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六十七話「オルゴール」
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六十七話「オルゴール」
――数日後――
悪事が露見したワルフリート兄上は、父上の命で地下牢に幽閉された。
ティオ兄上は直接罪には加担していなかったことと、ワルフリート兄上の罪を告発したことで減刑され、故第一王妃アンナ様の出身地のトエニ侯爵家での謹慎処分となった。
ティオ兄上がトエニ侯爵領に帰る日、ティオ兄上の部屋に呼び出された。
「私以外の人間と密室で二人きりになるな!」とヴォルフリック兄上が言い出したので、ヴォルフリック兄上と一緒にティオ兄上の部屋に向かった。
腹違いとはいえ、ティオ兄上とは血の繋がった兄弟だよ? ヴォルフリック兄上が心配するようなことはないと思うけどな。
あっでも同じ血の繋がった兄弟でも、ワルフリート兄上とは密室で二人きりになりたくないかも。
ヴォルフリック兄上が、兄弟すら警戒する気持ちが少しだけ分かった。
トントントントン、四回ノックするとドアが中から開いた。
「よく来たねエアネスト」
「ティオ兄上」
ボクの手を握ろうと手を伸ばすしてティオ兄上の手を、ヴォルフリック兄上が横からつかんだ。
「私も一緒だ」
ヴォルフリック兄上がティオ兄上を睨みつける。
そんなヴォルフリック兄上を見てティオ兄上がくすりと笑う。
「エアネストを呼びつければ、ヴォルフリックも一緒に来ると思ってたよ」
ティオ兄上はヴォルフリック兄上が来る事を予測していたらしい。
「当然だ純粋無垢なエアネストを、単身で他の男の部屋に送れるか!」
ヴォルフリック兄上がボクの肩を抱き寄せ、ティオ兄上をキッと見据える。
「相変わらず過保護だね、でもひどいな僕は腹違いとはいえエアネストの兄だよ、もう少し信用してくれてもいいのに」
「貴様を信用するぐらいなら、見ず知らずの人間を信用するほうがましだ」
「可愛くないな、昔は『ティオ兄上』って僕の後を……ついてきたことは一度もなかったね」
「当たり前だ」
「昔は素直で可愛……くもなかったかな、ヴォルフリックは」
「どうでもいい、さっさと要件を言え」
「ああ本当に今も昔も愛想がないな、その点エアネストは可愛かったな、『ティオあにうえ~~!』と言って僕の後をついてきて」
ティオ兄上が慈しむような目でボクを見る。ティオ兄上の後をついてまわる……そんなこともあったような気がするけどあまり覚えていない。
ティオ兄上がヴォルフリック兄上につかまれてない方の手でボクの頭を撫でようとして、ヴォルフリック兄上に手をたたかれた。
「エアネストに触れるな!」
「本当に過保護だねヴォルフリックは、エアネストはヴォルフリックと一緒にいて息がつまらない?」
ティオ兄上が苦笑いを浮かべる。
「ボクはヴォルフリック兄上の心配性のところも、過保護なところも含めて、ヴォルフリック兄上の全てが大好きですから」
「それはまことかエアネスト!」
ヴォルフリック兄上がボクの手を取る。
「はい、ヴォルフリック兄上」
ヴォルフリック兄上の顔が近づいてくる。ヴォルフリック兄上とキスしたい、でも今はティオ兄上の前なので自重してほしい。
「ひと目もはばからず見せつけてくれるね。二人はやっぱり兄弟愛を超えた関係だったんだね」
ティオ兄上に指摘され、心臓が跳ねる。
「ボクはヴォルフリック兄上を愛しているんです、兄弟としてではなく」
「私もエアネストを弟としてではなく愛している」
「うん、そうだと思った。この国では同性同士の結婚はまだまだ浸透してない。ましてや二人は血がつながらないとはいえ兄弟、世間的には異母兄弟ということになっている」
ヴォルフリック兄上の実の父は魔王、だけどそんなこと世間には公表できない。
だからボクたちは結婚できない、それでもいい、ヴォルフリック兄上とずっと一緒にいられるなら。
「魔王に囚われていたところを助けてもらった恩もある、僕にできる事があれば力になるよ」
「ありがとうございます、ティオ兄上」
ボクを見る、ティオ兄上の目はとても穏やかだった。
「それで、エアネストを呼び出した要件はなんだ?」
ヴォルフリック兄上がボクを後ろから抱きしめ、ティオ兄上をねめつけた。
「エアネストとちょっと見つめ合うだけでもダメなの? エアネストは僕にとっても可愛い弟なのに。恋人がここまで嫉妬深いとエアネストも苦労するね」
ティオ兄上が苦笑する。ボクはヴォルフリック兄上の独占欲が強いところも好きなので、別に問題ない。
「貴様には関係のないことだ」
「つれないね、でも僕が用があったのはエアネストではなく、ヴォルフリックの方なんだ」
ティオ兄上はヴォルフリック兄上に用事があったの?
「ではなぜ、ボクを呼んだのですか?」
「僕がヴォルフリックを部屋に呼んでも絶対に来ないだろう? だからエアネストを呼びつけたんだんだよ。エアネストはやさしいから、僕の呼び出しを断らないからね。エアネストを呼べば、もれなく過保護なヴォルフリックもついてくると思ってね。僕の思惑通り実際こうして来てくれたしね」
ティオ兄上がヴォルフリック兄上を見てニヤリと笑う。
ボクもヴォルフリック兄上も、ティオ兄上の手のひらの上で踊らされていたらしい。
「そんな面倒なことをしてまで、私を呼んだ理由は何だ?」
ヴォルフリック兄上が不機嫌そうな顔で尋ねた。
「ヴォルフリックに返したいものがあってね、立ち話もなんだから部屋に入って」
ティオ兄上にうながされ、部屋に入る。白と水色が多く使われたノーブルな部屋だった。
部屋の中央にある長椅子に座って待っていると、ティオ兄上が部屋の奥から箱を持ってきた。
ティオ兄上は箱をテーブルの上に置き、箱の中から古い木製の箱を取り出した。
「これは?」
「ヴォルフリックの母、レーア様の形見のオルゴールだよ」
ボクの問いにティオ兄上が答える。
「母上の品をなぜお前が持っている?」
ヴォルフリック兄上が眉間にしわを寄せ、ティオ兄上を見据える。
「ひどいな盗んだんじゃないよ、義理とはいえ僕もレーア様の息子だったんだ。形見の品の一つぐらい持っているよ」
レーア様の事を話すティオ兄上の目は、とてもあたたかかった。
ボクが生まれる前に亡くなったからお会いしたことはないけど、レーア様はきっとおやさしくて、美しい方だったのだろう。
ティオ兄上はレーア様の事が好きだったのかな?
「レーア様はね、僕が寝るときにこのオルゴールをかけておとぎ話を聞かせてくれたんだ。本当は実の息子のヴォルフリックにしたかったんじゃないかと思ってね」
ティオ兄上がオルゴールのふたを開けると、やさしい曲が流れた。
現世で聴いた「夢(トロイメライ)」に似ている。
「それからこれも上げるね」
ティオ兄上が箱の中から一冊の本を取り出した。テーブルの上に置かれたそれは、手作りの絵本のようだった。
「これは?」
「レーア様が聞かせてくださったおとぎ話を、僕が覚えている範囲で書いたんだ。絵は絵師に頼んで描かせた」
「これはティオ兄上にとっても大切なものなのではありませんか?」
「そうだね、でもきっとレーア様はヴォルフリックに持っていてほしいと思うから」
ティオ兄上が絵本とオルゴールを、ヴォルフリック兄上に手渡す。
「ヴォルフリックに返すよ。長い間、僕が持っていてごめんね」
ティオ兄上の顔は穏やかで、でも少しだけせつなげに見えた。
「いや、私が持っていたら牢屋に入れられた時に捨てられていた」
それはヴォルフリック兄上なりのお礼の言葉だったんだと思う。
「そう言ってもらえて良かった。これでなんの憂いもなく、トエニ侯爵領に行けるよ」
そういったティオ兄上の顔は晴れやかだった。
◇◇◇◇◇
――数日後――
悪事が露見したワルフリート兄上は、父上の命で地下牢に幽閉された。
ティオ兄上は直接罪には加担していなかったことと、ワルフリート兄上の罪を告発したことで減刑され、故第一王妃アンナ様の出身地のトエニ侯爵家での謹慎処分となった。
ティオ兄上がトエニ侯爵領に帰る日、ティオ兄上の部屋に呼び出された。
「私以外の人間と密室で二人きりになるな!」とヴォルフリック兄上が言い出したので、ヴォルフリック兄上と一緒にティオ兄上の部屋に向かった。
腹違いとはいえ、ティオ兄上とは血の繋がった兄弟だよ? ヴォルフリック兄上が心配するようなことはないと思うけどな。
あっでも同じ血の繋がった兄弟でも、ワルフリート兄上とは密室で二人きりになりたくないかも。
