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二十五話「六つ目の町」

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馬車は王都から数えて六つ目の町に入った。

日がだいぶ傾いていたので、その日はその町の宿に泊まる事にした。

町の入り口にある宿は、昨日泊まった宿よりも小さかった。それでもこの町で一番大きな宿らしい。

王都から離れるほど、街の規模が小さくなり、華やかさが失われていく。

人々の身なりが貧しくなり、治安が悪くなっていく。

山賊だけでなく盗賊やスリにも気をつけるようにと、兄上に注意された。

ハンクが馬車を宿の中庭に停め、宿の部屋を三つ取ってくれた。

昨日は宿に入る直前まで馬車の中で兄上とキスをしていて、キスで腰が砕け、兄上にお姫様抱っこされて部屋に運ばれるという醜態をさらした。

今日は兄上と手を繋いでいただけなので、立って歩ける。

兄上に「お前の容姿は美しいから顔を隠せ」と言われ、フードを目深に被る。

兄上はボクの腰に手を回すと、ボクを人の目から隠すように歩いた。

銀色の髪と紫の目という理由で注目を浴びるのは面倒だと言って、兄上もフードを目深に被る。

それでも兄上の高貴さや、美麗さを隠しきれず、何人かの客がこちらを見てヒソヒソと話していた。

兄上は美しいからどこにいても目立ってしまう。

部屋に入ると「知らない人間が訪ねてきても戸を開けるな、いや私以外には扉を開けるな! ルームサービスだの、火事だの、理由をつけて誰かが訪ねて来ても、絶対にドアを開けるな!」と兄上にくぎをさされた。

王都から離れ、治安が悪くなってきているので兄上が心配するのもしょうがない。仕方ないんだけど……。

「ボクのことが心配なら、ボクの部屋で一緒に寝てください」

ボクの言葉に兄上の顔がほのかに色づく、兄上が口を手で覆いボクから視線をそらした。

「兄上?」

「今日はダメだ、お前を夢中で抱いていて、その隙を突かれ盗賊に襲われても対応できない、シュタイン領につくまで我慢しろ」

兄上がボクの頭をよしよしと撫でる。

「それに今日お前を抱いたら、腰が痛くて困るのはお前だぞ」

兄上に抱きしめられるとボクの腰が痛くなるの? 不思議?

「分かりました、寂しくても我慢します。その代わりシュタイン領に着いたら、ボクのことをいっぱい抱いてくださいね」

兄上とのハグを半日も我慢している。シュタイン領についたらいっぱいハグしてもらいたい。

ボクの言葉を聞いた兄上が深く息を吐いた。

「本当にお前は無邪気な笑顔で私を惑わせる」

兄上がそう言って苦笑した。

ボクは何か兄上の気に障ることを言ってしまっただろうか?


◇◇◇◇◇


一番高い部屋だけあって、一日目も二日目も部屋にお風呂がついていた。

お風呂とトイレに入ってる時が一番危険だと言って、兄上はボクがお風呂に入っている間、お風呂の外で見張りをしてくださる。

旅に出てから兄上は一緒にお風呂に入ってくださらない。

「シュタイン領に着いたら一緒にお風呂に入りましょうね」

と言ったら兄上が困ったように笑っていた。

「私の理性も限界なので、無垢な顔であおるな」

旅に出てから兄上はずっと何かを我慢していらっしゃるようだ。

一体何を我慢していらっしゃるというんだろう?

「兄上無理はしないでくださいね。我慢は体に良くないですよ。ボクは兄上のためなら、ボクにできることなら何でもしますから遠慮なく言ってくださいね」

兄上はボクの頬に手を伸ばし、ボクの頬に触れる前にぐっと握りしめ、ボクから視線を逸らした。

「お前はもうしゃべるな」

どうやら兄上を怒らせてしまったみたいだ。

◇◇◇◇◇


「自分で髪を乾かし、服も自分で着ろ、パジャマぐらい着られるだろ?」

お風呂から上がったら、兄上に冷たく言われてしまった。

兄上は時々すごく冷たい。

王都では「エアネストの服は私が着せる」と言ってくださったのに。

兄上もなれない旅先で疲れてるんだ。わがままを言ってはいけない。

「あれ、これって?」

髪をタオルで乾かしながら開けたトランクの中には、見慣れない服が入っていた。

◇◇◇◇◇
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