め、婆さんが上目遣い俺を見て言い放つ。
「わざわざ、坊主の秘書に数日も探させてか?」
「なんで知ってやがんだよ! あんた、怖ぇよ」
この婆さん、俺の行動を監視していたのか? いつからだ? いや、そんな事より疑問は何故監視をしていたかだ。考えないといけないのは、なぜこの婆さんがここにいるかだ。
わざわざ俺の動向を探っていたと思えない。なぜ、今ここでこの婆さんは俺に脅迫まがいな事をしている? いや、その答えはひとつしかない。
「……あんた、東ギルド長の手先だったのか?」
「なんだい。やっとそこに辿り着いたのか? なら、次にあたしが言いたいことは分かるだろう?」
俺はなんで今まで気付かなかったんだ。あの時、アズール商会を助け、商人にちょっかいをかける貴族をけん制する意図があったのは東ギルド長だと今なら簡単に分かる。
「爺さんの家族に余計な干渉をするなと?」
「ちょっと違うね。もうすでに坊主とこの宿屋は不本意だが縁がある。そういう縁を邪魔するつもりはないよ。けれど、坊主の面白半分の興味のためだけに家族を危険に晒す行為をエンリケ様は許容できないという話じゃよ」
わざわざミリーやその家族を探してまで俺の欲求を追求するなという事か? 東のギルドとは良好な関係を保ちたい……あの爺さんを敵に回すことは避けたい。完全に関係を断てと言っているわけではないのが救いか。あの爺さんからの軽い忠告として受け取るか。
「分かった。こちらから無理な干渉はしない。だが、また縁があれば……それは別の話だ」
ニヤッと笑い婆さんの顔を見れば、微かに口角が上がっているのが見えた。
「少しは言い返せるようになったな。まぁ、それで良い。ここの食べ物は絶品だから今日はそれを堪能だけして大人しく帰れ」
「分かったよ」
「うむ。いい返事だ」
先程まで静かだった店内の騒がしいガヤガヤが聞こえ、誰かが床に皿を落とす音が聞こえたのでそちらへと振り向くと先ほどの給仕の青年が急いで落ちた皿を掃除する姿が見えた。
「婆さん、今日は俺が奢るから――」
一緒に食おうぜと言い掛けて、先ほど婆さんが座っていた場所を見たが、その姿はすでになかった。
(魔法か? ったく……恐ろしい婆さんだよ)
下半身に掛かっていた拘束の魔法も解けたので残りのエールをゴクリと飲み干し、給仕の少女に追加注文をたのむ。
「お嬢さん、エールのおかわりと追加注文を頼む!」
「はーい! 今行きます! あれ、お連れさんは?」
「どうやら、振られたようだ。急用だと帰ったよ」
婆さんと約束した通り、その日は飲み食い以外のことをせず大人しく家路につく。
食い過ぎで膨れ上がった腹をさすりながら、猫亭での数々の料理を思い出す。爺さんの息が掛かっているからか、品のいくつかはあの新興商会ペーパーダミーの物だったな。
(しかし、美味い店だったな。東のあの場所にあるのがもったいねぇな)
いつもご愛読ありがとうございます。
近況ボードに二巻の書籍刊行情報を載せました。
書籍作業も落ち着き、また本編のミリーのストーリーに集中する予定です。
よろしくお願いいたします。
「どこにも逃げねぇから、この縛りから解放してくれ」
「それは、あたしの素性を探さないと約束した癖に嘘をついたのと同じ口が言っているのかい?」
「……分かった。このままでいいから用件はなんだ」
前に座る婆さんから目を離さずにエールに口をつけ尋ねる。
(どこまで把握してるんだよ、この婆さん)
俺の質問には答えず、婆さんは頬張っていたクリームコロッケを皿に置き、俺を睨みながら尋ねる。
「今日は、また何故にこんな遠くの店に来てるんだい?」
「そ、それは、東区の飯屋の開拓をしていてたまたま入っただけだ」
市場調査だと誤魔化し、自然と目を逸らすと婆さんが呆れたように笑う。
「商人の癖に、なんだい、その下手くそな嘘は」
「クソ。あんたの前だと調子が狂うんだよ。分かった。正直に言う。この宿に気になる子供がいるから見に来たんだ。ただ、それだけだ」
テーブルにエールをドンと置き、不貞腐れたように言うとボアバーガーに伸ばしていたフォークを止め、婆さんが上目遣い俺を見て言い放つ。
「わざわざ、坊主の秘書に数日も探させてか?」
「なんで知ってやがんだよ! あんた、怖ぇよ」
この婆さん、俺の行動を監視していたのか? いつからだ? いや、そんな事より疑問は何故監視をしていたかだ。考えないといけないのは、なぜこの婆さんがここにいるかだ。
わざわざ俺の動向を探っていたと思えない。なぜ、今ここでこの婆さんは俺に脅迫まがいな事をしている? いや、その答えはひとつしかない。
「……あんた、東ギルド長の手先だったのか?」
「なんだい。やっとそこに辿り着いたのか? なら、次にあたしが言いたいことは分かるだろう?」
俺はなんで今まで気付かなかったんだ。あの時、アズール商会を助け、商人にちょっかいをかける貴族をけん制する意図があったのは東ギルド長だと今なら簡単に分かる。
「爺さんの家族に余計な干渉をするなと?」
「ちょっと違うね。もうすでに坊主とこの宿屋は不本意だが縁がある。そういう縁を邪魔するつもりはないよ。けれど、坊主の面白半分の興味のためだけに家族を危険に晒す行為をエンリケ様は許容できないという話じゃよ」
わざわざミリーやその家族を探してまで俺の欲求を追求するなという事か? 東のギルドとは良好な関係を保ちたい……あの爺さんを敵に回すことは避けたい。完全に関係を断てと言っているわけではないのが救いか。あの爺さんからの軽い忠告として受け取るか。
「分かった。こちらから無理な干渉はしない。だが、また縁があれば……それは別の話だ」
ニヤッと笑い婆さんの顔を見れば、微かに口角が上がっているのが見えた。
「少しは言い返せるようになったな。まぁ、それで良い。ここの食べ物は絶品だから今日はそれを堪能だけして大人しく帰れ」
「分かったよ」
「うむ。いい返事だ」
先程まで静かだった店内の騒がしいガヤガヤが聞こえ、誰かが床に皿を落とす音が聞こえたのでそちらへと振り向くと先ほどの給仕の青年が急いで落ちた皿を掃除する姿が見えた。
「婆さん、今日は俺が奢るから――」
一緒に食おうぜと言い掛けて、先ほど婆さんが座っていた場所を見たが、その姿はすでになかった。
(魔法か? ったく……恐ろしい婆さんだよ)
下半身に掛かっていた拘束の魔法も解けたので残りのエールをゴクリと飲み干し、給仕の少女に追加注文をたのむ。
「お嬢さん、エールのおかわりと追加注文を頼む!」
「はーい! 今行きます! あれ、お連れさんは?」
「どうやら、振られたようだ。急用だと帰ったよ」
婆さんと約束した通り、その日は飲み食い以外のことをせず大人しく家路につく。
食い過ぎで膨れ上がった腹をさすりながら、猫亭での数々の料理を思い出す。爺さんの息が掛かっているからか、品のいくつかはあの新興商会ペーパーダミーの物だったな。
(しかし、美味い店だったな。東のあの場所にあるのがもったいねぇな)
いつもご愛読ありがとうございます。
近況ボードに二巻の書籍刊行情報を載せました。
書籍作業も落ち着き、また本編のミリーのストーリーに集中する予定です。
よろしくお願いいたします。
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