2 / 8
2話「第一王子デール」
しおりを挟む進級パーティーの翌日、デールは王妃であり、養母でもあるアロンザに呼び出された。
ハインツは六年前に原因不明の病を患い、以来寝たきりの生活を送っている。
ハインツが倒れてから執務は全て王妃であるアロンザが行っていた。いや、ハインツが倒れる前から執務は全てアロンザが行っていたのだが、功績はハインツに横取りされていたのだ。
前国王と前王妃が亡くなり、国王であるハインツが病を患っているので、王室の全権は王妃アロンザが握っていた。
愚かなことにデールもミアもそのことに気づいていなかった。
「こたびの責めはデールにあります。今すぐにシフ侯爵家におもむきスフィアに謝罪しなさい」
王妃はデールに命じたが、デールはそれに従わなかった。
「王太子である俺が、なぜ侯爵令嬢のスフィアごときに頭を下げなければならないんだ!」
第一王子にすぎないデールの、王妃への礼儀をかいた態度に、その場にいた者は眉をひそめた。しかしデールはそのことに気づいていない。
そこにデールの生みの親であり、側妃でもあるミアが乗り込んで来た。
「わたしの息子に何をしているの!」
ミアは断りもなく王妃の執務室に入ってきて、身分が上であるアロンザを怒鳴りつけた。
ミアの発言を聞いていた者は「親子揃って礼儀がなっていない」と眉間にシワを寄せた。
「私はデールの母親として息子の間違いを正しておりました。ミア様はお下がりください」
アロンザが冷静な口調でそういうと、デールとミアは顔をしかめた。
「お前なんか母親じゃない! 俺の母親は俺を生んでくれた母上だけだ!」
デールはそう言ってミアに寄り添い、アロンザが母親であることを否定した。
デールは生みの親であるミアと一緒になって、アロンザをなじった。
「アロンザ様、王妃の地位にいるからって調子に乗らないで! デールを生んだのはこのわたしです! あなたなんかハインツ様の寵愛も受けられなかったくせに! 前国王と亡き王太后があなたを仕事だけする道具としてハインツ様の正妻にしたのを知っているんだから!」
「生まれたばかりの俺を母上から引き離し、無理やり自分の養子にした悪魔め! 父上の寵愛が受けられないから、俺を意のままに操って政権を国を掌握するつもりだったんだろうがそうはいかないぞ! 俺が即位したらお前から王族の地位を剥奪し、即刻城から追い出してやる!!」
アロンザは黙って二人の言葉を聞いていた。
アロンザはハインツと結婚してから十八年、ずっと政務をこなしてきた。
イルク公爵家に敵対する貴族も廃してきた。
アロンザはとっくの昔に政権を掌握している。
むしろポンコツなデールを即位させても、デールの尻拭いに追われるだけなので、デールを即位させることはアロンザにまったくメリットはない。
それでもこれまでアロンザがデールを見捨てなかったのは、強制的だったとはいえデールがアロンザの養子だからだ。
アロンザはデールが生まれてからずっと耐えていたが、デールの「俺はペピンとの真実の愛に生きる!」という言葉を聞き、ついにさじを投げた。
アロンザは、デールには何を言っても無駄だと悟ったのだ。
「あなた方の親子の絆に感銘を受けました。私とデールとの養子縁組は速やかに解消します」
「当然だ! ようやく俺を解放する気になったか! 強欲な魔女め!」
「これで名実ともにデールはわたしの子ね!」
王妃に見捨てられたことを理解していない二人は、手を取り合ってはしゃいでいた。
「デール、そんなに真実の愛が大切ならザイツ男爵家の令嬢ペピンと結婚しなさい。ただし後悔しても知りませんよ」
アロンザは冷たく言い放った。
「俺は絶対に後悔しない! 父上のように真実の愛に生きる! いや父上以上に愛する人を大切にする! 俺は愛する人を側妃になんてしない! 正室として迎える! 仕事は適当な女を側室として娶りそいつにやらさせる!」
デールはアロンザを睨みつけそう言い切った。
「ペピンに母上のように日陰者の苦労はさせません!」
「よく言ったわデール!」
デールとミアは手を取り合って笑い合った。
ミアはハインツと結婚して以来、苦労など一度もしたことがないのだが……デールはそのことを知らない。
育児は乳母に丸投げ、教育はアロンザに押し付け、ハインツと二人きりの時間を大切にし、気が向いたときだけデールと遊び、機嫌を取るためにお菓子やおもちゃを与えていたに過ぎない。
このときのデールは、ペピンを正室にし、上位貴族の娘を側妃として迎え、側妃に仕事だけをさせればいいと考えていた。
