転生したら捨てられたが、拾われて楽しく生きています。

トロ猫

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1巻

1-1

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   プロローグ とミリアナ 


 人生とは不思議だ。何が起こるか分からない――


「ミリー、二〇六号室の掃除は終わった?」

 穏やかな表情で私に尋ねるのは養母のマリッサ。
 ミリーとは私の愛称だ。マリッサに大きな声で返事をする。

「終わったよ」
「ねぇね! ボクとあそぶの!」

 弟のジークは、仕事が終わった私と遊ぶのを毎日楽しみにしているわんぱくな男の子だ。

「これを洗濯したらね。それまでいい子にしてて、ジーク」
「ミリー、今日の夕食は楽しみにしておけよ」
「お父さん、もうお腹の虫が鳴いてるよ」

 こちらは養父のジョーだ。豪快に笑いながら厨房に戻っていく。
 私がこの世界に転生してもう八年になる。ここは、地球ではない場所。最初は、タイムスリップしたのかと思ったけど……この世界には魔法があった。
 私の養父母であるジョーとマリッサの夫婦は、ダイトリア王国の王都ガイムで平民や冒険者向けの宿屋【かげねこてい】を営んでいる。
 二人ともいい人で、私は彼らに拾われなければ、死んでいたと思う。
 私の今世の親は、真冬に生後五か月の私を道に捨てたのだ。
 私の前世の名前は、てらざき。奇しくも養父母が付けた『ミリアナ』と似た名前だった。
 美里亜は、三十歳で事故にあって亡くなったのだが……どのような事故だったかは、よく覚えていない。
 前世の私は、普通の会社員だった。両親がいて姉がいたが、働き始めてからは何年も家族に会っていなかった。今では、前世の家族の顔もおぼろげだ。仲が悪かったわけではない。前世の寺崎美里亜は幸せであったと思う。
 養父母には、私が五歳の時に生まれた実子のジークがいる。実子が生まれても養父母は以前と同じように接してくれ、弟と分け隔てなく育ててくれている。
 木陰の猫亭では、五歳の時から働いている。日本だったら児相案件だろうが、この世界では当たり前のことだ。平民の子供は、五歳から家業を手伝う。自営業ではない家庭の子は、八歳頃から見習いを始める。ほとんどの子供が親と同じ職業に就く。
 今の家族は好きだが、日本での記憶がある私には、この世界は正直生きづらい。特に衛生面。あと、庶民の甘味はたまに手に入るフルーツくらいしかない。いや、砂糖が存在するにはするんだけど……庶民が簡単に買える値段じゃない。貴族や裕福な人なら余裕で買えるだろうけど。あぁ、コンビニスイーツが懐かしい。
 魔法は貴族、平民関係なく使うことができるが、平民は魔力が少ない者が多い。
 種類は、大きく生活魔法と属性魔法に分けられる。
 平民が主に使用するのは生活魔法で、照明に使われる【ライト】、コンロなどに火をつける【ファイア】、身体を綺麗にする【クリーン】が一般的だ。
 属性魔法は、四大元素の【水】【火】【風】【土】が基本だが、それに加え【白】や【黒】の魔法がある。他にも、国や地域により特別に存在する、地域型の属性魔法もある。
 基本的に属性魔法の適性は一人につき一属性が多い。魔力量により個々の威力が異なり、強い魔力の持ち主には貴族が多い。
 不思議なのは、クリーンがあるのに衛生面がやばいこと。手を洗わないとかいうレベルではない。とにかく、汚れが酷いのだ。クリーンがあるのになんでみんな使わないの!
 私は転生特典か何か知らないけど、属性魔法も多種類使え魔力も多く増やすことができた。
 魔力は、五歳になれば教会で測ってもらえるのだが、私はその検査を受ける前にワザと大量の魔力を使い、魔力の少ない状態で検査を受けた。結果、魔力量弱の最低ラインとの判定を受けることができた。
 そんなことをしたのは、魔力量が多いと貴族や権力者に狙われると聞いたからだ。力のない平民の子供は、魔力量のせいで貴族に目をつけられると人生の選択肢がほぼなくなる。貴族の養子になるか、学費の援助を受けながら貴族の下で働くことになる。私は飼い殺しなんて絶対嫌だし、家族とも離れたくなかった。
 貴族の第一印象は最悪だった。王都の中心区に買い出しに行った時、なんとか男爵という、体重過多で自分で歩けるかどうかも怪しい人物が、何を気に入らないのか従者を杖で叩いてたのを見た。両親にも貴族には関わるなと口酸っぱくお願いされている。

