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106話「水竜メルクーアの正体」
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【おさらい】
1000年前
シャウアー国に悪竜オー・ドラッヘが現れる。シャウアー国滅亡。
ボスケ国の王子にして大賢者のジェニ・ボスケ、新月の女神ヌーヴェル・リュンヌを召喚。
ヌーヴェル・リュンヌ、悪竜オー・ドラッヘを倒す。
ジェニ・ボスケ大陸を統一、ボワアンピール帝国を建国。
新月の女神ヌーヴェル・リュンヌ、ボワアンピール帝国、帝都フォレ・カピタールの月の神殿に住まう。(現在は新月の夜にだけ帝都にある月の神殿に現れる)
600年前
シャウアー国の跡地に水竜メルクーアが現れる。
シャウアー国の跡地、レーゲンケーニクライヒ国として独立。初代国王フロイデ・レーゲン。
水竜メルクーア、10年起きて90眠る生活を送る。
一年前
立花葵、日本から召喚される。水竜の加護を得て水の神子に。
数日前
ザフィーア・アインス、エルガー王太子から婚約破棄される。
崖から落ちるときザフィーアが死ぬ?ザフィーアの前世の魂竜胆蘭が目覚める。
ノヴァ・シャランジェールと出会い、仮の名シエルと名乗る。
ノヴァとシエルのいちゃいちゃ旅♡
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「水竜メルクーアを消すなんて無理です!
水竜メルクーアはレーゲンケーニクライヒ国の守護竜、人々の信仰を集めているし、すごいパワーを秘めています。人間ではとても太刀打ち出来ません!
それに水竜メルクーアがいるからレーゲンケーニクライヒ国の天候は安定しているんです、それを消すなんて……!」
水竜メルクーアを消したらレーゲンケーニクライヒ国がどうなるか。
「くッくくく……アハハハ!」
突如皇太子が高笑いを始めた。俺何か変なこと言ったかな?
「すまないシエルくんの言ったことがあまりにもおかしくてね。まさか君は水竜メルクーアがレーゲンケーニクライヒ国の天候を安定させる神聖な竜だと信じているわけじなないよね?」
違うのか?
「百五十人……昨年水竜メルクーアの生贄に捧げられた人の数だ」
「「…………っ!!」」
水竜メルクーアに生贄が捧げられていた……?! しかも百五十人も!
「今年はその倍の三百人が復活祭に水竜メルクーアに生贄として捧げられる」
「三百人も……!」
「メルクーアが目覚めている十年の間にどれだけの人間が彼の胃に入ることになるのかな……? せっかくだからこの機会に水竜メルクーアの真実を教えてあげるよ」
水竜メルクーアの真実、レーゲンケーニクライヒ国の天候を安定させてくれる聖竜じゃないのか?
「千年前、この大陸を荒らし回った悪竜オー・ドラッヘを知っているね?」
「はい」
千年前、レーゲンケーニクライヒ国の土地にはシャウアー国があった。シャウアー国はオー・ドラッヘによって滅ぼされた。
「大賢者ジェニ・ボスケが新月の女神ヌーヴェル・リュンヌを召喚し、ヌーヴェル・リュンヌが悪竜オー・ドラッヘを倒したことも知っているよね?」
「はい」
歴史の授業で習うことだ。
「じゃあこれは知っているかな? 悪竜オー・ドラッヘは死んでいなかった。シャウアー国の跡地の地下深くに潜り四百年眠っていた」
「えっ……!」
悪竜オー・ドラッヘが生きていた。
「鱗の色を黒から水色に変え、名をオー・ドラッヘからメルクーアと変えて再び地上に現れた」
まじか……! 今まで神と崇めていた竜はかつて大陸を震撼させた悪竜だった!
「だけど水竜メルクーアが現れてからレーゲンケーニクライヒ国の天候が安定したのは事実です。
ヌーヴェル・リュンヌの加護が薄かったシャウアー国の跡地では、メルクーアが現れるまで天候が荒れ、大地は干上がり、ひえやあわぐらいしか育たなかった」
「それはメルクーアが大地のエネルギーを食べていたからだよ」
「ふえっ?」
メルクーアが大地のエネルギーを食べていた??
「愚かだよね、自国のエネルギーを喰らい大地を干上がらせていた相手を神と敬い、国民を生贄として捧げてきたなんて」
それが本当だとしたらレーゲンケーニクライヒ国の民は、自分たちを苦しめいた相手に塩を送ったことになる。
「おかしいと思ったことはないかな? メルクーアは九十年眠り、十年起きるという不規則な生活を送っている。メルクーアが寝ている間は天候が安定しているのに、起きている間は天候が乱れることに」
「そ、それは……!」
レーゲンケーニクライヒ国にいたときは一度も疑問に感じたことはなかった。レーゲンケーニクライヒ国では水竜メルクーアとメルクーアの使いである水の神子に対し、悪い感情を持つことは禁じられている。
水竜メルクーアの存在に異を唱えることが許されていない。
恥ずかしいが、水竜メルクーアの存在に疑問を持ったのは神子にはめられ、国を追われ、ボワアンピール帝国に来てからだ。
「ヌーヴェル・リュンヌに負わされた傷が癒え、大地のエネルギーを食べることに飽きたメルクーアは、昔のように人を食べたくなった。しかしかつてしたように村を襲い、雷を落とし、川を氾濫させ、人を喰らったのでは神界の神々に目をつけられてしまう」
皇太子が淡々と説明する。
「水竜メルクーアは知恵を絞った、そしてグレーゾーンに目をつけた」
「グレーゾーン?」
それはいったい?
「黒でも白でもない領域のことだよ。メルクーアは雨を降らせ大地を潤わせることでレーゲンケーニクライヒ国の神として君臨した。代償として王に民を生贄として捧げることを要求した」
生贄には国王が関与しているのか。国王の許可なくそんなことができる訳ないか。
「でもそれって、グレーゾーンっていうより真っ黒なんじゃ?」
村を襲って人を食べるのも、生贄として捧げられた人を食べるのも、人を食べるという行為としては同じだ。
「僕もそう思うんだけどね、神様の見解は違うらしい。人々が自らの意思で生贄を捧げ、それを食することは神々の世界ではグレーゾーンとされ処分の対象にならない」
皇太子は淡々と話していた。その目には怒りが舎っているように見えた。
皇太子も生贄については怒りを感じているようだ。
「この六百年の間に、レーゲンケーニクライヒ国に攫われたボワアンピール帝国の民の数は千人を超える」
「それは本当ですか! 兄上?」
今まで黙っていたノヴァさんが口を開いた。皇子として自国の民が犠牲になっていたことは我慢できないらしい。
「ある者は旅の行商人としてレーゲンケーニクライヒ国を訪れているときに神隠しにあい、ある者は冒険者として活動しているときに行方不明になり、ある者は村ごと攫われた」
レーゲンケーニクライヒ国の民だけでなく、ボワアンピール帝国の民まで生贄にされていたのか。
「千人というのは分かっている数だけでだ……本当はもっと多い」
いったい何人の人がメルクーアに喰われたんだ。そんな奴を今まで神として祀っていたなんて!
「君たちにはレーゲンケーニクライヒ国に行って、今回生贄として捧げられる三百人の民を救い出して欲しい」
皇太子がオレたちの目を見据える。
「ある農村で平和に暮らしていた何の罪も無い人たちだ。長い間村に雨が降らず大地が干上がり飢えに苦しんでいた。王都に来れば仕事を与えると言われ、泣く泣く住み慣れた村を捨てた。王都に着いてからメルクーアの生贄にされることを知らされたときには後戻り出来なかった、無知で愚かで哀れな民だ」
水の神子がいるのに長い間村に雨が降らなかった?
「察しのいい君たちなら分かるだろう? メルクーアと神子がわざと村に雨を降らせなかったのさ、村人が村を捨て王都に移住するしかなくなるようにね」
この件には神子も噛んでいるのか?
「代々の神子は生贄を集めることに関わってきた。皆それで心を病んだらしいが、当代の神子タチバナアオイには良心の呵責はないらしい。むしろ生き生きと生贄を集めていると報告を受けている」
あの神子ならありえるな。卒業パーティーでザフィーアが拘束されたとき、口角を上げていた神子の姿を思い出す。
「ついでだから神子の本性を教えよう。ザフィーア・アインスに冤罪を着せたのは神子だ。王太子のエルガーをそそのかしてザフィーアへの断罪イベントを計画したのも神子」
そんなことだろうとは思ってた。王太子のエルガーにあれだけの事を企てる度胸も頭もない。
「それから牢屋にいるザフィーア・アインスを無頼な輩に性的な意味で襲わせようと計画していたらしい、アインス公爵によって未然に防がれたけどね」
「兄上! 今なんとおっしゃいました!!」
ノヴァさんが眉根を寄せ、額にいくつもの怒りマークを作った。
ノヴァさんの怒りで空気がビリビリと振動している。
「神子はね何度もザフィーア・アインスくんを性的な意味で襲う計画を立てているんだよ。国外れの教会に移送されるザフィーアくんを、護衛の兵士を買収して襲わせようともした」
あのときの兵士がザフィーアに剣を向けたのは、殺す目的じゃなく、性的な意味で襲う目的だったのか?!
