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六十話「覚悟」
しおりを挟む夜はモンスターが凶暴になるため、回復ポイントで休むことにした。レベルも上がってきたし、装備もランクアップしたけど、油断はできない。
回復ポイントは聖なる力で守られているのでモンスターが出ない。
兄上が火をおこしてくださった。ボクは光属性だから光魔法と回復魔法しか使えない。兄上は水属性だから水魔法と風魔法と回復魔法しか使えない。
火属性の人がいないので、野宿するときはちょっぴり不便だ。
白馬と黒馬は回復ポイントにずっと待機させている。彼らもここが安全だと分かるようで、魔法陣から出ない。
たき火を囲んでも肌寒いので、兄上にピタリと寄り添う。
ピッタリとくっついていると、ヴォルフリック兄上と裸で抱き合ったときの事を思い出してしまい、顔が熱くなる。
せめてヴォルフリック兄上とキスしたいな、兄上の形の良い唇をちらりと見る。
でもキスしたらもっとエッチなことをしたくなっちゃうから、今は我慢我慢。
「ワルフリート兄上と、ティオ兄上はひもじいおもいをされてないでしょうか」
携帯用のパンをかじっているとき、無意識につぶやいてしまった。
ヴォルフリック兄上がむっとした表情でボクを見る。兄上の目が怖い。
「お前があいつらの心配をすることはない」
ヴォルフリック兄上がプイッと顔を背ける。
ヴォルフリック兄上は、ワルフリート兄上とティオ兄上が嫌いみたいだ。
子供の頃もそんなに仲良くはなかったけど、エーデルシュタイン城を出てからは、二人の名前を出すのも嫌がるようになった。
ボクの知らないところで、ヴォルフリック兄上とワルフリート兄上とティオ兄上の間に何かあったのかな?
不意に、たき火を見つめていた兄上の顔が厳しくなる。
「エアネスト、お前はモンスター以外のものを殺した事があるか? 動物でも人でも血の出る生き物をだ」
兄上がボクを真っすぐに見つめる。ボクは首を横に振った。
「やはりな、お前には返り血は似合わない」
「ヴォルフリック兄上?」
「魔王は私が斬る、お前は手を出すな」
ヴォルフリック兄上のおっしゃった言葉の意味が、しばらく理解できなかった。
モンスターは宝石やお金でできている、斬っても宝石やお金に変わるだけで、血は流れない。
だけど魔王は違う、魔王は魔族だ。
ボクたちと同じように斬られたら血が流れる。
ボクはどこかでこの世界をゲームと同じだと思っていた。
ここは現実で、生き物を殺せば血が流れる。
ゲームでは魔族を倒そうが、魔王を倒そうが、血は流れなかった。相手のHPがなくなり、主人公に経験値が入るだけ。
ここは現実の世界、生き物を切ったら血が流れ、臓物が飛び散る。死にものぐるいで襲いかかってくるし、断末魔も上げる、死に際に呪いの言葉を吐き、恨みのこもった目で睨んでくる。
ボクはそれに耐えられるだろうか? ボクはなんの覚悟もなく魔王城の近くに来てしまった。
自分の考えの甘さを思い知らされた。
「ですが魔王は兄上の……」
「やつは母を陵辱し、祖父を殺し、私の髪を黒くした敵だ!」
ヴォルフリック兄上の目が鋭く光る、兄上の瞳は憎しみに満ちていた。
確かに髪と瞳の色を黒くし、牢屋に入れられる原因になった相手を、親とは思えない。一度しか会っていないのならなおさら。
だけど、それでも魔王はヴォルフリック兄上の父親。
ボクはヴォルフリック兄上に、親殺しをさせたくない。
ヴォルフリック兄上に親殺しをさせないためには、ボクが……魔王を倒すしかない!
◇◇◇◇◇
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