「ミリー、ジークの相手をありがとう。そろそろ、昼を食べなさい。あと……髪をまた染めないとね。生え際が伸びているわね」

 養母のマリッサが私の髪を撫でながら言う。私の地毛の色はストロベリーブロンドだ。ブロンド系は王族や上級貴族に多いと言われている。平民は茶や赤茶、黒の髪色が多い。一歳まで殆ど髪の毛が生えていなかったので、私を捨てた親も私の髪色のことは知らないだろう。知っていたら、捨てずに利用されていたと思う。
 小さい頃は、権力者や良からぬ輩に攫われないように布帽子で髪を隠す対策ができていたが、今は赤茶色に髪の毛を染めている。

「お母さん、今日の夕食は何かな?」
「ジョーが、あなたの好きなオークカツを揚げていたわよ」
「わーい! やったね!」

 こうして穏やかな日々は流れている。……最近は色々と忙しいけど。



   異世界に生まれた


 苦しい……息ができない……窮屈。
 安心できる空間から引きずり出される感覚。息をする感覚。寒い。怖い。ペチンとお尻を叩かれる。怖い。

「おんぎゃー おんぎゃー」

 赤ちゃんの声? どこから聞こえるんだろう? 凄く近くで泣いている気がする。

「姫さま。おめでとうございます。可愛いお姫様ですよ」
「私の子、生まれて来てくれてありがとう。早く名付けをしてあげないと。あの人に付けてもらいましょうね」

 穏やかで安心する誰かの声が聞こえる。目はうまく見えないけど、眩しい。額を撫でられキスをされてる? とても心地よい感覚だ……優しい匂いの中ゆっくりとまぶたを閉じる。

「おんぎゃー おんぎゃー」

 あれ? 意識を失ってた? また赤ちゃんの声がする。
 ……どこから? 瞼が重い。目を開くと人の影が見えるが、顔は見えない。意識をきちんと保てない。

「ひーさま……ば…む……」

 何を言っているの? 触れられたごつごつした手が痛い。
 外にいるの? ここはどこ? 
 揺れる感覚でまた瞼が重くなる。

「小さなひーさま。お許しを」


      ◆


 多分、赤ん坊に転生してから二か月ほど経ったと思う。まだ首が完全に据わってないが、それでも大分安定してきた。白黒にしか見えなかった最初の一、二週間は凄く不安だったが、視界はまだぼんやりしているものの、色は鮮明に見えるようになった。
 今、私に乳を与えているのは母親ではなく乳母だ。どうやら私は、商家の家に転生したようだ。
 話し方や服装から現代ではない気がする。言葉が理解できるとは驚きだが、何を言っているか分からず戸惑うよりもマシだ。
 残念ながら、今世の両親からの愛情は期待できないようだ。母親は、たまに顔を見せては文句ばかり言う。
 父親は、生まれてから数回顔を見に来たかな? たった数回だが似てないやら成長が遅いやら……失礼なことしか言わない。まだ二か月だし。


 三か月が経った。首も据わり、目もある程度見えてきた。自分の手をグーパーグーパー動かすこともできるようになった。楽しい。

「マリア、お前! この子供は、ワシの子ではなかろう? どこも似てない。お前は、愛人の子をワシに押し付けようとしているのか⁉」
「あなた、何を血迷っているんですか……この子は私が産んだあなたの子ですよ」

 母親のマリアの言い分に納得いかない父親は、ドアを強く叩きつけるように閉め退室する。
 この夫婦の不毛な争いは続いている。二人は、この部屋で過ごすたびに喧嘩を始める。乳母のメアリーに抱っこされながら、この二人の喧嘩を眺めるのが日常になりつつある。
 眠い。そろそろ、お昼寝の時間かな。メアリーが、ウトウトしている私を母親の元へ連れて行く。

「奥様、お嬢様のお昼寝の時間になりました。最近、よく動かれていますので、すぐ眠くなるようです」
「髪も生えない子供など気持ち悪いわ。やめて、こっちへ持ってこないで」
「申し訳ありません。奥様」

 母親は次第に私を避けるようになり、上手くいかないことを全て私のせいにし始めた。私、ただの赤ちゃんなのに……

「ヘンリー、あなたもその子には近付かないで! きっと呪われた子よ。泣いたのも初めだけで、後はそんな素振りもない。この子のせいで夫には不貞を疑われて……踏んだり蹴ったりよ」
「お母さま……」

