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十二話「勇者様の初恋の人って誰?」*
しおりを挟むモーントズィッヒェル公爵領に行く前に、街の薬屋に寄った。
フード付きのマントを被っているとはいえ、ぼくが買い物に行って王子だとバレたら困るので、買い物は勇者様とバルドリックに任せた。
「薬を何に使うのですか?」
バルドリックがぼくに問う。
「薬の行商人としてモーントズィッヒェル公爵領に入るから、それらしく見えるようにね」
「でも薬の行商には鑑札が必要なのでは?」
「鑑札はお城からくすねて来たから大丈夫だよ」
ぼくの言葉を聞いたバルドリックの顔から血の気が引いた。
「なんだかどんどんやばい事に関わってる気が……」
「大丈夫だよ。責任はぼくが取るから」
「オレ死罪にだけはなりたくないです……」
バルドリックは涙目で深くため息を吐いた。
バルドリックが御者席に座り馬車の操縦をし、ぼくと勇者様は馬車の中に荷物と一緒に乗ることにした。
今までお城の馬車にしか乗ったことなかったから、馬車の荷台がこんなに揺れるとは思わなかった。
馬車の荷台には雨よけの幌がついている。両サイドが幌に覆われているので外から見えにくくお忍びにはぴったりだ。
幌馬車の後ろの部分は人や荷物の乗り降りのために大きく開いている。
街を出て街道にでたので、空を見ると雲一つない青空が広がっていた。
「今日はいい天気だね」
勇者様がコクリと頷く。
「魔法の練習は進んでる?」
コクリと勇者様が頷く。
「剣術の稽古はどう? 怪我とかしてない?」
またコクリと勇者様が頷く。
さっきから全然会話が続かない。
勇者様はぼくと話をするのがそんなに嫌なのだろうか?
勇者様と仲良くなるチャンスだと思ったのに、気まずい。非常に気まずい。
その時馬車が大きく揺れ、ぼくは体勢を崩した。
「ラインハルト王子危ない!」
勇者様がぼくを支えようとぼくに手を伸ばす。
「ちょっと揺れましたが大丈夫ですか?」
バルドリックが御者席から声をかけてきた。
ぼくも勇者様も返事ができなかった。
ぼくは勇者様を押し倒してしまいあろうことか、勇者様の唇をぼくの唇がふさいでいた。
つまりはキスだ。
「うわぁぁ! すまない!」
ぼくは慌てて体を起こす。
勇者様は手の甲で口を覆い、真っ赤な顔でうつむいていた。
どうしよう! 勇者様のファーストキス(推測)を奪ってしまった!
このことを根に持たれ一〇年後に斬られたら……! 背筋を冷たい汗が伝う。
でも今は勇者様に誠心誠意謝るのが先だ。
「本当にすまない、リヒトはエミリアが好きなのに……」
バルドリックに聞こえないよう小声で話す。
バルドリックとエミリアは相思相愛、友情を壊さないために勇者様はエミリアへの恋心を胸に秘めている。
「はっ? おれがエミリアを好き? あり得ません」
勇者様に即答された。返事をしてくれたのがちょっと嬉しかった。
鬼ごっこをしていてぼくがエミリアを後ろからハグした時、人を殺すような目で睨まれたからてっきりエミリアを好きだと思ってたのに!
やっぱりぼくから幼女を追い回す変質者のオーラが出ていたのだろうか?
「えっ違うの? じゃあもしかしてローレの方?」
勇者様はローレを助けるために長く美しい髪を切っている。ローレが好きだったとしても不思議じゃない。
「全然違います。ローレとはただの同室で妹みたいなものです」
「えっそうなの?」
となると勇者様が好きなのは誰なんだろう?
「じゃあリーゼロッテ?」
勇者様は極度のシスコンだからな。
「姉上とは実の姉弟です、尊敬はしていますがそういう対象ではありません」
そうなんだ。近親相姦にならなくてよかった。
「じゃあリヒトの好きな人って?」
勇者様との会話が続いたのが嬉しくて、この話を引っ張りたくなってきた。
「おれが好きなのは……」
勇者様がチラリとバルドリックを見る。バルドリックが御者席から荷台をのぞいていた。勇者様と目が合うとバルドリックが顔を背けた。
「えっ? バルドリックなの? リヒトはそっち系?!」
「違います!」
きっぱり言い切られ、冷たい目で睨まれた。
「すまない、ちょっとからかっただけだ」
「ラインハルト王子でも怒りますよ」
「すみません」
せっかくいい感じで話しがはずんでいたのに、勇者様を怒らせてしまった。
「リヒトの好きな人って誰?」
勇者様の顔をのぞき込むと、勇者様はぼくから顔を背けた。
「ラインハルト王子はおれの好きな人をなんで知りたいんですか?」
会話のきっかけがほしかったとは言いづらい。
「リヒトの好きな人が単純に気になるからじゃダメかな?」
勇者様は耳まで赤くした。
「おれの好きな人は、とても高貴な人で」
「うん」
「金髪で」
「うん」
「青い目の人です」
「うん?」
高貴な身分で金髪で青い目の人? 勇者様の周りにそんな女性いたかな?
前に城に来たとき、どこかの貴族の令嬢に一目ぼれでもしたのかな?
「身分違いの恋ですけど……」
勇者様が消え入りそうな声で言った。
身分の違いなど関係ない。勇者様が世界を救った暁にはそれ相応の地位と爵位が与えられる。
相手が王族だろうが貴族だろうが、身分違いの恋で泣くことはない。
「今はそうでもリヒトがすごく強くなったら、身分の違いとか関係なくなるよ」
「本当ですか?」
勇者様の顔がぱぁぁっと輝く。
「うん」
「その方はおれと結婚してくださいますか?」
「うん、リヒトが世界中の誰よりも強くなったらね」
「おれなります! 世界で一番強くなります!」
「うん頑張って」
「はい!」
なんだか知らないけど勇者様のやる気を出させる事に成功したぞ。
勇者様が誰を好きなのか知らないけど、あの日城にいた金髪碧眼の娘には結婚禁止令を出そう。
一〇年後、魔王を倒した勇者様は世界中の女性を虜にする。
世界を救ったイケメン勇者様に求婚されたら、相手も嫌とは言わないだろう。
◇◇◇◇◇
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