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三話「勇者リヒト」
しおりを挟む「急いで! 猛スピードで全速力でぶっ飛ばして!」
御者に檄(げき)を飛ばす。
孤児院から街までの細い道を、ぼくを乗せた四頭立ての馬車がノンストップで駆けていく。
お願いします! 勇者様早まったまねをしないでください!
まだ若いのに姉弟揃って身売りなんて止めてください!
馬車が街に入り、やや速度を落とし娼館のある遊楽街を目指し進んでいく。
急いではいるが、街中を猛スピードで走る訳にはいかない。
馬車が急に止まった。
「遊楽街に着いたのですか?」
御者に尋ねると「そ、それが……」困ったような声が返ってきた。
馬車のドアを開けると、人だかりが出来ていて道をふさいでいた。
「遊楽街の前でもめ事が起きているようなのです」
御者と兵士の制止を無視し、馬車を降りる。
護衛の兵士が慌ててぼくの後を着いてくる。
「下せんな奴らが、このオレ様のマントを汚しやがって!」
広場の中心に身分の高そうな男とその護衛らしき男たちが見えた。
その数メートル先に色あせたフードを被った子供が二人。
一人は地面に倒れ、もう一人はその子をかばうように男と倒れた子供の間に座り、倒れた子供の体を揺すっていた。
倒れた子供の体から血が……!
高そうな服を着た男が剣を振り上げる。
「オレの視界から消えろゴミが……」
危ない! そう思った瞬間ぼくは呪文を唱えていた。
「大気の精霊よ我に従え!! 突風(ヴィントシュトース)!!」
ぼくの手から強い風が起こり、剣を振り上げた男とその取り巻きを吹っ飛ばした。
倒れた子供にかけより、回復魔法を唱える。
「癒やしと治癒の精霊よ我に力を! 最大治療(マクシムム・ベハンドルング)!」
ぼくの手が黄色い光りを放ち、光が地面に倒れた子供の体を覆う。
血が止まり傷口がみるみるうちにふさがっていく。跡を残さず傷口は綺麗にふさがった。
倒れている子供の手に触れ、脈を取る。
弱々しいがドクドクと脈を打っている。よかった助かった!
ラインハルトは残虐な男だが、無能ではない。頭が良く剣術に長け、風魔法と水魔法と回復魔法を使いこなす。
その才能を悪い事にしか使わないから、たちが悪い。
「姉上!」
近くにいたもう一人の子供が、倒れた子の手を取る。
「大丈夫、生きてる」
そう言ってあげると、倒れた子供の手を握っていた子がほっと息を吐いた。
風でフードがめくれ、子供の顔があらわになる。
大陸でも希少な紫の髪、アメジストの瞳。
髪はゲームと違い短く、おかっぱに切り揃えられているが、間違いない……ゲーム「紫の髪の勇者世界を救う」の主人公リヒトだ!
えっ? じゃあこっちに倒れているのは、勇者の姉のリーゼロッテ?
倒れていた少女のフードをそっとめくる、リヒトと同じ紫の髪があらわになる。ゲームでは腰まで届くまで長かった髪が、肩の長さに切り揃えられている。
目をとじているから瞳の色は分からない。
リヒトとリーゼロッテ、こんな所にいたのか!
髪が短い理由が謎だけど、まだ身売りしていないよね? 大丈夫だよね?
その時後ろから怒鳴り声が聞こえた。
「ガキが! よくもやってくれたな!」
振り返ると、先ほど吹っ飛ばした高そうな服を着た男が、取り巻きに支えられながらこちらに近づいてくる。
護衛の兵士がぼくを守るようにぼくの前に立つ。
「オレ様がシュネー国のエーアガイツ子爵家長男ブルノン様と知っての狼藉だろうな!」
先ほどは遠目で分からなかったが……ゲームのモブキャラ、ブルノンか。
。
ラインハルトが初夜権法を発令したら、自分の領地でも初夜権法を勝手に発令し、民衆に暴動を起こされ殺された。
ラインハルトとためをはるぐらいのくずだが、ブルノンはラインハルトと違い剣術も魔法もまるでダメダメのザコキャラだ。
ぼくは立ち上がり、兵の前に立つ。
あらためてブルノンを見る。そうそう濃い茶色の髪を鶏のとさかのように逆立てていたな。
「なっ、ラインハルト殿下……?」
ぼくが王子だと分かり、ブルノンの顔色が変わる。突然の王子の登場に民衆からどよめきが起こる。
隣国からわざわざぼくの機嫌を取りに、誕生日パーティーに呼ばれてもいないのに来ていたのか。
ラインハルトに自分と同じダメな息子の片鱗を感じ、こびを売りに来たんだろう。
そう言えば、ブルノンはラインハルトの舎弟だったという裏設定があったな。ブルノンの方が一〇年も年上なのに、あいつプライドないのかよ?
記憶を取り戻す前のラインハルトとブルノンは、きっと気があっただろう。
だが記憶を取り戻したぼくは、民を虫けらのように傷つけるこいつと仲良くなる気は微塵もない。
「ラインハルト殿下! これには理由が……! あのガキ達がぶつかってきて、オレの新品のマントを汚したんです! だから……」
ブルノンが弁明する。
マントを汚した? たったそれだけの理由で何の罪のない子供を斬ったと?