「殺す! 水の神子タチバナアオイ! 絶対に殺すッッ!!」
ノヴァさんの体から怒りのオーラが溢れていた。未遂とはいえ、ザフィーアを性的な意味で襲う計画が立てられていたのが許せないらしい。
「ノヴァさん落ち着いて下さい!」
俺はなんとかノヴァさんをなだめ、怒りを鎮めることに成功した。
「カルムが水の神子を殺す気持ちになってくれて嬉しいよ」
皇太子がくすりと笑う。
さっきから皇太子の手のひらの上で踊らされている気がする。
「それからシエルくん、ザフィーア・アインスの父、アインス公爵はこちらの味方だよ」
「えっ?」
牢屋にいるザフィーアを罵り、頬をひっぱたいたあの公爵が味方?
「神子の目を欺くために牢屋ではザフィーアくんにわざと冷たい態度をとった。神子の計画に気づいたアインス公爵は、ザフィーアくんが襲われないように一晩中牢屋の前で番をしていたんだよ」
牢屋にいるザフィーアを性的な意味で襲うという神子の計画が未遂に終わったのは、アインス公爵が守ってくれたからだったのか。
「アインス公爵は王太子を説得し、ザフィーアくんの拷問をなくし、国境近くの教会で数年謹慎するだけでいいようにザフィーアくんの罰を軽減した」
アインス公爵、実はいい奴?
「ザフィーアくんを教会に移送する兵士が神子に買収されたのを知り、信頼出来る部下を送り込んだ」
「えっ?」
「アモルド・ジーゲルという兵だよ。神子に買収された兵士を殺し、ザフィーアくんと共にボワアンピール帝国に逃げる手はずになっていた。ザフィーアくんが崖から身を投げてしまったから、アインス公爵の計画は潰れたけど」
そうだったのか……アインス公爵を誤解していた。息子思いのいい親父じゃないか。
「アモルド・ジーゲルはザフィーアくんの護衛を何度かしていたけど、覚えてないかな? レンガ色の髪に灰色の瞳の若い兵士だよ」
レンガ色の髪に灰色の瞳の若い兵士……?
「全然覚えてません」
ザフィーアの記憶をたどっても全く分からない。教会まで移送されるときそんな兵士がいたような気がするが、顔は思い出せない。
「それはアモルドくんも気の毒に……」
皇太子が苦笑いを浮かべる。
「私はアインス公爵の計画が頓挫して良かったと思っている、ザフィーアが崖に身を投げたからシエルが目覚め、シエルが川で溺れていたから私はシエルと出会えた」
ノヴァさんが俺の腰に手を添え、髪にキスをした。
「俺もです、ノヴァさん」
死んだザフィーアには悪いが、ザフィーアの心が死んでくれたからノヴァさんに会えた。俺はその幸運に感謝した。
「ザフィーア・アインスがあの日あの場所から川に落ちるのは決定事項だったしね」
決定事項? どういう意味だ?
もしかして皇太子もここが漫画の世界だと知ってる??
「カルムとシエルくんにやって欲しいことは、生贄になる三百人を救出し、アインス公爵と一緒に、国王と神子を国民の前で断罪することだ。国王と神子が生贄を水竜メルクーアに捧げていたと分かれば国民も目を覚ますだろう」
またサラッとすごいことを言ってくれたな。
「神子は王太子の婚約者を自称をしながら、見目の良い男たちと通じていたからね、その辺も断罪の材料になるだろう。性行為に対して厳格な考えを持ってるレーゲンケーニクライヒ国の民にとってふしだらな神子というのは体裁が悪いだろうしね」
まじか水の神子はそんなことまでしていたのか。
「水竜メルクーアは?」
生贄を奪われてお預けされて、おとなしくしてるだろうか?
「それは国王と国民の出方しだいかな」
皇太子が足を組み換え、意味有りげな笑みを浮かべた。
1000年前
シャウアー国に悪竜オー・ドラッヘが現れる。シャウアー国滅亡。
ボスケ国の王子にして大賢者のジェニ・ボスケ、新月の女神ヌーヴェル・リュンヌを召喚。
ヌーヴェル・リュンヌ、悪竜オー・ドラッヘを倒す。
ジェニ・ボスケ大陸を統一、ボワアンピール帝国を建国。
新月の女神ヌーヴェル・リュンヌ、ボワアンピール帝国、帝都フォレ・カピタールの月の神殿に住まう。(現在は新月の夜にだけ帝都にある月の神殿に現れる)
600年前
シャウアー国の跡地に水竜メルクーアが現れる。
シャウアー国の跡地、レーゲンケーニクライヒ国として独立。初代国王フロイデ・レーゲン。
水竜メルクーア、10年起きて90眠る生活を送る。
一年前
立花葵、日本から召喚される。水竜の加護を得て水の神子に。
数日前
ザフィーア・アインス、エルガー王太子から婚約破棄される。
崖から落ちるときザフィーアが死ぬ?ザフィーアの前世の魂竜胆蘭が目覚める。
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ノヴァとシエルのいちゃいちゃ旅♡
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「水竜メルクーアを消すなんて無理です!
