35 / 50
35話「王太子の第二王子再教育計画」第二王子視点
しおりを挟む――コーエン・グランツ第二王子視点――
そこで気を失ったので、そこからの記憶がない。
兄上が邪魔しなければ、ディアーナ・フォークトにプロポーズできたのに!
王子の俺がプロポーズしたんだ、きっとディアーナ嬢だって喜んでOKしてくれた!
公爵令息の婚約者でいるより、第二王子である俺の婚約者になった方がいいに決まってる! それなのになんで邪魔するんだ!
兄上は酷い! 横暴だ!
今日あったことを父上と母上に言いつけてやる!
その前に兄上に一言文句を言ってやらないと!
「ぐぁあっ……!」
身体を起こそうとすると、棒で殴られたみたいに顔と頭が痛む。
触ってみるとどこも怪我してないし腫れてもいない……なのにどうしてこんなに痛いんだ??
「苦しいだろ? 怪我は治るけど痛みが十倍になる魔法をかけたんだ」
兄上が藤色の目を細めくすりと笑う。兄上が俺に笑いかけたのはいつ以来だろう? 妖美なほど美しく氷のように冷たい笑みに背筋がゾクリとする。
「がっ……うぁ゛っ、う゛っ……! なんで……そんな゛こと……?」
怪我を治すかわりに痛みが十倍になる魔法をかけた? なんでそんなことをしたんだ! なにもしないで自然に治るのを待ったほうがいいじゃないか!
「なんで? 本当に分からない? 昔から脳みそ空っぽだと思っていたけど、お前はほんとにおバカさんだね」
兄上がゴミを見る目で俺を見据える。
「コーエンの頭には脳みその代わりに綿が詰まっているのかな? ぬいぐるみみたいに」
コンコンと兄上が俺の頭を叩く。
「ぐっ……あ゛あ゛っ!」
それだけで脳の中がかき回されるような痛みが走る。
「ボクのせいかな? 母上の胎内にいたとき優秀なスキルはみ~~んなボクが持って生まれてしまったから、弟の君はこんなに出来損ないなのかな?」
兄上が俺の頭をコンコンと叩きながら、首をかしげる。
世界がぐるぐる回るような気持ち悪さに、吐き気がこみ上げる。
「がっ……ふごっ……! あ゛っ、兄上……やめ゛っ……ど、うして?」
なんでこんな酷いことをするんだ! 俺が何をしたっていうんだ!
「どうして? それをボクに聞く? ほんとに君はおバカさんだね、ボクが怒っている理由も分からないなんて」
兄上が怒っている? 今まで俺に怒るどころか興味も関心も示さなかった兄上がなんで?
「君がボクの親友とその婚約者を怒らせることをしたからだよ」
兄上の親友と婚約者って、フリード公子とディアーナ嬢のことか? 二人が怒っていた?
フリード公子は怒っていた、それは認める。
だけどディアーナ嬢は怒ってなかった。俺は王子様だから、俺に話しかけられたら女の子なら誰だって歓喜する、怒る訳がない。
第二王子の俺に求婚されたら、ディアーナは狂喜乱舞したはず。
今日のお茶会には俺の側近になりたい人と、俺の婚約者になりたい人しか来てないって母上が言ってた。
俺にプロポーズされて怒る人間がいる訳がない。
「分からないって顔をしてるね、本当に君はおバカさんだな。ボクの親友と婚約者を傷つけても何も悪くありませんって顔をしているんだから」
だって俺は何も悪いことをしていない。
フリード公子が勝手に怒って勝手に傷ついたんだ。俺は彼より身分が上の王子なのに、俺に対して怒るなんて不敬だ。
兄上は俺がディアーナを傷つけたと言いたいのかな? 王子の俺と話せた女の子が歓喜に沸くことはあっても、傷つくことなんてないはずだ。
兄上の言った言葉の意味が分からない。
「コーエンは本当に人のものを欲しがるだけのバカでとんまで間抜けで、人の痛みが分からないくずだね。こんな風に育つなら、君が欲しがるままに何でも上げるべきじゃなかったよ」
いくら兄上でも言葉が過ぎます! 抗議してやりたいが、しゃべると頭が痛いから声を出したくない。
「君の愚かな行動のせいでボクは親友と親友の婚約者を失い、王家はディアーナ嬢の実家のフォークト公爵家と、フリードの実家のルーデンドルフ伯爵家を失うところだった。君一人のために失うには大きすぎる対価だ」
兄上の言ってることの意味が分からない。
ディアーナ嬢を俺の婚約者にして、フリード公子は俺の護衛にする。
ディアーナ嬢は将来俺のお嫁さんになり、フリードは将来俺の近衛隊に入る。
そうなったらむしろその二家との繋がりは強くなるんじゃないのか? なんで失うことになるんだ?
国王である父上と、王妃である母上に可愛がられている第二王子の俺。その俺様の婚約者と側近になれるんだぞ? 二人とも泣いて喜ぶだろ?
フォークト公爵家とルーデンドルフ伯爵にとっても利益がある話だろ?