 ヘンリーと呼ばれた子供は私の兄なのだろうか? 五歳くらいの母親譲りの鼻筋の整った顔だ。ヘンリーを凝視すると、優しい微笑みを返される。あの二人の子とは思えない優しい兄だ。
 五か月が過ぎた。実はそれまでタイムスリップしたのかと思っていたが、目がはっきりと見えるようになって分かった。ここは異世界だ。絶対、そうだ。だって乳母のメアリーの手から水が出るのだ。それに私のお尻も『クリーン』と唱えるだけで、不快感が大分なくなる。
 異世界転生……そんなこと、本当にあるんだね。
 私も魔法が使えるのか? 人差し指を上げ唱える。

「アウアウ」

 そうだった。まだ言葉が発せないのだった。魔法は諦めて練習していた寝返りでも頑張ろう。
 ヨイショヨイショと……おおおおお! 寝返りができた! 
 ここ数日、踏ん張っていたからね。達成感と爽快感で機嫌はマックスにいい。ゴローンゴローンとベッドで転がりながら寝返りを楽しむ。   
 頭上に影が見えたので顔を上げる。ヒィ。父親の顔がいきなりアップで現れる。

「まだ毛が生えないのか? 女なのに髪が全くないとは……とんだハズレだ。もらい手も買い手もいない娘なんぞいらんわ。お前もいつまで部屋に閉じこもっておるつもりだ。出てこい!」

 ドンドンと続き部屋を叩く父親。母親は一か月前から部屋から一切出なくなっていた。
 多分、産後鬱。最後に見た時も表情が虚ろで、『お前さえいなければ』とか私に恨み言を吐いていたしね。
 赤ちゃんで元凶の私には何もできない。正直、メンタルをやられている母親の側は危険だしストレスが溜まるので、暫く彼女と接しないこの現状も悪くないかなと思い始めている。


 その晩、みんなが寝静まった頃。上から何かで押さえ付けられ、苦しくて目が覚める。
 シーツ? 枕? 息ができない、苦しい。

「グッグエーーーンギャーオンギャー!」
「あら。ちゃんと鳴けるじゃない。死にそうな動物みたいね」

 苦しさの犯人は母親だった。般若のように歪んだ怖い顔が目の前にある。

(怖い怖い怖い! 死にたくない)

 ガタッと扉の近くで床に物が落ちる音がする。

「お、奥様! 何をされているのですか⁉ おやめください。誰か! 誰か!」

 乳母のメアリーだ。滅多に泣かない私の大声に驚いて、部屋を確かめに来たのだろう。
 メアリーの叫び声を聞いた他の使用人が子供部屋に集まり始め、最後に父親が入ってきた。

「何事だ⁉」
「お、奥様が……お嬢様の顔を枕で押さえ付けてらして……」

 父親は舌打ちをしながら、使用人に命令する。

「マグワイア以外は各自の部屋に戻れ。ヘンリー、お前もだ。部屋に戻りなさい」

 母親は暴れるので、執事のマグワイアに押さえ付けられていた。拘束されてなお、母親は大声で叫んでいる。

「その子は呪われているんです‼ だから死なないといけないんです!」
「お前は、何を言っておるんだ……ついに頭がおかしくなったか? はぁ……まぁいい。早朝に医者を呼ぶ。マグワイア! マリアを頼む。今晩は、メイドと見張りをマリアの部屋に待機させろ」

 マグワイアが母親をなだめ、続き部屋に連れて行く。部屋に残ったのは、乳母のメアリーと父親だ。嫌な予感がする。私を抱っこするメアリーの服にしがみつく。メアリーは、ここでの私の唯一の味方だ。

「はぁ……困ったものだ。この子供が原因だろう? メアリー、この子供を教会に置いてこい。マリアが明日起きてこれがいたらまた騒ぐ」
「……しかし、旦那様」
「いいから早く行け。醜聞にならぬよう、ナーザス商会の者だと見つかるなよ。詳細は帰って来てから聞く」
「……はい」
(捨てて来いってことか)

 さっきは殺されかけた。次は、本当に殺されるかもしれない。
 でも……捨てられるのは悲しい。
 メアリーが出かける準備をして、私を厚手の毛布に包む。その目には涙が浮かんでいた。メアリーはこの家で一番私に優しく接してくれ、一番長く側にいた。彼女はまだ十七歳ほどの少女で、私と同じ歳の子供がいる。

「お嬢様、ごめんなさい」

 そうやって私は凍える夜に、教会の、人通りのない墓地の入り口に置いて行かれた。

(あー詰んだな)

 この時の私は知らなかったが、この帰り道でメアリーは馬車に轢かれ、亡くなってしまったらしい。メアリーは、近くの孤児院では身元が発覚するかもしれないと懸念し、私の家であるナーザス商会と関係性が薄い、遠い教会に私を置いていったのだという。