デールとミアは忘れていた、現国王のハインツは前国王と王太后の間に生まれた嫡子であることを。
デールとミアは知らなかった、十八年前、前国王と王太后がイルク公爵家に何度も頭を下げ、王太后の実家のエーダー公爵家の力を使って貴族に根回しをして、強引にアロンザをハインツの正室として迎え入れたことを。
デールの父親である現国王ハインツは寝たきり。生みの親である側妃は男爵家の出身でなんの力もない。
実質この国の権力を握っているのは王妃であるアロンザで、デールはアロンザの養子になったから権力を振るっていられたことを。
そのアロンザの好意を無下にし、たった今縁を切ってしまったことを。それが何を意味するのか、デールもミアも分かっていなかった。
デールは男爵令嬢のペピンと結婚し、折を見て床にふしている父親に変わって即位し、目障りな王妃を城から追い出し、高位貴族から側妃を迎えて仕事だけさせ、若い頃の両親のように金を湯水のように遣い、王宮で遊んで暮らせると信じて疑わなかった。
そんなうまい話があるわけがないのに……。
☆☆☆☆☆
51
お気に入りに追加
1,134
あなたにおすすめの小説
私が死んだあとの世界で
もちもち太郎
恋愛
婚約破棄をされ断罪された公爵令嬢のマリーが死んだ。
初めはみんな喜んでいたが、時が経つにつれマリーの重要さに気づいて後悔する。
だが、もう遅い。なんてったって、私を断罪したのはあなた達なのですから。
貴方は何も知らない
富士山のぼり
恋愛
「アイラ、君との婚約は破棄させて欲しい。」
「破棄、ですか?」
「ああ。君も薄々気が付いていただろう。私に君以外の愛する女性が居るという事に。」
「はい。」
「そんな気持ちのまま君と偽りの関係を続けていく事に耐えられないんだ。」
「偽り……?」
出て行けと言って、本当に私が出ていくなんて思ってもいなかった??
新野乃花(大舟)
恋愛
ガランとセシリアは婚約関係にあったものの、ガランはセシリアに対して最初から冷遇的な態度をとり続けていた。ある日の事、ガランは自身の機嫌を損ねたからか、セシリアに対していなくなっても困らないといった言葉を発する。…それをきっかけにしてセシリアはガランの前から失踪してしまうこととなるのだが、ガランはその事をあまり気にしてはいなかった。しかし後に貴族会はセシリアの味方をすると表明、じわじわとガランの立場は苦しいものとなっていくこととなり…。
【完結】私の妹を皆溺愛するけど、え? そんなに可愛いかしら?
かのん
恋愛
わぁい!ホットランキング50位だぁ(●´∀`●)ありがとうごさいます!
私の妹は皆に溺愛される。そして私の物を全て奪っていく小悪魔だ。けれど私はいつもそんな妹を見つめながら思うのだ。
妹。そんなに可愛い?えぇ?本当に?
ゆるふわ設定です。それでもいいよ♪という優しい方は頭空っぽにしてお読みください。
全13話完結で、3月18日より毎日更新していきます。少しでも楽しんでもらえたら幸いです。
夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします
希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。
国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。
隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。
「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」
お姉ちゃん今回も我慢してくれる?
あんころもちです
恋愛
「マリィはお姉ちゃんだろ! 妹のリリィにそのおもちゃ譲りなさい!」
「マリィ君は双子の姉なんだろ? 妹のリリィが困っているなら手伝ってやれよ」
「マリィ? いやいや無理だよ。妹のリリィの方が断然可愛いから結婚するならリリィだろ〜」
私が欲しいものをお姉ちゃんが持っていたら全部貰っていた。
代わりにいらないものは全部押し付けて、お姉ちゃんにプレゼントしてあげていた。
お姉ちゃんの婚約者様も貰ったけど、お姉ちゃんは更に位の高い公爵様との婚約が決まったらしい。
ねぇねぇお姉ちゃん公爵様も私にちょうだい?
お姉ちゃんなんだから何でも譲ってくれるよね?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる