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本編
Side:月光 1
しおりを挟む月光……自分にこの名前をつけたのはエンリケの父親、今は亡き先々代のローズレッタ会頭は砂の国でたまたま見つけた魔力の高い珍しい種族の混血の孤児だった私に目を付け、自身の息子、エンリケの従者もとい影として充てがった。
表に出ることのない夜の光。由来はどうあれ、この名前は気に入っている。
先々代は心底貪欲な人間であったが、エンリケは冷たい態度とは裏腹に尊敬できる人であった。いつの間にか信頼……いや、家族愛が生まれ、私はエンリケに人としてほれ込んでいた。この先、エンリケが死ぬときまで仕えることはすでに決めている。
「クリスの奴め、私をまた老いぼれジジィと罵りおって……年は取るものでははないな」
「まだ衰えていませんよ」
「お前は、ここ四十年衰え知らずだな」
エンリケの前だけでは素顔を晒す私に毎回言う嫌味、もとい誉め言葉だ。
「ゆっくりとですが、確実に私も年は取っております」
種族の血のおかげで外見は年齢に比べれば若いが、年を取っていないわけではない。衰えはしっかりと感じている。
「互いに爺さんになって丸くなったのかの」
「会頭……エンリケ様は昔から優しいままのお方ですよ」
「世辞を言うても得なんぞ、ないぞ」
「本当のことでございますから」
「今日のお前は気味が悪い。それより、先ほどの件、ミリアナの警護をよろしく頼んだぞ。あやつ自身も含め変な事をせんようしっかりと見張れ」
エンリケが照れながら言う。隠しているが視線を逸らし、背を向けるときは大抵照れているのだということは知っている。
「畏まりました」
さて、嬢ちゃんの警護に徹するとするか。
◇◆◇
ミカエルが嬢ちゃんを猫亭まで迎えに行っている間、菓子店リサの周辺を張っていたゴミの片付けをする。
菓子店リサにはオープン当初から他商会が探りを入れようと客として紛れたり、従業員を引き抜こうとしたりする行為はあったが……それはどこの商会でもある些細な問題だ。探りも引き抜きも菓子店リサの従業員には通用していない。契約魔法が結ばれているだけではなく、あれほどの好条件の就職先を離脱したい阿呆をミカエルが雇うはずもない。
老女の変装で菓子店リサを張っていた二人組の男を拘束、尋問する。
「坊たちはどこのだれに雇われたのかのぉ」
「老いぼれババァ、離しやがれ」
どうせ、こいつらは雇われているだけだろうが……最近の若者は老いぼれジジィやババァしか罵り方を知らないのか? ヤレヤレ――
(底辺の素人のような見張り、少々痛めつければ吐くだろう)
二人組を風魔法でゆっくり宙に上げ、もう一度同じ質問をする。
「くそっ、ババアの癖に! なんなんだよ、この魔法は!」
「離せ! ババァ!」
ある程度の魔法使いなのには驚いたようだが、口はまだ達者のようで罵りをやめない二人組をくるくると風魔法を使い回し始める。
「お楽しみはこれからじゃよ」
回る二人を見ながら嬢ちゃんの考えた洗濯機を思い出す。
(こいつらもしっかり洗うことが出来ればいいものを)
「ババァ! やめろ!」
少し回転させただけなのに片方は気絶したようだがもう片方は威勢がいい。
「あたしゃ『ババァ』じゃから耳が遠いでのぉ。なんと申した?」
「だから、やめろって!」
「聞こえんのぉ」
回転の速度を上げると、観念したのか体調悪そうに許しを請いはじめた男。
「ババァの知りたいことなんでも言う! だから回すのをやめてくれ!」
「あたしゃの名前はババァじゃないよ。プリティープレシャスじゃよ」
「ふざけ――」
「ずっと回し続けてもいいんだがの」
男が、宙に浮かびながらガクッと甲を垂れ、諦めたかのようにお願いする。
「プリティープレシャス……様、なんでも話しますから、許してください」
「よろしい」
男は洗いざらい話すが、やはりただのランダムな雇われのようだ。
「本当に何も知らねぇんだ。飲み屋でフードを被った野郎に先払いでいい仕事があるって言われただけで――」
雇い主の素性はおろか、依頼内容も菓子店リサを見張りその様子を知らせろというものだけだった。男たちに次回の集合場所を聞き出し、相手の依頼金の倍を渡す。
「口止め料じゃよ。約束通りその日時に指定場所まで依頼主に報告に行きな。誰かに何か言おうものなら――」
「分かった、分かったから。ババ……あんたの言うとおりにする」
ジッと見下ろすと男が苦い顔で名前を訂正する。
「……プリティープレシャス様の言うとおりにする」
「よろしい。それじゃ、早く帰んな」
二人組は急いで走り出すと、すぐにどこかへと消えた。
大変遅らせながら、2023年明けましておめでとうございます。
年始から作業に没頭しておりましたら、いつの間にか1月も前半が終わっていました。
みな様にとって今年が良い年であるよう祈っております。
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