      ◆


 マリアの状態が落ち着いた三日後。マリアは、寝ていた子を窒息させようとしたことなど忘れたかのように執事のマグワイアにメアリーと我が子の居場所を尋ねていた。
 マグワイアは困惑した顔でマリアに尋ねる。

「奥様、三日前に何があったか覚えていらっしゃいますか?」
「三日前? 何かあったかしら?」
「……メアリーを捜してまいりますので、奥様は寝室でお待ちください。顔色がまだよろしくないようです」

 メイドにマリアを任せ、マグワイアが屋敷から出かける。ここ数日は暴れるメアリーの世話で主人のティモシーに子の居場所を聞いていなかったマグワイアは、乳母のメアリーが、ほとぼりが冷めるまで暫く実家に匿っていると勘違いしていた。メアリーの実家で彼女が亡くなった事実を知り、急ぎ主人に報告する。

「なんだと⁉ すぐに子を捜せ!」
「メアリーの家の者は、そのような子は見ていないと。事故現場にも赤子などいなかったと。他にどこへ連れて行ったのか……」
「……教会だ」
「教会ですか? 何故、そのような場所に?」
「ワシが、教会に置いて来いと指示した。数日いなくなれば問題が解決すると思った。あの子さえ……あぁ、ワシはなんてことを」

 マグワイアは、精神的に追い詰められていたのは主人も同じだったとこの時に初めて知った。
 メアリー死亡の事態を知ったティモシーは、近隣の孤児院をしらみつぶしに捜す。だが、どの孤児院もそのような赤ん坊はいないと首を振った。


      ◆


 置き去りにされて三、四十分くらい経っただろうか? 寒い。 
 ハイハイができる年齢だったら、ここからハイハイをして助けを呼ぶこともできたのに! 
 せめて誰かが私を拾うのを見てから去ってよ、メアリー。ダメだ……泣く。

「うえーーーーん。おぎゃああああ……グズッ」

 二度目の人生、生後五か月で死す。
 私はまだ、今世の自分の名前も知らない。
 家では『それ』『あの子』『お嬢様』としか呼ばれたことがなかったのだ。
 神め。もしいるのなら、もうすぐ会いに行くから待ってろよ。文句をいってやる。

「ジョー、この辺りから赤ん坊の声がしたのよ。本当よ」
「マリッサ、ここは墓地だぞ。それも夜に、赤ん坊なんかいないよ。帰るぞ」
「オンギャーオン……ギャ……」

 人の声がしたので、最後の力を振り絞り叫ぶ。体力の限界だ。意識が遠くなる。
 その時、誰かに抱き上げられた気がした。

「あの子が戻ってきたのよ」

 遠のく意識の中ではっきりと聞こえた女性の声。
 あの子? 全身に温かさを感じる。ついに召天するのだろうか? 神め……文句……


      ◆


 先ほどの冷たい地面とは違い温かい感覚に包まれる。空いていたお腹も満たされ始めている。

「チューチューチュー」

 ミルクがい……え? 誰?
 無意識に乳房に吸いついて母乳を飲んでいたが、これは誰のだろう? 上を見上げるが、メアリーじゃない。
 私を抱くその人は穏やかな笑顔でこちらを見つめている。隣には、若い男。
 この人たちは誰?

「よく飲むな。一時は、ぐったりして心配だったが……元気になったな。マリッサも大丈夫か?」
「ジョー、ありがとう。母乳がまだ出てよかった。よく飲んでるわね。目が覚めて、あなたたち誰って顔してる」
「四、五か月くらいか? あんな誰もいない場所に置いて行くなんて、何を考えてんだ」

 二人の話から分かったのは、この人たちはジョーとマリッサという夫婦で、一か月前にまだ幼い娘が突然死してしまったということだった。ひとのない夜中に娘の墓参りに来ていたところ、私を見つけ保護してくれたようだ。私と変わらない年齢の子供を失うのは悲しかっただろうな。

「私、この子を引き取りたいわ。あの子が戻ってきたような運命を感じるのよ」
「マリッサ……引き取るのは賛成だが、この子はあの子じゃないぞ」
「分かってるわ。でも……神が引き合わせてくれた気がするの。こんなに可愛い子を手放すなんてできないわ」

