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42話「穏やかな日々」
しおりを挟む――一年後――
「ディアーナ様、シフォンケーキが焼けましたわ」
「ニコラ様良い焼き上がりですね。アリシア様もそう思うでしょう?」
「まあまあね、悪くないんじゃない」
王室主催のお茶会から一年が経ちました。
第二王子のコーエン様があれから何か言ってくることもなく、穏やかに時が流れていきます。
私は王室とは関係のないお茶会に参加し、ニコリ様とアリシア様というお友達を作ることに成功しました。
ニコリ様は子爵家の令嬢でおっとりした性格。お菓子作りがとてもお上手なので、今日も手ほどきを受けております。
アリシア様は侯爵家の令嬢で、水色の髪の美人。目元がきつくツンデレな性格が災いして誤解されがちですが、動物が好きなとても優しい方です。刺しゅうがとっても上手なので、時折教えてもらっています。
こんな穏やかな日々が過ごせるのも、第二王子の婚約者にならずにすんだから。
第二王子の婚約者になっていたら、今ごろは王室で厳しい王子妃教育を受けている最中。
体調を崩しても家に帰してもらえず、お茶会を開いてお友達を作るどころか、家族と過ごす時間も取れず、青春の全部を王子妃教育と王子の尻拭いに当てるところでした。想像しただけで背筋が寒くなります。
第二王子との婚約を回避できて本当に良かったです。
あの時助けて下さったフリード様と、コーエン王子を殴って下さった王太子殿下には感謝してもしきれません。
お茶会で第二王子と遭遇し「フリードとの婚約を破棄し、自分の婚約者になれ」と言われそうになったことをお父様とお母様にお伝えしたら、二人とも激怒しておりました。
特にお父様は「王族がそんな無茶な要求を突きつけてくるなら、家族と領民を連れてわしはこの国を出る!」と槍を片手にすごい剣幕で暴れ出しました。王室の悪口を言って槍を振るうお父様をなだめるのに苦労しました。
お茶会のとき王太子殿下がコーエン王子を殴らなかったらどうなっていたことか……考えただけで恐ろしいです。
王太子殿下は第二王子の教育係を引き受け、再教育を行っているとか。
王太子殿下の監視のもとコーエン王子は心を入れ替え真面目に勉学に励まれているそうです。第二王子が品行方正になるのも時間の問題と噂されております。
その第二王子のコーエン様なのですが、お茶会の数日後からカブを見ると酷く怯えるようになり、夜一人でトイレに行けなくなったとか。
コーエン王子はもうすぐ十四歳。お一人でトイレに行けないなんてそんなまさか、ねぇ?
王妃様は体調を崩され離宮で病気療養中。王妃様は全ての面会を拒絶し、国王陛下が離宮を訪れてもお会いにならないそうです。
夜な夜な離宮から「かみ~~! わたくしのかみが~~!」といううめき声が聞こえてくると風の噂に聞いたのですが……幽霊でも出るのでしょうか?
陛下はお茶会の数日後からカツラを愛用し始め、頭を動かすたびにカツラごと王冠がずり落ちるので、臣下の方々は笑いをこらえるのに必死だとか。
真人間になったコーエン王子が、学園でユリアさんと出会うのは二年後。私とは関係のないところで二人で幸せに暮らして欲しいです。
「ディアーナ様、生クリームはどんな感じですか?」
物思いにふけっていたら、手が止まっていました。ニコラ様に言われ慌てて泡立て器を動かします。
生クリームを泡立てる作業は地味なので、ついつい余計なことを考えてしまうのです。
「ニコラ様、ちょうどいい感じに泡立ちました」
「アリシア様、苺は準備できましたか?」
「二つに切ったけど、これでいいのかしら?」
「お二人とも素晴らしいです」
冷ましたシフォンケーキを切り分け、生クリームと苺とミントの葉を乗せ、シフォンケーキの完成!
