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五十二話 「お前は私の気持ちを逆撫でする」
しおりを挟むエアネスト視点
◇◇◇◇◇
シュトラール様が授けてくれた白い馬に乗り、ヴォルフリック兄上の後を追う。
白い馬は足が速くあっという間に兄上の黒い馬に追いつき、居場所も特定してくれた。
兄上の黒い馬を見つけたのは、街道沿いにある小さな宿駅だった。
宿屋の店主に子供扱いされたが、騒ぎを聞きつけ二階から降りてきたヴォルフリック兄上と再会することができた。
ヴォルフリック兄上に一カ月前のことを謝り、仲直りして一緒に旅に出たかったのに、なぜか言い争いになってしまった。兄上がボクを子供扱いするから。
魔王にはボクの光魔法が有効。だというのに光の魔力が戻ったボクを、シュタイン領に送り届けるなんてあんまりだ。
口ゲンカの末、ボクは兄上にベッドに押し倒されてしまった。
「私はお前を犯したい、それでも私と一緒に来るというのか?」
兄上の切れ長の目に見据えられ、心臓がトクンと音を立てる。
「兄上に一つお伺いしたいことがあります」
「なんだ?」
この状況で質問されると思っていなかったのか、兄上が困惑の表情を浮かべる。
「兄上はその……ボクのことを」
「どうしたはっきりと言え」
「ボクのことを……」
大きく息を吸い呼吸を整える。
胸を抑え、うるさくなる心臓を黙らせる。
「ボクのことを、愛しているのですか?」
これで「嫌い」と言われたら、ボクは兄上のことを潔く諦めようと思う。
ううん無理だ、ボクは兄上を諦められない。
こっそりと、ヴォルフリック兄上の後をつけて魔王城に行こうと思う。
「この状況なら男は相手を抱くために『愛している』と平気でうそをつける、お前も男ならわかるだろ?」
兄上が心底呆れたという顔でボクを見る。
胸がズキリと痛む。
「兄上も、そういううそを平気でつけるのですか?」
「……ああそうだ、平気でうそをつける」
兄上の言葉を聞いて、ボクは泣きたくなった。
「では一カ月前にボクを襲っ……ボクをベッドに組み敷いたのも、ボクを愛しているからではなく、ただ性的な欲求を満たそうとしたからで、他の誰でも良くてたまたま近くにいたボクと性行為をしようとしたのですか?」
兄上の返事によっては、ボクはきっと泣いてしまう。
いや返事を聞く前に泣いていた。だめだ涙が止まらない、涙腺が崩壊したみたいだ。
「泣くな……」
兄上がボクの涙を拭い、頭をやさしく撫でてくれた。
「興が醒めた。この部屋はお前が使え、私は別の部屋で寝る」
兄上がボクから離れていく。兄上が行っちゃう! それは嫌だ!
急いでベッドから起き上がり、ドアノブに手をかけようとした兄上を、後ろから抱きしめた。
「ボクは兄上が好きです、愛してるっていう意味で好きです! 家族愛とかそういうんじゃなくて、男として好きです!」
背後から抱きしめているから、兄上の表情はわからない。
「ヴォルフリック兄上がボクを愛してくださっているなら、ボクは兄上と……」
愛のないセックスは受け入れられない、だけど愛があるなら……兄上と最後までしても、いいと思っている。
「兄上に性的な意味で、抱かれても……」
勇気を出せ自分、恥ずかしがっていたら兄上が遠くに行ってしまう!
心臓がバクバクしている。これで兄上に拒否されたら、兄上を止めるすべがない。
兄上の体がくるりと反転した。兄上の怜悧な瞳がボクをまっすぐに見つめる。
「エアネスト、正気か?」
「ボクは正気です、愛のない性行為はお断りします! でも愛があるのなら……ボクは兄上を受け入れます!」
正直顔から火が出るほど恥ずかしい。なんて事を言ってしまったんだ!
「さっきも言っただろ? 男は抱くためなら『愛している』と平気で言えると。私が本当にお前を愛しているかを、どうやって確かめる?」
「それは……」
確かめるすべがない。
いや待てよ、この状態がそもそも兄上がボクを大切に想っていることを証明しているのでは?
光の魔力が戻ったとはいえ、力では兄上にかなわない。
ヴォルフリック兄上がボクを抱きたいのなら、力づくでそうすればいい。
一カ月前だって、ボクが泣こうが喚こうが騒ごうが、無理やり最後までやってしまえばよかったんだ。兄上にはそれができた。
だけど兄上はそうなさらなかった。それは兄上がボクを大切に思っていてくれているから。つまりそれは愛。
「兄上がボクと性交したいだけなら、ボクはとっくにいかがわしいことされてると思うんです」
密室に兄上と二人きりでいるのに、ボクの服は乱れていない。それが兄上がボクを愛していることの証明。
「兄上はボクを大切に思っているから、今も抱きたい気持ちを抑えてくださってるのでしょう?」
小首をかしげると、兄上が頬を赤く染め口に手を当てた。
「お前は私の気持ちを逆撫でする」
「ボクは兄上のことを愛しています。今なら兄上がおっしゃっていた『抱きたい』という言葉の意味も正しく理解できます。全て承知した上でヴォルフリック兄上を受け入れられます」
「お前に拒否されたことが、トラウマなのだ」
兄上がボクから視線を逸らす。
「ごめんなさい、だって兄上が『愛してる』って言ってくださらないから……他の誰でも良くて、たまたま側にいたボクと性的な行為に及んだのかと、そう思ったら悲しくて……」
兄上の側にいるのがつらくなった。
「愛している! 他の誰もお前の代わりにはならない!」
「ヴォルフリック兄上……!」
兄上の言葉に心臓がトクントクンと音をたてる。
ボクは兄上の胸に抱きつき、ギューッと抱きしめた。
「やめろ、我慢できなくなる。襲われて泣きべそをかいても知らんぞ」
「兄上がボクを愛しているのが分かったから、もう襲われても拒んだりしません!」
◇◇◇◇◇
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