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117話「⑩」

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【その必要はない】




頭の中に突然声が響いてきた、この声はヌーヴェル・リュンヌ!?

「よく耐えた、シエル、カルム」

悪竜オードラッへの前に白いローブを纏い、足首まで届く銀色の髪を風になびかせた美しい少女が現れた……いやヌーヴェル・リュンヌの性別はどっちでもないんだった。

とはいえヌーヴェル・リュンヌの姿は女の子にしか見えないから、「少女」と形容しておこう。

「美しい……!」「なんと神々しい……!」「あの少女はいったい……?」

ヌーヴェル・リュンヌの姿を目にした民衆からどよめきが起こる。

「あのお方はヌーヴェル・リュンヌ様、ボワアンピール帝国の守り神だ!」

ノヴァさんが群衆に説明する。

「なんと……! あのお方が!」「ボワアンピール帝国の女神はあのように美々しく神々しいお姿だったのか!!」

庭に集まった民衆がざわめく。

「悪竜オードラッへ、そなた生贄として捧げられていない人間を食したな、そなたは神々の定めた掟に反した、ヌーヴェル・リュンヌの名のもとに、そなたを捕縛する」

ヌーヴェル・リュンヌが空中に光の縄を作り出し、悪竜オードラッへを捕縛した。

「がぁぁぁぁぁああああっっ!!」

悪竜オードラッへが光の縄から逃れようと暴れる。

「無駄だ、そなたの力ではこの縄は切れんよ」

ヌーヴェル・リュンヌが余裕そうな表情で、ほほ笑みを浮かべた。

「地上の者、迷惑をかけた。悪竜オードラッへは天界に連れて帰り裁きにかける、シエル、カルム……それとどこかで聞いておるのであろうヴェルテュ、あとのことは任せたぞ」

ヌーヴェル・リュンヌは悪竜オードラッへを拘束したまま、何処かへと姿を消した。

「すごい、さすが神様……でももうちょっと早く出てきてほしかったな」

ヌーヴェル・リュンヌ様が消えたあとどっと疲れが押し寄せてきた。

足に力が入らず倒れそうになった俺を、ノヴァさんが支えてくれた。

「お疲れ、シエル」

「ノヴァさんこそお疲れ様です、俺ノヴァさんがいなかったら、きっと耐えられませんでした」

俺はノヴァさんの背に手を回した。

「やったぞ! 悪竜オードラッへがいなくなった!!」「ヌーヴェル・リュンヌ様! ありがとうございます!!」「ヌーヴェル・リュンヌ様! 万歳ーー!!」「ザフィーア様! カルム皇子殿下! 万々歳!!」 

庭にいた人たちから「わぁぁぁぁぁぁっっ!!」という歓声が上がる。

ヌーヴェル・リュンヌ様が去ったあと、完全にノヴァさんと二人だけの世界にいたことが恥ずかしくなった。周囲に大勢の人がいたことを忘れていた!

急に現実に戻されて、気恥ずかしくなった。

「ノ、ノヴァさん、お、お城の中に取り残された人がいるかもしれません、さ、探しに行きましょう……」

悪竜オードラッへの攻撃でボロボロになった城を指差す。

お城の中にいた人たちはアインス公爵と私兵が庭に避難させられている、城内にはおそらく誰もいないたろう。

だが俺は庭にいるのが辛かった、このまま庭にいると、民衆に胴上げされそうで怖い。俺は一刻も早くこの場所から逃げ出したかった。

庭にいた人たちから「ありがとうございます!!」と言われ頭を下げられ、「聖女様!」「守り神様!」「勇者様!」と言われ手を合わせられて拝まれた。中には土下座して「ありがたやーー!」と言ってるおじいさんもいた。

やめてくれ、拝まないでくれ! 俺はそんなに大層な人間じゃない!

つうか聖女様って俺のことか? 俺、男なんだけど……英雄とか、賢者とか、なんか他に呼び方なかったのかな?

勇者と呼ばれているノヴァさんはまんざらでもなさそうだった、俺も勇者の称号がほしかったな。



☆☆☆☆☆




――ヴェルテュ・サイド――


水の神子立花葵たちばなあおい闇のオプスキュリテ手錠・マン・セリュールと同じ素材で出来た牢屋に入れたヴェルテュは、新月のヌーヴェル・リュンヌクロシェットを鳴らし「転移」と唱えた。

ヴェルテュが転移した場所は、レーゲンケーニクライヒ国の王宮の裏庭だった。

ヴェルテュが転移したとき、ちょうどヌーヴェル・リュンヌによって悪竜オードラッへが捕縛されたところだった。

「地上の者、迷惑をかけた。悪竜オードラッへは天界に連れて帰り裁きにかける、シエル、カルム……それとどこかで聞いておるのであろうヴェルテュ、あとのことは任せたぞ」

ヌーヴェル・リュンヌの口から自身の名が上がることも、ヴェルテュの計画の内だった。

「聞こえてますよヌーヴェル・リュンヌ様、さてと……最後の仕上げといこうか」

ヴェルテュは崩れかけた王宮へと足を踏み入れた。



☆☆☆☆☆



――シエル・サイド――



「おーい、誰かいませんかーー?」

俺はノヴァさんと共に城の中に入り、生存者がいないか確認している。

多分誰もいないとは思うが万が一ということもある。クローゼットの中や隠し部屋などに隠れていたら、扉の前に物が倒れてきて、扉が開かなくなって閉じ込められてしまった人がいないとは言い切れない。

長い廊下を歩いているとき、ガラッ……と何かが崩れる音がした。

「ザフィーア……? ザフィーアなのか……?」

名前を呼ばれ振り返ると、思いがけない人物がいた。

茶色い髪に黄色い目……王太子エルガー・レーゲンケーニクライヒ。

ぼんくら王太子……生きてたのか、胸糞悪い人間に会ったな。

「アオイに逃げられた、あいつ城にあった金目の物を持って取り巻きを置いて一人で逃げたらしい……なぁやり直さないかザフィーア? オレはアオイに騙されていただけなんだ」

にやけた笑みを浮かべこちらに近づいてくるエルガーに、心底吐き気がした。

何をいまさら調子のいいこと言ってるんだ、このクズカスゴミ王太子は。

「ふざけ……」

エルガーを一発ぶん殴ってやろうとしたとき、視界がグラリと揺れた。

「シエル……!」

ノヴァさんが倒れそうになった俺を支えてくれる。

悪竜オードラッへとの戦いで、いっぱい魔力を使ったから魔力切れを起こしたのかな?

おかしいな魔法力にはまだ余裕が……。

「シエル、大丈夫か?」

俺の頬に触れようとするノヴァさんの手を、そいつはふり払った。

「僕に触れないでください」

ノヴァさんに冷たい視線を向けるこいつを俺は知ってる。

ザフィーアだ、ザフィーアに体を乗っ取られた……。



☆☆☆☆☆
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