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3話「書類と男爵家行きの馬車」

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あくる日、デールは王妃の執務室に再度呼び出された。デールは王妃との養子縁組を解消する書類と、シフ侯爵令嬢との婚約を破棄する書類と、男爵令嬢のペピンと婚姻する書類にサインをした。

デールは書類を読まずに全ての書類にサインした。

もっともデールの元に出された書類はわざと難しい言い回しがされていたので、デールが書類を読んだとしても、内容を理解することは出来なかったのだが。

書類にサインし終わるとデールは執務室を出され、王妃の側近に城の門までつれていかれた。

門の前には立派な馬車が止まっていて、王妃の側近はデールに馬車に乗るように促した。

デールが御者に行き先を尋ねると、御者は「ザイツ男爵家に向かいます」とだけ答えた。

デールはペピンを王太子妃として迎えるためにザイツ男爵家に行くのだと思い込み、なんの疑いもなく馬車に乗り込んだ。

「直に貴方様の生みの母親であるミア様も、ザイツ男爵家へ向かいますよ」

馬車の扉を閉めるとき御者がそう言った。

デールは「それはどういう意味だ?」と御者に尋ねたが、デールの言葉が聞こえなかったのか御者は返事をしなかった。

デールはペピンと結婚出来たことに浮かれていたので、すぐにそのことを忘れてしまった。

デールを乗せた馬車がザイツ男爵家に着くと、ペピンが笑顔で迎えてくれた。

王家から先触れが届き、デールが来ることを知っていたのだ。

デールはペピンを抱きしめ、唇にキスをした。

「ペピン待たせてごめん。ようやく一緒になれるよ。さあともに城に行こう」

デールはペピンの手を取り、乗ってきた馬車に乗り込もうとしたが、馬車はデールがペピンといちゃついている間に、デールを置いて帰ってしまった。

デールは「王太子である俺を置き去りにするとは、なんて無礼な御者だ! 城に帰ったら首にしてやる!」と喚いたが、すでに遠くに行ってしまった馬車には届かなかった。

その三十分後、ミアを乗せた馬車がザイツ男爵家にやってきた。ミアを乗せてきた馬車も、ミアを下ろすとすぐに帰ってしまった。

「ここがザイツ男爵家なの? 小さな家ね、私の実家より小さいわ」

ミアはザイツ男爵の屋敷を見てぼやいた。

ミアの実家のクッパー男爵家は、もう何年も前に無謀な取引に手を出し、破産し、男爵位を国に返上している。ミアはそのことをすっかり忘れていた。

ミアは父親や兄が金の無心に来なくなってスッキリした、ぐらいにしか思っていなかった。

クッパー男爵家が没落した裏に、アロンザの実家のイルク公爵家の存在があることを、ミアが知るはずもない。

ペピンはミアの言い分に実家を馬鹿にされた気がして腹が立ったが、ミアは側妃の身分であり、義理の母親になる人なのでペピンは喉まで出かかった言葉を呑み込んだ。

ペピンはデールの腕に自身の腕を絡め、「どうして馬車が帰ってしまったのかしら? アタシ早く王宮で暮らしたかったのに」と言ってすねた。

「しばらく王太子の仕事を忘れ、ペピンとの新婚気分を味わうための王室の配慮だろう」

デールはそう言ってペピンを宥めた。

言っておくが、デールは城にいたとき仕事など一切していない。

「お城に行ったら王太子妃教育とかあるのかしら? やだ~~面倒くさ~~い」

ペピンが唇を尖らせる。

「そんなことペピンにはさせないよ。高位貴族の娘を側室に迎え仕事だけさせる。俺とペピンは遊んでいればいいんだ。父上と母上がそうしていたようにね」

「素敵~~! デール様、私欲しいアクセサリーとドレスがあるの~~!」

「いいよ、城に戻ったら何でも買ってやる」

二人はそんな会話をしながら屋敷に入って行った。ミアも二人のあとに続いた。

デールとミアはザイツ男爵家での暮らしを満喫していた。

二人はザイツ男爵に城にいたときと同じ待遇を要求し、上級使用人による給仕と、高級な料理やワインを所望した。

ザイツ男爵は「どうせお代は王室が払ってくれる」と思い、上級使用人を雇い、高級な食材を取り寄せ、デールとミアに提供した。

デールとミアが男爵家に滞在して一週間。その間にデールとミアをもてなすために男爵が支払った金は、男爵家の一年の収入を軽く超えていた。

デールとミアが男爵家に訪れて八日目の昼。

デールとミアとペピンが優雅に食事をしていると、ザイツ男爵が血相を変えて部屋に飛び込んできた。

ザイツ男爵はデールの前に跪き尋ねた「城で立太子の儀式が行われておりますが、どういうことですか!」と。

それはデールとペピンとミアとザイツ男爵の見ていた楽しい夢の終わり。終わる事のない長い長い悪夢の始まりであった……。


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