ヴォルフリック兄上が、兄弟すら警戒する気持ちが少しだけ分かった。
トントントントン、四回ノックするとドアが中から開いた。
「よく来たねエアネスト」
「ティオ兄上」
ボクの手を握ろうと手を伸ばすしてティオ兄上の手を、ヴォルフリック兄上が横からつかんだ。
「私も一緒だ」
ヴォルフリック兄上がティオ兄上を睨みつける。
そんなヴォルフリック兄上を見てティオ兄上がくすりと笑う。
「エアネストを呼びつければ、ヴォルフリックも一緒に来ると思ってたよ」
ティオ兄上はヴォルフリック兄上が来る事を予測していたらしい。
「当然だ純粋無垢なエアネストを、単身で他の男の部屋に送れるか!」
ヴォルフリック兄上がボクの肩を抱き寄せ、ティオ兄上をキッと見据える。
「相変わらず過保護だね、でもひどいな僕は腹違いとはいえエアネストの兄だよ、もう少し信用してくれてもいいのに」
「貴様を信用するぐらいなら、見ず知らずの人間を信用するほうがましだ」
「可愛くないな、昔は『ティオ兄上』って僕の後を……ついてきたことは一度もなかったね」
「当たり前だ」
「昔は素直で可愛……くもなかったかな、ヴォルフリックは」
「どうでもいい、さっさと要件を言え」
「ああ本当に今も昔も愛想がないな、その点エアネストは可愛かったな、『ティオあにうえ~~!』と言って僕の後をついてきて」
ティオ兄上が慈しむような目でボクを見る。ティオ兄上の後をついてまわる……そんなこともあったような気がするけどあまり覚えていない。
ティオ兄上がヴォルフリック兄上につかまれてない方の手でボクの頭を撫でようとして、ヴォルフリック兄上に手をたたかれた。
「エアネストに触れるな!」
「本当に過保護だねヴォルフリックは、エアネストはヴォルフリックと一緒にいて息がつまらない?」
ティオ兄上が苦笑いを浮かべる。
「ボクはヴォルフリック兄上の心配性のところも、過保護なところも含めて、ヴォルフリック兄上の全てが大好きですから」
「それはまことかエアネスト!」
ヴォルフリック兄上がボクの手を取る。
「はい、ヴォルフリック兄上」
ヴォルフリック兄上の顔が近づいてくる。ヴォルフリック兄上とキスしたい、でも今はティオ兄上の前なので自重してほしい。
「ひと目もはばからず見せつけてくれるね。二人はやっぱり兄弟愛を超えた関係だったんだね」
ティオ兄上に指摘され、心臓が跳ねる。
「ボクはヴォルフリック兄上を愛しているんです、兄弟としてではなく」
「私もエアネストを弟としてではなく愛している」
「うん、そうだと思った。この国では同性同士の結婚はまだまだ浸透してない。ましてや二人は血がつながらないとはいえ兄弟、世間的には異母兄弟ということになっている」
ヴォルフリック兄上の実の父は魔王、だけどそんなこと世間には公表できない。
だからボクたちは結婚できない、それでもいい、ヴォルフリック兄上とずっと一緒にいられるなら。
「魔王に囚われていたところを助けてもらった恩もある、僕にできる事があれば力になるよ」
「ありがとうございます、ティオ兄上」
ボクを見る、ティオ兄上の目はとても穏やかだった。
「それで、エアネストを呼び出した要件はなんだ?」
ヴォルフリック兄上がボクを後ろから抱きしめ、ティオ兄上をねめつけた。
「エアネストとちょっと見つめ合うだけでもダメなの? エアネストは僕にとっても可愛い弟なのに。恋人がここまで嫉妬深いとエアネストも苦労するね」
ティオ兄上が苦笑する。ボクはヴォルフリック兄上の独占欲が強いところも好きなので、別に問題ない。
「貴様には関係のないことだ」
「つれないね、でも僕が用があったのはエアネストではなく、ヴォルフリックの方なんだ」
ティオ兄上はヴォルフリック兄上に用事があったの?
