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2巻

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  ◆


 数日後、前日にジョーと共に作った砂糖なしタルトタタンを大皿に載せひっくり返すとリンゴの宝石が現れた。

「これは見栄えもいいが、普段のパイとは違う生地部分がいいな。タルトだったか? ミリー、よく考えついたな」

 ジョーに褒められ、エへへと笑うが、これは前世のタタン姉妹が考えたパイの一種のタルトタタンだ。考えたというよりも失敗の副産物だ。でも、確かに美味しい。もちろん、砂糖を使ったほうがもっと美味しくはなるだろうけど、ジョー特製のタルト生地と焼き加減がいいのかもしれない。

「お父さん、また腕をあげたんじゃない? 凄く美味しいよ」
「おう! ありがとうな」

 ジョーが照れながらランチの準備に戻る。

「今日もランチは忙しくなりそうだね」
「ありがたい事だな。今日は、トマトソースパスタとオークカツだ。ミリーも手伝ってくれるか?」
「もちろん!」

 今日はオークカツの日か! オークカツは週三回ほど、ランチの時に提供している猫亭の看板料理だ。オークカツ……何年食べても飽きない。オークカツソースもリピーターの客なら必ず付けるほどのアイテムになっている。
 ランチの時間になると次々と客が入る。ケイトの活躍がなければ少人数で店を回すのは無理だったと思う。今日はケイトと私、それから片付け要員のマルクが働いているがとても忙しい。
 ランチの忙しさが徐々に収まり、そろそろ終了かなとテーブルを片付けていたら表に二人のお客さんの影が見えた。

「いらっしゃい……ませ」
(げっ。クリスじゃん)

 なんで、ここに来ているの? 西区の住人だよね? クリスに私の顔は割れていないから大丈夫だけど、マリッサに会いに来たのかな。クリスの隣には少し年上の従者っぽい青年もいる。

「お二人様ですか? 奥の席が空いておりますので、そちらにお座りください」
「ありがとう」

 クリスが今まで見た事もない爽やかな笑顔で返事をして従者と共に奥の席へと座ったので、注文を取りに行く。

「本日はパスタ料理のブルのトマトソースパスタかオークカツになります。いかがなさいますか?」
「オークカツとは中央街の店に出てる人気のメニューと同じ物なのか?」

 二人が若干いぶかしげに互いに視線を交わす。二人とも、ここがオリジナルなんだからね! と叫びたい気持ちを抑え笑顔で返答する。

「中央街にもあるのですね。こちらでも大変人気ですよ」
「ふむ。それでは、そのオークカツとトマトソースパスタをお願いする」
「小銅貨一枚でオークカツソースが付きますがいかがなさいますか?」
「ソースか。いいな。お願いする」
「かしこまりました。お水はセルフサービスとなっておりますのでよろしくお願いします」

 クリスは爺さんたちの前とは別人のようだ。普通に話をする限り礼儀正しい子なんだけどなぁ。爺さんとのやり取りを見てるから生意気な子供という印象が強い。
 注文の料理をマルクと共に運ぶ。トレーはまだ一度に一つしか運べないのだ。

「お待たせいたしました。こちらトマトソースパスタとオークカツ、それからソースですね。ごゆっくりお召し上がりください」
「クリス様、美味しそうですね。早く食べましょう」

 クリスの従者の青年が目を輝かせて人懐っこい笑顔でトマトソースパスタを頬張る。
 クリスもオークカツをソースに付け口に入れ数回咀嚼そしゃくして目を見開いた。

「ああ。確かに美味しい。このソースもよく合っている。中央街のより美味しいのではないかと思う」
(気が合うね。私も家のオークカツが一番だと思ってるから)

 料理へのお褒めの言葉はありがたい。
 残っていたランチのお客さんが帰り、食堂はクリスたちだけとなった。空になったクリスたちの皿を下げながら食事の感想を尋ねる。

「とても美味しかったよ。それでなんだが……」

 クリスが何か言い掛けて止める。なんだろう? 従者に大丈夫だと宥められながら再びクリスの口が開く。

「あの、こちらにマリッサという方がいると聞いたのだが……」
「はい。この宿の女将さんですよ」
「そうなのか……今日は、店にいるのだろうか?」

 やはりマリッサに会いに来たのか。クリスはマリッサの甥だとは知っているが、建前の質問をする。

「女将さんとはお知り合いですか?」
「えっと、昔お世話になったというか……あの、会う事は可能だろうか?」
「本人に聞いてきますね。少々お待ちください」

 今、マリッサは四階にいるから、とりあえずジョーだな。

「お父さん、あそこのお客さんがお母さんに会いたいって言ってるよ」
「どこだ? あれは……そうか、分かった。マリッサを呼んでくるから待っていてもらってくれ」

 ジョーに呼ばれ、下りてきたマリッサの姿が見えるとクリスは泣き出しそうな顔をした。いや、すでに泣いてるな。

「マリッサ母さん。お久しぶりです」


「まあまあ。クリス、こんなに大きくなっても相変わらず泣き虫なのね。ふふ。でも母さんじゃなくてマリッサ叔母さんよ」

 泣きながらクリスがマリッサの手を取り、頭を振る。

「いいえ、マリッサ母さんです」

 マリッサは少し困った顔でクリスの頭を撫でる。

「マリッサ母さんがどこに行ったのか誰も教えてくれず、何年も会えず寂しかった」
「……そうだったのね。私もごめんなさいね。急に別れてから何年も会えなくて。でもね、ちゃんとマリッサ叔母さんって呼んでね。ここに来ている事は兄さんには伝えているの?」

 マリスの話になるとクリスは少しムスッとした。

「マリッサ母さんのせいじゃない。それにあの人からここの場所を聞き出したから、行く事は知っていると思う」

 ちゃんと両親と仲良くしているのかという質問を否定するかのように、クリスはマリッサから視線を逸らした。

「相変わらず頑固な子ね。でも、本当に成長したわね。会いに来てくれて嬉しいわ」
「マリッサ母さんは相変わらずお綺麗ですね」
「もう、お世辞まで言えるようになったのね」

 クリス、頑固な性格もマリッサを気遣うところも本当に爺さんに似ているな。道理で爺さんとクリスは互いが気に食わないんだ。結局は似た者同士なんだよね。
 二人は少し立ち話をしたが、やがてリンゴのデザートの話になると、クリスたちにタルトタタンを出してもいいかマリッサが私に尋ねた。

「もちろん。準備するよ。お茶も用意するからゆっくり座って話をするといいよ」

 ジョーにタルトタタンを切って貰い、お客様用の紅茶を準備する。ジョーは心配そうにクリスの話がなんだったか尋ねてきたが、会いに来ただけみたいだと答えると安心した表情を見せた。

「そんなに心配しないといけない事なの?」
「そんな事はない。俺もあとでクリスに挨拶あいさつするよ」

 タルトタタンと紅茶の載ったトレーを運び三人の座る席に向かう。

「リンゴのタルトです」
「これは珍しい形だ。包まれてないパイは初めて見る物です」

 クリスが商人の顔をしてまじまじとタルトタタンを観察する横で、マリッサが私の紹介をする。

「この子は私の娘のミリーよ。この子が森で採ってきたリンゴをジョーが焼いたのよ」
「この子が例の……初めまして。クリス・ローズレッタです。こちらは従者のニコラスです」

 例の……と言い掛けた次の言葉が気にはなったけど、挨拶あいさつを返す。

「初めまして。ミリアナ・スパークです。お母さん、せっかくだからジークも紹介する?」
「そうね。そうしましょう」

 家族を紹介するのならジークを仲間はずれにはできない。四階にいるジークを迎えに行く。
 ジークは最近ではなかなか重たくなってきたので風魔法で抱え階段を下りる。テーブルではマリッサとクリスが楽しそうに談笑をしている。今の、穏やかな笑顔のクリスがあのギルドで騒いでたお猿さんと同一人物とはとても思えない。
 爺さんやご両親との不和は簡単には解決されそうもない問題のようだし、マリッサとジョーとその両親も然り……人間関係は複雑だ。

「ミリー、戻ってきたわね。クリス、この子が息子のジークよ。もうすぐ九か月なの」
「あうあううー」
「ジークの従兄弟のクリスですよー。ミリーも座ってお話をしたらどうかしら?」

 数年ぶりに再会した二人にはもっと積もる話もあるだろうからと、同席を遠慮する。

「私はまだ片付けとかあるから厨房に戻るよ。ジークのお気に入りの積み木だけ渡しておくね」
「そう? 分かったわ」

 マリッサとクリスはその後も、会えなかった日々を埋めるかのように話し込んだ。途中、ジョーも挨拶あいさつに向かった。ジョーとクリスは互いに顔見知りらしく、普通に会話しているように見えたが、時折見せるクリスのマリッサへの表情は本当に爺さんと瓜二つだった。ジョーへのツン度まで爺さんと一緒じゃなければいいけれど。 
 クリスたちの帰る時間になり、全員で二人を見送る事になった。

