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11話「リコルヌとは古代語で……のこと」

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『アリーゼは見かけによらずお転婆てんばだね』

目を開けるとそこはお空の上でした。

目の前には額から角を生やした白いお馬さん、私はそのお馬さんの背に乗っているようです。

「あの、助けてくれてありがとうございます、あのあなたは?」

本で読んだことがあります、額に角の生えた馬をユニコーンと呼ぶと。確かユニコーンは癒やしの力を持つ伝説の生き物で、聖獣とか精霊とか神と言われて崇められていたはず……。

なぜ私はそんなすごい生き物の背にまたがっているのでしょう??

『分からない? 悲しいなボクだよアリーゼ、リコルヌだよ』

「リコルヌ! あなたリコルヌなんですか?」

可愛がっていた仔猫が聖獣ユニコーンだったなんて、私の想像をはるかに超えた出来事に感情が追いつきません。

『【リコルヌ】は古代語で【ユニコーン】のこと、分かりやすい名前だったでしょ?』

「では最初に出会った日に【リコルヌ】と聞こえたのは幻聴ではなく……」

『ボクがアリーゼにテレパシーを送って教えたんだよ』

そういうことだったのですね。

そのとき眼下に広がる街の景色が目に入りました、高い……! 頭がクラクラします!

「あのリコルヌ様、そろそろ下ろしてほしいのですが」

『アリーゼは高いところだめだった? 残念、もう少し空のデートを楽しみたかったな』

デート? リコルヌ様は何をおっしゃっているのでしょう?

『じゃあ修道院に戻ろうか、しっかりつかまってて』

「はい」

ほんの少しの時間リコルヌ様の背に揺られました、怖いのでずっと目を閉じていました。

『もういいよ』と言われ目を開けると、そこは街の教会で一番高い鐘楼しょうろうの上でした。地上までの距離数十メートル、お空の上よりは低いところに来ましたが、ここはここで怖いです!

「リコルヌ様、ここは?」

『鐘つき堂の屋根だよ、ちょっとリコルヌと二人きりで話したいことがあったからここを選んだんだ。大丈夫だよ、アリーゼが落ちないように見てるし、アリーゼが落ちそうになったら助けるから』

話ってなんでしょう? 早く地面の上に下ろしてほしいです。

『この姿だと話しにくいな』

リコルヌ様の体が光り、目の前にモカブラウンの髪に翡翠色ひすいいろの瞳の、私と同じ年ぐらい(十六歳~十七歳)の見目麗しい少年が現れました。

「リコルヌ様……なのですか?」

「そうだよ、ユニコーンの姿では話にくいからね」

仔猫になったり、ユニコーンになったり、人型になったり、忙しい方です。

「この姿は嫌い? アリーゼと同じ年ぐらいの男の子の姿になって見たんだけど、もう少し年上の方が良かった? それともアリーゼは年下が好み?」

「いえ、今のお姿が良いと思います」

これ以上姿を変えられたら混乱してしまいます。

「よかった」

リコルヌ様はそう言ってハニカミました、リコルヌ様の笑顔が眩しすぎます!

「リコルヌ様って呼び方は堅苦しいな、それに猫のときと同じだと紛らわしいし、アリーゼ、ボクに猫のときとは別の名前をつけて」

リコルヌ様が私の手を取り顔を近づけてきました、距離が近いです! でも避けたくてもここは屋根の上、逃げることはできません。

「えっと……では、リル様……? というのはどうでしょうか?」

リコルヌ様だからリル様、なんと安直なネーミングなのでしょう。リコルヌ様に怒られるかもしれません。

ユニコーンは他国の言葉で、アインホルン、ウニコルノ、ウニコールニオ、モノケロース、イディナロークというので、【アイン】【ウニ】【イディナ】という名前の候補もありました、そちらの方が良かったかしら?