場所を庭に移し、テーブルにお花を飾り、ケーキを置き、ティーカップを並べる。
そのときフリード様の声が聞こえた。
「ただいま! ディアーナ!」
「おかえりなさい! フリード様!」
ちょっとはしたないですが、走っていってフリード様に飛びつく。
「愛しているよ、ディアーナ!」
「私もです、フリード様!」
フリード様が私を抱きかかえくるくると回る。
「相変わらずラブラブだね、フリードとディアーナ嬢は。そう思わないかい? ライアン、ルーク」
「こう毎度毎度見せつけられるとちょっと……婚約者のいないオレたちへの当てつけですか? どう思うルーク?」
「まぁまぁいいではありませんかライアン様、仲良きことは美しきかなです」
そうでした今日は王太子のアーサー様と、側近のライアン様とルーク様をお招きしたのでした。
フリード様がお客様を連れて来られるので多めにケーキを焼いたのでした。フリード様が帰ってきた喜びで、いろんなことが脳みそから消え去りました。
ライアン様はザックス侯爵家のご令息で、背の高くがっしりとした体型のお方。武術に秀でているので将来は武官になりたいそうです。
ルーク様はルート伯爵家のご令息で、穏やかな笑顔を絶やさないお方。本の虫と言われるほど勉強が大好きで文官希望だとか。
「王太子殿下、ザックス様、ルート様、ようこそおいでくださいました。はしたないところをお見せしてしまいました」
フリード様のお友達の存在に気づかず、フリード様といちゃいちゃしてしまったことが、急に恥ずかしくなってきました。
「こんにちはディアーナ嬢、今日も元気だね」
王太子殿下が爽やかな笑顔で挨拶を返してくださった。
「慣れました、フォークト嬢」
「関係がなごやかで楽しげなのは良いことですよ」
ライアン様がやや呆れ気味に、ルーク様がニコニコと笑いながらおっしゃった。
それから七人で庭で小さなお茶会をすることになりました。
「ルーク様、紅茶のおかわりいかがですか?」
「ありがとう、ニコラ嬢」
「ライアン様、シフォンケーキが余っておりますの、よろしかったらもっと召し上がりませんこと?」
「いただくよ、アリシア嬢」
ニコラ様はルーク様をお慕いしていて、アリシア様はライアン様に好意を寄せているようです。
ニコラ様とアリシア様がよくフォークト公爵家にくるのも、半分はフリード様のお友達が目当てなのでしょう。
お友達と好きな人がかぶらなくて、内心ホッとしております。
ニコラ様は時々お菓子をルーク様のご自宅に届けているようですし、アリシア様は刺しゅう入のハンカチをライアン様に渡しておりました。
ルーク様とライアン様もまんざらではないご様子。
この二組が上手く行って、婚約することになったらいいなぁと密かに期待しております。
「ディアーナ、あーんして」
隣の席に座るフリード様が、苺を刺したフォークを近づけてくる。
「フリード様、人前ですよ……」
ちらりと周りを見ると、ニコラ様はルーク様と二人の世界、アリシア様とライアン様も二人の世界に旅立っておりました。
誰も見ていないとは思いますが、周囲に人がいるところでお互いに食べさせ合うのは、ちょっぴり恥ずかしいですね。
「嫌かな?」
フリード様が小首をかしげ、捨てられた子犬のような顔で私をじっと見つめてくる。
「い、嫌ではありません!」
そんな顔をされたら嫌だなんて言えるはずがない!
「なら口を開けて、はいあーん」
「……あーん」
フリード様に言われるままに口をあけると、苺が口の中に入ってきた。
「美味しい?」
苺の甘酸っぱさが口の中に広がる。
「はい、とても」
「はいあーん」で食べさせあっている私たちを、王太子殿下がニコニコしながら見ていた。
そうでした! 王太子殿下がいらっしゃいました! 「はいあーん」していた現場を人様に凝視されるのはやはり恥ずかしいです。
真っ赤になって俯いていると、
「アーサー見るな、ディアーナが減る」
フリード様が私を自身の背に隠しました。
「いや見ただけでは減らないよね?」
王太子殿下がやれやれと言いたげな顔で肩をすくめる。
「いや減る! 見るな!」
「相変わらずだねフリードは、ディアーナ嬢のことになると人が変わる」
王太子殿下がクスリと笑う。
「…………この光景を見たら、…………年後のボクは喜ぶかな。いや……もう並行…世界と呼ぶべきか……」
王太子殿下がふと遠くを見つめ、何かを呟かれた。
王太子殿下の漏らした言葉は誰にも拾われることなく、六月の風に乗って消えていきました。
「何か言ったかアーサー?」
「いや君たちが仲良くほほ笑み合っている姿を見れて本当に良かったと思ってね」
王太子殿下が今までに見たことのない穏やかな顔でほほ笑まれた。
「君たちには末永く仲睦まじく幸せに暮らして欲しいんだ」
「アーサーに言われなくても僕はディアーナの側を離れない! 僕がディアーナを守り幸せする! そのためならなんでもする!」
「嬉しいですフリード様! 私もずっとずっとフリード様のお側にいたいです!」
フリード様が私を膝の上に乗せる。私はフリード様の首に手を回しギュッと抱きつく。
「それは良かった」
抱きしめ合う私達を見て、王太子殿下が目を細めた。
王太子殿下の手には古い手紙が握られていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
本編はここで終わります。
綺麗に終わりたい人はここまでにしたほうがいいです。
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