それなのになんでフォークト公爵家とルーデンドルフ伯爵と縁が切れるって話になるんだ?
「こんなことになるならもっと早くに父上と母上からコーエンの養育権を取り上げておくべきだったよ。ボクの手で教育すればもう少しまともになれた」
父上と母上から俺の養育権を取り上げる? 兄上が俺を教育する?
兄上は父上と母上に可愛がられている俺に嫉妬して言ってるんだ。
愚かな兄上、そんな申し出が通る公算はゼロに近いのに。
俺は父上と母上にとても愛されているから、二人が俺を手放す可能性は低い。
「分からないって顔をしてるね? 自分は父上と母上に愛されているから、そんなことができる訳がないと思っているのかな? だとしたらそんな甘い考えは今すぐ捨てなさい」
兄上が懐から二枚の紙を取り出す。
「一枚目はコーエンの親権及び養育権の譲渡、二枚目はコーエンの生殺与奪権の譲渡に関する書類だ」
兄上が持っている二枚の紙には父上のサインがあり、印が押されていた。
書類に押してあるのは……正式な書類に押される王家の印!
「うぞっ……なんで!?」
しゃべると自分の声が頭の中に響いて痛いけど、声を出さずにはいられなかった。
体がブルブルと震える。
俺は父上と母上に捨てられた……のか?
「コーエン、君の親権と養育権及び生殺与奪権はボクに移行した。これからはボクが君を教育する」
兄上が藤色の瞳を細め、冷淡に言い放った。
「二度とボクの親友と親友の婚約者に手を出せないように厳しく指導するよ。
朝六時から夜十二時まで、食事とトイレとお風呂の時間以外は全て勉強に当ててもらう。一日に食事とトイレとお風呂に使う時間は二時間までとする。
学習科目は魔法学、天文学、哲学、算術、幾何学、医学、法学、音楽、修辞学、古代語。
家庭教師には幼い頃ボクを教えていた者をつける。
家庭教師に逆らったり口答えしたりサボったりしたときは、電流が流れるムチで容赦なく打ちすえるからね」
兄上が淡々と説明する。食事とトイレとお風呂の時間以外はすべて勉強に当てる?!
科目は魔法学、天文学、哲学、算術、幾何学、医学、法学、音楽、修辞学、古代語……!
幾何学と修辞学ってなんだよ!? 聞いたこともないぞ? 国語だってまともに習得してないのに古代語なんて無理だ!
家庭教師に逆らえばムチで打たれる!? 冗談だろ?
朝六時になんて起きられるわけがない! 食事は二時間かけてゆっくり食べたい!
外で友達と遊ぶ時間も、昼寝の時間も、城に宝石商を招いて買いもする時間も、仕立て屋を呼んで服や帽子を仕立てる時間もないなんて!
「ぐっ……そんな、無゛理゛……!」
「無理じゃなくてやるんだよ」
そう言った兄上の目は氷より冷たかった。
逃げよう! 父上と母上に頼めば僕を逃してくれるはずだ!
「そうそう逃げ出そうなどと考えないことだ」
そう言って兄上はジュストコールのポケットから、小さなカブを取り出した。
カブはポケットから出た途端どんどん大きくなっていき、人の顔ぐらいの大きさになった。
カブの一部が目と鼻と口の形に切り抜かれていて、人の顔のように見えた。
「紹介しようジャック・オー・ランタンだ。天国にも地獄にも行けなかった魂が、地獄の悪魔からもらった消えることのない明かりをカブに入れ、永遠にこの世を彷徨っている。普段は人の顔の形にくり抜いたカブの中に住んでる」
ジャック・オー・ランタンなら知ってる、ハロウィンのカブのお化け。
カブのお化けは俺と目が合うと、よろしくと言うように「ケケケケ」と笑っていた。
兄上はこんな子供だましの手品を使って俺を怖がらせる気なのかな?