「リル、いい名前だね! 気に入った!」

私の予想に反して、リルという名前を気に入っていただけたようです。

「あと様付けは止めてほしいな」

「そう言うわけには……」

相手は聖獣、呼び捨てにはできません。

「ふーん、まいっか、呼び方のほうはそのうちで」

良かった、リル様の機嫌を損ねなかったようです。

「アリーゼ手をけがしてるね……はしごに登ったときに切ったのかも、ボクのせいでごめんね」

私の右手に小さな傷がありました。

「大丈夫です、このくらいかすり傷ですから」

「だめだよバイ菌が入ったら大変、ボクが治療してあげる」

「はっ……えっ?」

リル様が私の右手を握り自身の口元へ運んでいき、私の手をなめました。

「ひゃっ……!」

手を離してほしいのですが、強く握られているので無理でした。

それに手を離されたら屋根から落ちそうで怖くて、強く抵抗できませんでした。

「大丈夫、ほら治ったよ」

リル様が舌を離すと、傷口がきれいにふさがっていました。ユニコーンの回復魔法でしょうか?

「あ、ありがとうございます」

「これで契約成立だね」

リル様がニコリと笑います。

「えっ……? 契約??」

「名前を付けてもらって、その人の血を分けてもらったら契約が成立するんだよ、これでボクは君の専属聖獣になった、末永くよろしくねアリーゼ」

リル様が形のよい目を片方つぶり、綺麗にウィンクしました。

心臓がドキドキと音を鳴らしているのは、高所にいる恐怖からでしょうか……それとももっと別の何か?

「あ……はい、よろしくお願いします」

「アリーゼはボクの初めてをたくさん奪っていったから、責任をとってもらわないとね」

「初めて……? 奪った……? 責任……?」

リル様はなんのことをおっしゃっているのでしょう??

「覚えてない? 空腹で修道院の中庭に迷い込んだボクを笑顔でたらしこみ、美味しいサンドイッチでボクを餌付けし、雨が降ってきたからといって自室に連れ込み、ボクの体のあちこちをなで回し、唇を奪って、ベッドで添い寝させたあの日のことを」

「ふぁっ……! そっ、そんなはしたない言い方は止めてください!」

あれはリコルヌが仔猫だと思っていたからしたことで、まさかリコルヌの正体が聖獣だったとは夢にも思いませんでした!

しかも人間の姿になったリル様に、あの時のことを責められる日が来るとは……!

「アリーゼとは何度もベッドをともにしたし、バイス公爵からも同棲どうせいの許可をもらったし、これからもアリーゼと同室でいいよね?」

リル様が愛らしい顔に笑顔を浮かべ、コテンと首をかしげました、そういうしぐさは仔猫だったときのリコルヌのままです。

言い方……! それでは私がふしだらな女みたいじゃないですか! リル様は愛さらしい顔でなんて大胆なことをおっしゃるのでしょう。

「あの……でもそれは、同じ部屋で過ごしたときはリル様が猫の姿だったからで……」

「そっか、じゃあ寝るときだけ猫の姿になればいい? 修道院の人や子供に触られるのが嫌だからもう猫の姿にはなりたくないんだけど、アリーゼの前だったら猫の姿になってもいいよ」

果たして今の美少年のリル様の姿を見たあと、仔猫の姿をしたリル様と平常心で接することが出来るでしょうか?

「それとも小さな子供の姿になれば、アリーゼのベッドに入れてくれる?」

リル様はなぜこんなにも、一緒のベッドで寝ることにこだわるのでしょうか?

「それは……ですが婚姻前の男女が一緒のベッドで寝るのは……」

「そっか、そうだよね」

リル様は分かってくれたようです。

「それなら結婚すれば問題解決だね」

「はいっ……?」

「もっとも、ボクとアリーゼは結婚以上の誓いを交わしているんだけどね」

「えっ?」

リル様が妖艶な顔に笑みを浮かべ私の耳元に顔を近づけ、「知らなかった、聖獣にとって主との契約は結婚以上の意味を持つんだよ」そうささやきました。

「ふぇっ?」

「つまりアリーゼはボクと契約した時点でボクのお嫁さんも同然ってこと、だから一緒のベッドで寝てもいいよね?」

「それは……」

「真っ赤になって可愛い、ボクの体をもてあそんで惚れさせたのはアリーゼなんだから責任をとってもらわないとね」

リル様が無邪気な笑顔を浮かべます。

「大丈夫、ボクはどこかのアホな元王太子のように浮気心変わりしたりしないから」

リル様にまっすぐに見つめられ、私の心臓がドキドキと音を立てる。

「永遠にアリーゼだけを愛するよ」

リル様はそう言って私の手に口づけを落としました。


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