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四十二話「サンドイッチ」

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「はぁ……」

馬車に揺られながら、ボクは深く息を吐いた。

「どうした、エアネスト?」

兄上が心配そうにボクの顔をのぞき込む。

「人々に感謝されることに、なれてなくて」

先ほど農民たちに神のように崇められ、気づかれしてしまった。

「少しは私の気持ちがわかったか?」

兄上が苦笑いを浮かべる。

祖父のラグ様譲りの銀色の髪に、紫の目を持つヴォルフリック兄上。どこに行っても人々に珍しがられ注目を浴び、「銀の髪を目にしただけでもご利益がある」と言って拝まれることもある。

見ず知らずの人に突然拝まれるのはつらい。今回の件でそれがよくわかった。

「はい」

力なく返事をすると、ボクの頭を兄上が撫でた。

「皆、お前に感謝しているのだ」

「それは分かっているのですが……」

ひざまずかれ拝まれると、こそばゆい気持ちになる。

「まだなれなくて」

「なれなくてもいい、初々しいところがお前のよいところだ」

兄上がボクの額にキスを落とすと、くすぐったくて目を細めてしまう。

至近距離に兄上の唇があり、キスをしたいなぁと思い眺めていたら、「ぐ~~!」と音を立てボクのお腹が盛大に鳴った。

「ホッとしたらお腹がすきました」

そういえば朝食を食べていなかった。昨日の夜馬車の中で寝てしまったから、夕飯も食べていない。

「お弁当を食べてもいいでしょうか?」

さっきまで死の荒野トート・ハイデでなにかあったのかと、心配していたから、お腹が空いているのを忘れていた。

「私が食べさせてやる」

兄上がくすりと笑い、長い指でバスケットを開ける。

「何が食べたい?」

「サンドイッチ」

兄上がサンドイッチを手に取りボクの口に運んでくださる。

美味しい、野菜のシャキシャキ感と、ハムの食感がちょうどいいバランスだ。

「うまいか?」

「はい、とっても」

笑顔で返すと、兄上がふわりとほほ笑んだ。美味しかったのは、兄上が食べさせてくれたからというのもある。

「ヴォルフリック兄上も召し上がりますか?」

「ああ」

「ではボクが食べさせてあげます」

ボクが新しいサンドイッチを取ろうとすると、兄上に止められた。

「お前の食べかけがいい」

手をつけてないサンドイッチがあるのにボクの食べかけがいいの? 兄上って変わってる。

「分かりました、あーんしてください」

兄上の手からボクの食べかけのサンドイッチを受け取り、兄上の口に運ぶ。

ヴォルフリック兄上の形の良い口が上品に開き、サンドイッチ咀嚼していく。サンドイッチを食べ終えた兄上が、ボクの指をしゃぶった。

「兄上……?」

ボクの指を食べても美味しくないですよ?

兄上の口から解放されたボクの指は、てらてらに光っていた。

指をなめられ、ボクの心臓はドキドキしていた。キスするのとは、違ったときめきがあった。

「うまかった」

兄上がボクの目を見てニコリと笑う。兄上はとても機嫌がよさそうだった。

サンドイッチがそんなに美味しかったのかな?

そんな感じでご飯を食べさせあっているうちに、馬車は精霊の森に着いた。

昨日精霊の森に拒まれた兄上は、今日も外で待つと言う。

精霊にはおそらくボクしか会えないので、カールとルーカスも留守番することになった。

森に入る前に、兄上に抱きしめられた。

「兄上?」

「お前が何て言おうと、いかなる邪魔が入ろうと、シュタイン邸に帰ったらお前を抱く、覚悟しておけ」

兄上に耳元でささやかれ背筋がゾクゾクとした。

抱くって抱きしめるって意味だよね? 今兄上はボクを抱きしめているよね?

抱きしめるとは違った意味の「抱く」があるのかな?

兄上が言った言葉の意味はよくわからない。でもきっと屋敷に帰れば分かるよね。

ボクを見送る兄上の笑顔が怪しいほど綺麗で、ボクの心臓がドキドキとうるさかった。


◇◇◇◇◇
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