握りしめた拳に力が入る。
「ブルノン公子ここはあなたの国でも領地でもない、フォルモーント王国の領土だ! 我が国の領土でぼくの民を傷つけた行為はこの国の王子として見過ごせない!」
ブルノンをキッとにらみつける。
「くっ、なぜラインハルト王子がなぜこんな所に……! 王子にさえ見られなければどうとでもごまかせたものを!」
ブルノンの今の言い方、招待状もないのに誕生日パーティーに参加していた事といい、ブルノンはこの国の役人に太いパイプがあるのかもしれない。
「お子様王子は城で王妃の膝に抱っこされて菓子でも食ってればいいんだ……!」
ブルノンが小さい声でぼやいた。聞こえてるよ。
それ昨日までのぼくの日常だ。こいつよく知ってるな。
しかし、王子相手にこの言葉遣い。
鶏のとさかみたいな髪形をしているだけに、脳みそも鳥なみだな。
記憶を取り戻す前のぼくならそんな自堕落な生活をしていただろう。だがぼくは前世の記憶を取り戻した。
必ず死亡フラグをへし折り、魔王の侵略と破壊神の復活を阻止し、この国の民を……いや世界を守る!
「あなたにはしかるべき罰を受けていただきます」
今すぐ魔法でぶっ飛ばしてやりたいが、我慢だ。
こいつの罪と、こいつに繫がりのある官僚を調べ上げ、その上で罰を下す!
「ですがラインハルト殿下、オレはフォルモーント国の貴族ではない、隣国シュネー国の貴族だ。いくらフォルモーントが大国で、ラインハルト殿下が偉くても、他国の子爵の息子であるオレ様を裁く事は出来ないはず!」
ブルノンが顔を真っ赤にし、鼻息を荒くまくしたてる。
本気で言っているのか? このバカ公子?
「ええ確かに。だが彼らはただの子供ではありません。先々代の国王の時代、世界を救う勇者様が誕生すると女神よりお告げを受け建てられた由緒ある孤児院の子供たち。我が国の王族でも傷つけることを許されない神の加護を受けた神聖な子たちです。その彼らを他国の子爵家子息風情であるあなたが傷つけた。この意味がお分かりですか?」
その神聖な孤児院を壊そうとしていた事は棚に上げ、ブルノンを責める。
「くっ、そんな大昔の伝承がなんだというんだ! それに勇者などただの伝説だ……!」
伝説じゃなくて、いまあんたの目の前にいるんだよ! この鳥頭!
だが曾祖父の治世ならまだしも、現在は孤児院を神聖視するものが減っていて、そんな決まりはあってないようなものになっているのも事実。
なんせ王子が孤児院を壊して別荘を建てようと言い出すくらいだからな。
だからといってブルノンを無罪放免には出来ない。
「あなたをこのまま国に帰す訳には行きません。孤児院の子供を傷つけたこと以外にも、この国であなたが犯してきた全ての罪を詳細に調べ上げ、シュネー国の国王陛下に伝えます。その上であなたの国の法にのっとり、しかるべき処置をしていただく所存です。そして我が国へのあなたの立ち入りを今後一切禁じます! 今後フォルモーント王国はエーアガイツ子爵家とは一切貿易いたしません!」
王子とはいえ七歳のぼくにそんな力はない、これはただのはったりだ。
「くっ……!」
ブルノンの顔色が赤から青に変わる。小心者のブルノンには効果があったらしい。
父上に頼みぼくが今言った事に近い処罰は受けさせる。
ぼくの国で好き勝手やっておいて無傷で帰れると思うなよ。
「そうだ! そうだ! 出ていけくそ野郎!」
「ラインハルト殿下の言うとおりよ! 二度とこの国に来ないで!」
「消えろ! とさか頭!」
今まで黙って見ていた民衆たちが、王子が味方だと分かった途端に一斉に声を上げた。
おとなしかった民が強力な味方を得た途端に急に勢いづいた。
ゲームでも勇者という強力な味方を得た途端、徒党を組み一揆を起こし、国王をなぶり者にした。
守るべき民ではあるが、怖っ! 民衆怖っ!!
騒ぎを聞きつけて、城から衛兵がやってきた。
ぼくを見て、兵がぼくの前に並び敬礼する。
「どうかなさいましたか殿下、この騒ぎは一体?」
「シュネー国のブルノン・エーアガイツ公子とその仲間だ。彼らは神聖な孤児院の子供達を傷付けた。彼らを城に連れて行け! 彼らの罪状を暴きシュネー国に引き渡すまで城に幽閉する!」
「はっ!」
ブルノンとその取り巻きたちは、衛兵に取り押さえられた。
民衆からわっと歓声が上がる。
ブルノンとその一味は、民衆の罵声を浴びながら衛兵に連行された。
いずれブルノンと通じていた官僚達の悪事も一つ残らず暴いてやる。
それはそれとして、ブルノンが見えなくなった後も罵声を浴びせ続ける民衆を見て、背筋が寒くなった。
怖い怖い、明日は我が身。ああならないように気をつけよう。
◇◇◇◇◇◇◇
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