「コーエンの監視にこのジャック・オー・ランタンをつけるよ。逃げ出したり、勉強を怠けたり、ボクの許可なくフォークト公爵家とルーデンドルフ伯爵家の人間に接触しようとしたり、父上や母上と会おうとしたときは…………コーエンを食べてもいいと言ってある」
カブの目がキラリと光る。
俺を食べる? それで脅しているつもりなの? 甘いよ兄上。
そんなの動いて音の出るおもちゃだろ? 全然怖くないよ。
「そうそう、ジャック・オー・ランタンと契約する時コーエンの髪の毛を数本渡したんだ。【美味シイ、モット食ベタイ!】と言ってたからうっかり食べられないように気をつけなさい」
そんな脅しに俺は引っかからないぞ。
「コーエンの再教育計画の始まりだ」
兄上はそう言って、雪の女王のように冷たい顔で、妖艶なほど美しくほほ笑んだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
※※※※ジャック・オーランタン※※※
ハロウィンにカボチャをくり抜いて作る灯火。カボチャをカブに変えてイメージしてもらえると助かります。
ハロウィンはもともとケルト地方で行われている収穫祭でした。そのときはカブをくり抜いた灯火を作ってました。アメリカに渡ったとき、カブが手に入りにくかったので変わりにカボチャを使うようになったと言われています。
※※※幾何学
幾何学(きかがく)は、図形や空間の性質について研究する数学の分野である。
※※※修辞学
修辞学(しゅうじがく)は、弁論・演説・説得の技術に関する学問分野。弁論術、雄弁術、説得術、レートリケー、レトリックともいう。
26
お気に入りに追加
1,126
あなたにおすすめの小説
私を選ばなかったくせに~推しの悪役令嬢になってしまったので、本物以上に悪役らしい振る舞いをして婚約破棄してやりますわ、ザマア~
あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
乙女ゲーム《時の思い出(クロノス・メモリー)》の世界、しかも推しである悪役令嬢ルーシャに転生してしまったクレハ。
「貴方は一度だって私の話に耳を傾けたことがなかった。誤魔化して、逃げて、時より甘い言葉や、贈り物を贈れば満足だと思っていたのでしょう。――どんな時だって、私を選ばなかったくせに」と言って化物になる悪役令嬢ルーシャの未来を変えるため、いちルーシャファンとして、婚約者であり全ての元凶とである第五王子ベルンハルト(放蕩者)に婚約破棄を求めるのだが――?
廃妃の再婚
束原ミヤコ
恋愛
伯爵家の令嬢としてうまれたフィアナは、母を亡くしてからというもの
父にも第二夫人にも、そして腹違いの妹にも邪険に扱われていた。
ある日フィアナは、川で倒れている青年を助ける。
それから四年後、フィアナの元に国王から結婚の申し込みがくる。
身分差を気にしながらも断ることができず、フィアナは王妃となった。
あの時助けた青年は、国王になっていたのである。
「君を永遠に愛する」と約束をした国王カトル・エスタニアは
結婚してすぐに辺境にて部族の反乱が起こり、平定戦に向かう。
帰還したカトルは、族長の娘であり『精霊の愛し子』と呼ばれている美しい女性イルサナを連れていた。
カトルはイルサナを寵愛しはじめる。
王城にて居場所を失ったフィアナは、聖騎士ユリシアスに下賜されることになる。
ユリシアスは先の戦いで怪我を負い、顔の半分を包帯で覆っている寡黙な男だった。
引け目を感じながらフィアナはユリシアスと過ごすことになる。
ユリシアスと過ごすうち、フィアナは彼と惹かれ合っていく。
だがユリシアスは何かを隠しているようだ。
それはカトルの抱える、真実だった──。

【完結】悪役令嬢の反撃の日々
くも
恋愛
「ロゼリア、お茶会の準備はできていますか?」侍女のクラリスが部屋に入ってくる。
「ええ、ありがとう。今日も大勢の方々がいらっしゃるわね。」ロゼリアは微笑みながら答える。その微笑みは氷のように冷たく見えたが、心の中では別の計画を巡らせていた。
お茶会の席で、ロゼリアはいつものように優雅に振る舞い、貴族たちの陰口に耳を傾けた。その時、一人の男性が現れた。彼は王国の第一王子であり、ロゼリアの婚約者でもあるレオンハルトだった。
「ロゼリア、君の美しさは今日も輝いているね。」レオンハルトは優雅に頭を下げる。
逃げて、追われて、捕まって
あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。
この世界で王妃として生きてきた記憶。
過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。
人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。
だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。
2020年1月5日より 番外編:続編随時アップ
2020年1月28日より 続編となります第二章スタートです。
**********お知らせ***********
2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。
それに伴い短編で掲載している以外の話をレンタルと致します。
ご理解ご了承の程、宜しくお願い致します。
転生ガチャで悪役令嬢になりました
みおな
恋愛
前世で死んだと思ったら、乙女ゲームの中に転生してました。
なんていうのが、一般的だと思うのだけど。
気がついたら、神様の前に立っていました。
神様が言うには、転生先はガチャで決めるらしいです。
初めて聞きました、そんなこと。
で、なんで何度回しても、悪役令嬢としかでないんですか?

完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい
咲桜りおな
恋愛
オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。
見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!
殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。
※糖度甘め。イチャコラしております。
第一章は完結しております。只今第二章を更新中。
本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。
本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。
「小説家になろう」でも公開しています。

小説主人公の悪役令嬢の姉に転生しました
みかん桜(蜜柑桜)
恋愛
第一王子と妹が並んでいる姿を見て前世を思い出したリリーナ。
ここは小説の世界だ。
乙女ゲームの悪役令嬢が主役で、悪役にならず幸せを掴む、そんな内容の話で私はその主人公の姉。しかもゲーム内で妹が悪役令嬢になってしまう原因の1つが姉である私だったはず。
とはいえ私は所謂モブ。
この世界のルールから逸脱しないように無難に生きていこうと決意するも、なぜか第一王子に執着されている。
そういえば、元々姉の婚約者を奪っていたとか設定されていたような…?

村娘になった悪役令嬢
枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。
ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。
村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。
※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります)
アルファポリスのみ後日談投稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる