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三十四話「口づけ」*
しおりを挟む「エアネスト、大丈夫か?」
「ご心配には及びません、兄上」
農民たちに罵声を浴びさせられ、石を投げられることを覚悟していたが、そうはならなくてよかった。
途中農民たちがノコギリや斧を構えたときはひやりとしたけど、皆が精霊の森の開拓を諦めて帰ってくれてよかった。
だけどこれで終わりではない、むしろここからが始まりだ。この地の民は困窮している、侯爵であるボクがなんとかしなくては!
ぐらりと視界が揺れ、気がつくと兄上の腕の中にいた。
緊張がとけ、力が抜けたらしい。
「お前は本当にむちゃをする」
兄上が苦笑いを浮かべる。
「すみません、兄上」
ヴォルフリック兄上やカールにあれだけ啖呵(たんか)を切っておきながら、このありさまだ。
ボク一人では、農民を説得できなかった。
兄上がボクを侯爵だと肯定してくれなかったら、農民たちと話し合いもできなかった。
「かっこ悪いですね、あれだけ大きなことを言っておきながら一人ではなにも出来ない、なんて……ふぇっ?」
気がつくとヴォルフリック兄上の腕の中にいた。
「兄上……?」
「農民たちから誹謗中傷を受けるのではないか、石を投げつけられるのではないか、剣を向けられるのではないかと、心配したのだぞ!」
兄上を不安にさせてしまった。
「私はお前が傷つくのを見たくない!」
少し体を離し、兄上がボクを見つめる。ボクを見る兄上の瞳が悲しげに揺れている。
「ごめんなさい」
ボクがうなだれると、兄上が痛いくらい強くボクを抱きしめた。
「お前が何と言おうと、今日のようなことはもうさせない!」
「兄上……」
兄上に気をもませてしまった。
「もう二度と民の前には立たせない!」
それは困ります。
「それから王に頭を下げ、やつの靴の裏をなめるなど絶対にさせぬからな!」
兄上の声から兄上が怒っているのが伝わってくる。兄上はボクの身を案じて怒ってくださっている。
ボクは兄上の背に手を回す。
「ボクは大丈夫ですから」
靴の裏をなめるのはちょっと抵抗がある。でも、それで領民が救われるならボクはいくらでも頭を下げるし、父上の靴の裏をなめることもいとわない。
「お前がそのような目にあったら、私が平常心ではいられない。お前は私を傷つけたいのか?」
兄上のこの質問はずるい。ボクはヴォルフリック兄上が傷つくのは嫌だ。
「兄上がボクのために傷つくのは嫌です」
「ならば、もうむちゃをするな!」
「それは約束できませ……ん、んんんっっ……!」
兄上がボクの唇をふさぐ。
まだ話し合いの途中だったし、外だし、ひと目もある。
それなのにボクは兄上の口づけを拒めずにいた。それどころか兄上の首に手を回し口づけを受け入れていた。
昨日の午前中にキスしてから、兄上とはキスしていない。ずっとほしかった唇の感触を、拒否できるはずがない。
兄上はずるい、話している途中だったのに、口づけで強制的に終了させるなんて。
でも兄上の唇はとても心地よい。歯列をなめ、舌を絡め取ってほしい、ずっとずっと兄上とキスしていたい!
家令のカールと御者のハンクとルーカスは、ボクとヴォルフリック兄上のキスを見ているだろうか?
ボクたちのキスに耐性があるハンクはともかく、カールとルーカスにはなんて言い訳をしよう?
これはキスじゃないんです、兄上はボクに光の魔力を返そうとしてるだけなんです、いわば人工呼吸のようなものなんです、とは言えないし。言っても理解してはもらえないだろう。
王族特有の兄弟間の愛情表現です、って説明したら信じてくれるかな?
◇◇◇◇◇
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