「ではなぜ、ボクを呼んだのですか?」
「僕がヴォルフリックを部屋に呼んでも絶対に来ないだろう? だからエアネストを呼びつけたんだんだよ。エアネストはやさしいから、僕の呼び出しを断らないからね。エアネストを呼べば、もれなく過保護なヴォルフリックもついてくると思ってね。僕の思惑通り実際こうして来てくれたしね」
ティオ兄上がヴォルフリック兄上を見てニヤリと笑う。
ボクもヴォルフリック兄上も、ティオ兄上の手のひらの上で踊らされていたらしい。
「そんな面倒なことをしてまで、私を呼んだ理由は何だ?」
ヴォルフリック兄上が不機嫌そうな顔で尋ねた。
「ヴォルフリックに返したいものがあってね、立ち話もなんだから部屋に入って」
ティオ兄上にうながされ、部屋に入る。白と水色が多く使われたノーブルな部屋だった。
部屋の中央にある長椅子に座って待っていると、ティオ兄上が部屋の奥から箱を持ってきた。
ティオ兄上は箱をテーブルの上に置き、箱の中から古い木製の箱を取り出した。
「これは?」
「ヴォルフリックの母、レーア様の形見のオルゴールだよ」
ボクの問いにティオ兄上が答える。
「母上の品をなぜお前が持っている?」
ヴォルフリック兄上が眉間にしわを寄せ、ティオ兄上を見据える。
「ひどいな盗んだんじゃないよ、義理とはいえ僕もレーア様の息子だったんだ。形見の品の一つぐらい持っているよ」
レーア様の事を話すティオ兄上の目は、とてもあたたかかった。
ボクが生まれる前に亡くなったからお会いしたことはないけど、レーア様はきっとおやさしくて、美しい方だったのだろう。
ティオ兄上はレーア様の事が好きだったのかな?
「レーア様はね、僕が寝るときにこのオルゴールをかけておとぎ話を聞かせてくれたんだ。本当は実の息子のヴォルフリックにしたかったんじゃないかと思ってね」
ティオ兄上がオルゴールのふたを開けると、やさしい曲が流れた。
現世で聴いた「夢(トロイメライ)」に似ている。
「それからこれも上げるね」
ティオ兄上が箱の中から一冊の本を取り出した。テーブルの上に置かれたそれは、手作りの絵本のようだった。
「これは?」
「レーア様が聞かせてくださったおとぎ話を、僕が覚えている範囲で書いたんだ。絵は絵師に頼んで描かせた」
「これはティオ兄上にとっても大切なものなのではありませんか?」
「そうだね、でもきっとレーア様はヴォルフリックに持っていてほしいと思うから」
ティオ兄上が絵本とオルゴールを、ヴォルフリック兄上に手渡す。
「ヴォルフリックに返すよ。長い間、僕が持っていてごめんね」
ティオ兄上の顔は穏やかで、でも少しだけせつなげに見えた。
「いや、私が持っていたら牢屋に入れられた時に捨てられていた」
それはヴォルフリック兄上なりのお礼の言葉だったんだと思う。
「そう言ってもらえて良かった。これでなんの憂いもなく、トエニ侯爵領に行けるよ」
そういったティオ兄上の顔は晴れやかだった。
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