 神か……もし存在するなら、いの一番に文句のひとつでも伝えたい相手だ。正直、あそこで凍死していたら本気で神を恨んでたと思う。

「それにしても……見事にハゲてるな。髪は生えるのか?」

 地味に気にしてることを……そんなにハゲてるの? 
 自分では頭は見えない。ペチペチと頭を叩いてみる。

「あら……ジョーの言葉を理解したのかしら? そんなに頭を叩いてはダメよ。ここにちゃんと髪の毛はあるから……あら? これって金髪かしら?」
「確かに、下のほうには生えてるな。色は、産毛だからよく分からないな」
「そうね。名前はどうしましょう? 服にも何も書いてないわね。私たちで名付けしていいのかしら?」
「『ミリアナ』はどうだ?」
「いい名前ね。ミリアナ・スパーク……愛称は、ミリーかしら? ミリーちゃん、新しいママとパパでちゅよ」

 こうして私は無事にジョーとマリッサの養子のミリアナ・スパークになった。こちらの平民には戸籍制度はないらしく、貴族でない限り養子縁組などの手続きは不要なのだと随分後で聞いた。


 無事にスパーク夫妻に引き取られ八か月になった今、私はハイハイをしている。
 これで行動範囲が広がる。ミリアナ八か月、ほぼ寝たきり生活とはおさらばします。
 この頃、スパーク夫妻は王都東区にある宿屋を購入。リフォームして私が一歳になる頃には【木陰の猫亭】という宿をオープンした。
 スパーク夫妻は二人とも平民だが、マリッサは裕福な商人の娘。ジョーは、平民から叙爵したエードラーの息子だ。ジョーの父親は、魔道具開発の功績でエードラーの爵位を賜っている。エードラーは、準男爵に似た地位だが正式に貴族として扱われると聞いた。二人は結婚時に双方の親から当面の生活資金を祝いとして受け取っていた。
 ジョーが二十一歳でマリッサは二十歳。二人とも実年齢より年上に見える。この世界ではコネは使いまくるものらしいので、商人と貴族のコネがある二人はきちんとした不動産屋で騙されず木陰の猫亭を購入することができたようだ。

「ミリーちゃん、やっぱりあなたの髪の色は金髪なのね。それも純金より赤みのある色。目立つから帽子を被っていましょうね」
「おあーしゃん、ありあと」

 子供舌め。


      ◆


 木陰の猫亭は、オープンして一周年を迎えた。私も二歳になった。相変わらず、髪の毛の色問題で未だに帽子を被っての外出。宿屋のお客さんの前にはあまり出ないようにしている。
 宿屋は、それなりに繁盛しているようだ。ただ、経営は上手くいっているように見えるのに、従業員は未だジョーとマリッサの二人だけだった。
 家族の部屋は、宿屋の四階部分にある。私は、ほぼ一日中一人でそこにいる。暇でたまらないが、マリッサは私が金髪なのを懸念しているようだった。
 確かに、この辺で見た髪色は今のところ茶や赤茶や黒ばかりだ。マリッサの気持ちも分かるので、私は勝手に外に出ないようにしている。
 今日は、家の中の探索をする予定だ。私は二歳の今、どこでも移動可能なのだ。ずっと気になっていた魔法関係のものを探したい。魔法は、ライトとクリーンそれから乳母のメアリーが使っていた水魔法、あとは髪を乾かしてくれるマリッサの風魔法以外まだ見たことはない。話すことができるようになって私も使えるか何度か挑戦したのだが、上手くいかなかった。
 ガサガサガサ。
 棚の近くの袋を漁る。うーん。布しか入っていない。
 あ……またトイレの時間だ。子供の身体ヤバイ。自分でトイレに行けるからオムツこそ取れてはいるが、オシッコにすぐ行きたくなる。ちなみにここでの子供のトイレは基本的にオマルだ。最初は使うのに凄く抵抗があったけど、今では余裕だ。
 トイレも無事終わり、再び探索を開始しようと歩き出したら、マリッサが部屋に帰って来た。

「あら、何をしてるの? お昼の食事を持って来たわよ」
「たんしゃく!」
「探索かしら? 一体どこでそんな言葉を覚えたのかしら? 話を始めるのも早かったから、ミリーはきっと賢いのね」

 マリッサに頭をヨシヨシされる。褒められるのは嬉しい。……中身は三十代だけど。
 今日の昼食はパンとミルクシチュー。パンは硬いので、マリッサが細かく千切ってシチューに浸してくれる。

「ミリー、熱いからフーフーするのを待ってね」

 マリッサは疲れているのか、目の下にクマができている。

「おかあしゃん、おひるね」
「あら。お母さん眠そうかしら? 少し時間があるから横になろうかしら」

 私も寝室に連れていかれる。探索の途中なのに! まだ眠りたくない。マリッサが身体をトントンと撫で子守唄を歌い始める。あ……ヤバイ。
 ……グー。

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