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十四話「モーントズィッヒェル公爵領」*
しおりを挟む――ラインハルト視点――
馬車が急にスピードを上げたので、ぼくはまた体勢を崩した。
気がつけば勇者様に押し倒されていた。
勇者様の唇とぼくの唇が重なっていた。
どいてほしいのだが、勇者様はぼくの上から動こうとしない。
勇者様は好きな人がいるって言ってたのに、なんでいつまでもオレとキスしてるんだろう?
勇者様の好きな人は高貴な身分で、金色の髪の、青い目の方だと言っていたな。
あれっ? それって…………もしかして……? 勇者様の好きな人って…………
フリード公子?
フリード公子とラインハルトはいとこなので、髪の色と瞳の色が同じで顔立ちも似ている。
顔立ちが似ていても悪役オーラ全開のつり目で人相の悪いラインハルトとは違い、フリード公子は穏やかなほほ笑みが似合う天使のような方だが。
勇者様は城に飾ってあるフリード公子の肖像画を見て一目惚れしたのだろうか?
だからフリード公子に似た顔のぼくにキスをしている? いつかフリード公子とキスするための練習で、ぼくはフリード公子の代用品。
なるほどそういう事か。ストンと得心がいった。
そういえば前に城に来たとき、勇者様はフリード公子の肖像画を見て「これはどなたの肖像画ですか?」と執事に尋ねていたな。
今回のモーントズィッヒェル公爵領行きに同行したのもフリード公子に会うためだったとすればつじつまが合う。
ゲーム「紫の髪の勇者世界を救う」はノンケのゲームだが、二次創作ではフリード×リヒト、もしくはリヒト×フリードが大人気だった。前世のぼくも読んでいた。
ぼくの脳内に紫の髪の美少年と金髪碧眼の美青年が裸で絡み合う絵が再生される。ぼくは雑食だったのでどちらが攻めでも美味しくいただけた。
そっかぁリヒトはフリード公子が好きなのか。肖像画を見て一目惚れするなんて意外とロマンチストなんだな。
ちなみに悪役ラインハルトも、美形なのでマニアに人気があった。
大概、モブや触手に性的暴行されるバッドエンドもの。かなりグロくて読んでて鳥肌が立った。ラインハルトのことは大嫌いだったけど、ちょっとだけ彼に同情した。
あっ今はぼくがそのラインハルトなんだった……。ぼくは前世で見たラインハルト絡みの同人誌の知識を削除した。
リヒトはぼくの唇や頬にチュッチュッとキスを落とす。
まだ子供とはいえ男同士でキスをするのはいかがな物かと思う。
だがここでキスを拒否して、せっかく縮まった勇者様との距離が離れるのは嫌だ。
練習台でもいいかな。勇者様がぼくになついてくれるなら。
モーントズィッヒェル公爵領に着くまで、ぼくは勇者様にずっとキスされていた。
「関所が近づきましたよ」とバルドリックが教えてくれたとき、ぼくは勇者様に押し倒されてキスをしていた。
男同士でキスをするぼくたちを見て、バルドリックは目を円くしていた。
どん引くかと思ったが、バルドリックは「おめでとうございます殿下! おめでとうリヒト!」と言って涙ぐんでいた。
何がおめでたいのかぼくには分からない。
◇◇◇◇◇
モーントズィッヒェル公爵領との関所、バルドリックが関所の役人に鑑札を見せる。
乗っているのが子供だけなのは、父親が怪我をしたので子供だけで来たとうそをつく。
鑑札が本物なので特に怪しまれる事もなく、無事に関所を通り抜ける事が出来た。
「ああっ、びびったぁ……!」
バルドリックが大きく息を吐く。
バルドリックは体が大きいが小心者のようだ。
「ラインハルト王子……」
関所を抜けると、勇者様がぼくの肩に手を回し口づけを迫ってきた。
「うん、また後でね」
やんわりと断り、ぼくは荷台の後ろ幌のない部分から顔を出す。
モーントズィッヒェル公爵領がどんなところなのか、この目で見ておきたかったのだ。
勇者様はつまらなそうに顔をしかめたが、ぼくにぴったりとくっつき、馬車の外を眺めていた。
関所に王都から来た人が列をなしているのが気になった。
鑑札を持たず行商人でもない彼らは、おそらく王都からの難民。
難民の受け入れは禁止されているらしく、関所を通れなかった人たちは、仕方なく王都に引き返す者、関所の近くで野宿をする者、どうすればいいか分からずその場に泣き崩れるものに別れていた。
王都から難民がモーントズィッヒェル公爵領に流れているなんて、城にいるぼくには届いていない情報だ。父上もきっとご存じないだろう。
自分の目で外の世界を見た甲斐があった。
難民の問題もなんとかしなくては。ぼくは握った拳に力を込めた。
◇◇◇◇◇
モーントズィッヒェル公爵領は、フォルモーント王都とは全然違った。
草すら食べつくされた王都とは違い、街道には草が生い茂り、色とりどりの花が咲き、綺麗な蝶が舞い、小鳥のさえずりが聞こえた。
街に入るとその違いは顕著に現れた。
道にはたくさんの露店が並び、人が集まり、楽しげに買い物をしている。
元気に走り回る子どもたち、人々のにぎやかな笑い声、これがモーントズィッヒェル公爵領。
王都ではつぎはぎの服を着て、裸足で歩いている人や、病的に痩せた人、物乞いが多かった。
着ている物があるだけましな王都の民とは違い、モーントズィッヒェル公爵領の民はカラフルな服を身にまとい、アクセサリーなどを身に付けおしゃれを楽しんでいる。
肌の血色もよく、ふくよかな体形の者も多く見られた。
王都からたった数時間でこの違い?
これがモーントズィッヒェル公爵領なのか?
「にぎやかな街ですね」
ぼくのとなりにいたリヒトがぼくの手を握る。勇者様から手を繋いでくれるのは素直に嬉しい。
「うん、人々の笑い声にあふれている」
ぼくは勇者様の手を握り返した。
「なんだか同じ国だとは思えないなぁ」
バルドリックが狐につままれたような顔をしている。
これがフリード公子が実質統治している街。
ぼくも獅子身中の虫を追い出し、フォルモーント王都を人々の笑顔にあふれた豊かな国にする。
そのためには絶対にフリード公子の協力が必要だ。
◇◇◇◇◇
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