「マリッサ母さん。また会いに来てもいいでしょうか?」
「ちゃんと許可を取ってからだったらいつでもいらっしゃい」
「……はい。分かりました」

 クリスと従者が店を出た後もしばらくマリッサは入り口を見つめていた。
 ジョーは、ボソッと「本当に似てきたな」と独り言を漏らしながら厨房へと向かった。
 誰に似たかとは言わなかったが、私もジョーと同意見だ。


  ◆


 十の月になった。外は秋晴れで天気のいい日が続いている。こういう日はネイトが庭や屋上にシーツをよく干している。
 そうそう、猫亭には広くはないが屋上がある。けれど、屋上には柵がないので子供の立ち入りは禁止されている。柵がないって……いざとなれば魔法で飛べるけど、普通に怖い。
 ネイトは、干場が庭だけで足りない時には屋上も使うらしい。屋上から入る事のできる屋根裏部屋があると聞いたのでいつか探索する予定。
 今月からマルクに計算を教えているが、これが考えていたより難しかった。自分には当たり前な事を他人に一から教えるのがこんなに難しいとは……とりあえず、今はマルクには数字を覚えてもらっている。計算の概念を理解したらドリルでも作るかな。

「ミリー、ランチが終わったらまた商業ギルドに行くぞ」
「なんだか日課みたいになってきてるね」

 最近はレシピ登録のために頻繁に商業ギルドを訪れている。

「登録したいレシピが多いしな。仕方ない事だが、一つ一つ審査されるから登録に時間が掛かるんだよな」
「今日は、ジークもつれて行っちゃダメ?」
「そうだなぁ。離乳食になったが、どうだろうな。二、三時間ならいいがそれ以上になるかもしれないからな。もうちょっと大きくなってからがいいだろ」
「そうだよね。分かった」

 爺さんに早くジークを披露したいという姉バカが出てしまった。ジョーの言っている事が正論だ。まだ、ジークに長時間の外出は無理だ。
 準備をして商業ギルドに向かう。
 商業ギルドに到着すると、ジョーはレシピ登録へ、私はいつもの爺さんの執務室に通される。

「きおったか」
「呼ばれて登場! ミリーちゃんです」
「遂におかしくなったか」
「……失礼な」

 爺さんがフッと笑いながら黒い箱を棚から出す。

「今日はクッキーではない別の物がある。それでも食って大人しくしておけ」

 箱を開けると四角型の白と茶色の菓子が出てくる。

(こ、これはヌガーか!)

 白と茶色のヌガーを両方取り一口ずつ食べる。
 白は胡桃、それからドライフルーツ。茶色はアーモンドが散りばめられ蜂蜜で固められている。もう一口ずつ食べる。ああ、至福。

「リー……ミ……おい! ミリー!」

 突然爺さんの顔がアップで目の前に出てくる。

「はっ! なんですか?」
「いや、お主が十数分同じ体勢のまま固まっておったからな」
「そ、そうでしたか。あまりの美味しさに魂が抜けそうになりました。これほどの砂糖と蜂蜜……凄いお値段がついているんじゃないでしょうか?」

 爺さんが口角をきゅっと上げ尋ねる。

「知りたいか?」
「い、いいえ。美味しく食べたいです」
「うむ。マリッサやジークの分まで食うでないぞ」

 これだけあればちゃんと……いや、この美味しさ、はたして残せるのだろうか?

「お母さんはいいですけど、ジークはまだ離乳食を少し前に始めたばかりですし、蜂蜜は赤ちゃんには害なのでダメです。ジークが大きくなったら一緒にギルド長にお強請ねだりにでも来ます」
「蜂蜜がか? お主の登録レシピにもそう書いておったな。そんな話、誰に聞いたんだ?」

 この国では蜂蜜はまだまだ高価な物だ。それだけに乳児ボツリヌス症にかかった事例がないのか少ないのだろうか? それとも白魔法で治療できるのだろうか? どちらであろうと私のレシピで乳児を危険にさらすつもりはない。

「えーと。誰だったか覚えていないです。ヌガーの残りは包んでお母さんにあげますね。ギルド長ありがとうございます」

 さっさとマリッサの話題にすり替える。これ以上、爺さんに蜂蜜の事を聞かれても答えられない。

「マリッサも甘い物が好きだからの」

 だらしなくデレッと笑った爺さんの顔がクリスと重なる。やっぱり似てる。

「それで、忍者さ――見張りの方から私の伝言は届きましたか?」
「うむ。受け取った。だが、私から会いに行くと色々面倒が起こるかもしれん。しかし、お主は本当になんなのだ。あれの隠密状態に気付いた者などほとんどいないぞ」
「気づいたわけではないですよ。予想をしただけです。それにしても、いつもあのストーカーを猫亭に付けているのですか?」
「すとーかー? 見張りの事か? いや、いつもではない。たまにだ」

 何をドヤ顔して言ってんだ、この爺さんは。でも、たまにならこの前のクリス来訪の時は張り込んでいなかったのかな? 爺さんもその事については聞いてこないし。
 爺さんの執務机に山盛りの書類の数枚がはらりと床へと落ちる。今日は書類が一段と高い。

「今日は、いつもよりお仕事が忙しいのですね」
「ああ。十の月は祭りがあるからな。中央街は特に盛り上がるのだが、その出店許可証やらなんやらで今は書類が多くてかなわん」
「お祭りですか?」

 この国にも出店をやるお祭りがあるの? 東区でも祭りはあるが何故かジョーに行く事を禁止されている。解せぬ。

「ああ。そういえばお主とは去年の今頃はまだ知り合いではなかったの。他の区でも祭りはあるだろう?」
「東区の噴水辺りでこの時期祭りがあるって話は聞きましたけど……お父さんには子供が行くのは禁止だと言われたので」

 爺さんが咳をするように笑って言う。

「ジョーの奴も過保護だな。まぁ、祭りは王都以外からも人が集まって変なのが紛れ込んでおるかもしれんからの。それに平民の祭りはお見合いも兼ねておる」

 ああ。道理でジョーが「ミリーは祭りに一生行かなくていいからな」なんて言ったんだね。
 爺さんが説明するには中央街の祭りは商店の祭りで、たくさんの露店や屋台が並び、国内外から商人が訪れるという。

「なんだ? 参加したいのか?」
「屋台ですか?」
「いや、祭りを案内してやろうと思ったのだが……出店も悪くないな。レシピもたくさんあるのだ。これを機にペーパーダミー商会を少し売り出したらどうだ?」

 ん? あ、そうだった。適当につけたから忘れそうになってたが、レシピを登録してる私の商会の名はペーパーダミーだった。

「お父さんのレシピですから、お父さんに聞いてください」
「数々のレシピにはお主が絡んでおるだろう? ジョーは料理上手じゃが……今までそんなそぶりは全くなかった。あんなおかしなほどの量のレシピが突然出るはずない。あそこで異質なものといえばお主だけだ」
(異質って……)
「ペーパーダミー商会と私たちの関わりがバレそうな事はしたくないです。商会を別に作った意味がなくなるじゃないですか」

 爺さんに軽く抗議すると人を雇えばいいだろとすぐに論される。そんなお金……あ、お金はあるのか。んー。でもやっぱり私一人では判断できない。爺さんにはジョーが会頭なのでそちらに聞いてくれと返事をしたが、耳を疑うような事実を告げられる。

「ふっ。ジョーは会頭ではないぞ」
「え?」
「会頭はお主だ。ジョーもすでに了承しておるぞ」

 本日二回目の爺さんのドヤ顔が披露される。私が会頭って……え?

「本人は一切聞いていないですけど」
「言っておらんかったからの」

 楽しそうに、してやったりと笑う爺さんは実に大人気ない。ジョーもジョーだ。二人ともどういうつもりなのだろうか?

「……そうですか。五歳児でも会頭として登録する事が可能だったのですね」
「ジョーは、お主の将来のためだと言っておったぞ。私もどうせお主がレシピを考案しとるんじゃろうと踏んでおったからな。反対はせんかったよ。他の商会でもそうやって暖簾のれん分けする時があるからの。会頭に年齢制限もない」

 どうやら現在ペーパーダミー商会では、私が会頭でジョーは従業員として登録されているようだ。あれ? それならジョーは商会の口座からお金を引き出せないはずだ。

「お父さんは新品トイレの費用をどうやって出したのですか?」
「商会からの金は引き出していないはずだ。ジョーたちが自費で払ったのじゃろ。して、どうするのだ? 祭りには参加するのか?」

 くぅぅ。ジョーめ。ブラック食堂の満腹亭から賠償金の金貨二枚はもらったけれど、改装にかかった費用は金貨七枚だった。その内、新品トイレの費用は金貨四枚にものぼる。
 ジョーたちが金貨五枚自腹を切ったって事か。私が新品トイレを欲しがったから。それなら中古でも良かっ……嫌だ。ダメ。そんなの考えただけで寒気がする。

「今、商会にはどれくらいお金が貯まっているのですか?」

 爺さんが隣の部屋にいたミカエルさんに商会の残金を調べるよう指示を出す。

「それでしたら、本日報告のため確認しました。金貨二十枚、小金貨三枚、銀貨五枚に銅貨五枚がペーパーダミー商会の残高でございます」
「は? えーと? 金貨二十枚と聞こえました」
「はい、そうです」

 ミカエルさんが再び残高を繰り返す中、頭の中で前世の金額に換算する。
 ――二千万? 
 いつの間にそんなに大金になっているんだ? 前に聞いた時は金貨三枚とか言ってなかった? 
 困惑した表情で考え込む私にミカエルさんが丁寧に説明を添えてくれる。

「ケチャップですね。あれを登録した後、売買数が一気に増えました。ペーパーダミー商会は何も広告を出していないのにこの売れ行きは凄いです。オークカツの契約をした中央街のお店が続けてケチャップも契約。そのお店がどうやら広告塔になっているみたいですね。今月もケチャップはバンバン売れてますよ。オークカツも連動するように売れています」

 ケチャップは小金貨一枚、銀貨五枚でレシピを販売している。蜂蜜の使用で材料費が高い分、裕福な人にパラパラと売れればいいかと安易に考えての高額設定だったが……既に五十回以上売れているらしい。もちろん蜂蜜を乳児に与えないという注意書きはきちんとしてもらっている。
 この国のレシピというのは各家秘伝で、他の者に見返りなく伝授する事はない。欲しいなら買えというスタンスらしい。なんでそんな事になっているのだろう? 分からないけれど、道理で食材が豊富なのに出回っている食事の種類が少ないわけだ。

「して、出店の件はどうする?」

 爺さんが髭を触りながら尋ねる。

「もう宣伝とかしなくていいんじゃないんですかね? 普通に売れているみたいですから」
「何を言っている。売り込める時に売らないなど商人ではないぞ!」

 鼻息荒く爺さんに説教されるが……私、商人じゃないし。

(あれ? 商会の会頭だから……一応商人になるのか?)

 猫亭のレシピを守るためでもあった登録だけど、小銭稼ぎで良かったのに意図せず事が大きくなってる気がする。爺さんとミカエルさんは二人とも商人だからか? こちらをギラギラとした目で見ながら無言の圧力をかけてくる。

「わ、分かりました。お父さんにも相談してから最終的にどうするか決めますけどね」
「そうかそうか」

 爺さんとミカエルさんが嬉しそうに頷く。なんだか二人の思惑通りに進んでいる気がするけど、祭り自体は楽しみである。

「祭りはいつ開催されるのですか?」
「祭りは三週間後だ。登録は私が済ませておく。中央街に店舗を持たぬ商会は基本露店か屋台だ。商業ギルドで屋台の貸し出しもしておる。既に登録しておるレシピから一、二品、加えてまだ公開していない物を一品くらい出したらいいだろう。ただ、問題は屋台の料理人だな。あと三週間しかないからの」

 爺さんはきっと一から料理をさせる事を想定しているのだろう。

「それなら大丈夫です。先に作り置きできる物を猫亭でお父さんと準備して、屋台では仕上げるだけで済むようにします。屋台での調理係と売り子は雇います」
「うむ。それなら間に合うな。それから商会の独自のロゴマークを決めたほうが良いぞ。どこの商会から買ったか分かるようにな。お主だけでは不安だな。ミカエルを付ける。頼んだぞ、ミカエル」
かしこまりました。ミリー様、絶対に成功させましょう!」

 ミカエルさんが振り向き、やる気に満ちた表情で私の手を取り微笑む。

「はい。ガンバリマス」
「くく。まぁ、ペーパーダミー商会のお披露目と思えばいいだろう」

 爺さんもミカエルさんも何故か私より楽しみにしている感じがするのだけれど。

「あ、そうでした!」

 爺さんに相談したい事があったのを思い出す。

「なんだ? 急に大声を出しおって」
「えーと、肖像画で小金貨五枚頂いたのはいいのですが、使えなくて困っています。使えば、お父さんたちにお金の出どころを聞かれるので……」

 爺さんとミカエルさんが互いに視線を交わす。二人にもこの事は盲点だったようだ。

「それは、見逃していたな。ふむ、何か買いたい物があるのか?」


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