水竜メルクーアはレーゲンケーニクライヒ国の守護竜、人々の信仰を集めているし、すごいパワーを秘めています。人間ではとても太刀打ち出来ません!
それに水竜メルクーアがいるからレーゲンケーニクライヒ国の天候は安定しているんです、それを消すなんて……!」
水竜メルクーアを消したらレーゲンケーニクライヒ国がどうなるか。
「くッくくく……アハハハ!」
突如皇太子が高笑いを始めた。俺何か変なこと言ったかな?
「すまないシエルくんの言ったことがあまりにもおかしくてね。まさか君は水竜メルクーアがレーゲンケーニクライヒ国の天候を安定させる神聖な竜だと信じているわけじなないよね?」
違うのか?
「百五十人……昨年水竜メルクーアの生贄に捧げられた人の数だ」
「「…………っ!!」」
水竜メルクーアに生贄が捧げられていた……?! しかも百五十人も!
「今年はその倍の三百人が復活祭に水竜メルクーアに生贄として捧げられる」
「三百人も……!」
「メルクーアが目覚めている十年の間にどれだけの人間が彼の胃に入ることになるのかな……? せっかくだからこの機会に水竜メルクーアの真実を教えてあげるよ」
水竜メルクーアの真実、レーゲンケーニクライヒ国の天候を安定させてくれる聖竜じゃないのか?
「千年前、この大陸を荒らし回った悪竜オー・ドラッヘを知っているね?」
「はい」
千年前、レーゲンケーニクライヒ国の土地にはシャウアー国があった。シャウアー国はオー・ドラッヘによって滅ぼされた。
「大賢者ジェニ・ボスケが新月の女神ヌーヴェル・リュンヌを召喚し、ヌーヴェル・リュンヌが悪竜オー・ドラッヘを倒したことも知っているよね?」
「はい」
歴史の授業で習うことだ。
「じゃあこれは知っているかな? 悪竜オー・ドラッヘは死んでいなかった。シャウアー国の跡地の地下深くに潜り四百年眠っていた」
「えっ……!」
悪竜オー・ドラッヘが生きていた。
「鱗の色を黒から水色に変え、名をオー・ドラッヘからメルクーアと変えて再び地上に現れた」
まじか……! 今まで神と崇めていた竜はかつて大陸を震撼させた悪竜だった!
「だけど水竜メルクーアが現れてからレーゲンケーニクライヒ国の天候が安定したのは事実です。
ヌーヴェル・リュンヌの加護が薄かったシャウアー国の跡地では、メルクーアが現れるまで天候が荒れ、大地は干上がり、ひえやあわぐらいしか育たなかった」
「それはメルクーアが大地のエネルギーを食べていたからだよ」
「ふえっ?」
メルクーアが大地のエネルギーを食べていた??
「愚かだよね、自国のエネルギーを喰らい大地を干上がらせていた相手を神と敬い、国民を生贄として捧げてきたなんて」
それが本当だとしたらレーゲンケーニクライヒ国の民は、自分たちを苦しめいた相手に塩を送ったことになる。
「おかしいと思ったことはないかな? メルクーアは九十年眠り、十年起きるという不規則な生活を送っている。メルクーアが寝ている間は天候が安定しているのに、起きている間は天候が乱れることに」
「そ、それは……!」
レーゲンケーニクライヒ国にいたときは一度も疑問に感じたことはなかった。レーゲンケーニクライヒ国では水竜メルクーアとメルクーアの使いである水の神子に対し、悪い感情を持つことは禁じられている。
水竜メルクーアの存在に異を唱えることが許されていない。
恥ずかしいが、水竜メルクーアの存在に疑問を持ったのは神子にはめられ、国を追われ、ボワアンピール帝国に来てからだ。
「ヌーヴェル・リュンヌに負わされた傷が癒え、大地のエネルギーを食べることに飽きたメルクーアは、昔のように人を食べたくなった。しかしかつてしたように村を襲い、雷を落とし、川を氾濫させ、人を喰らったのでは神界の神々に目をつけられてしまう」
皇太子が淡々と説明する。
「水竜メルクーアは知恵を絞った、そしてグレーゾーンに目をつけた」
「グレーゾーン?」
それはいったい?
「黒でも白でもない領域のことだよ。メルクーアは雨を降らせ大地を潤わせることでレーゲンケーニクライヒ国の神として君臨した。代償として王に民を生贄として捧げることを要求した」
生贄には国王が関与しているのか。国王の許可なくそんなことができる訳ないか。
「でもそれって、グレーゾーンっていうより真っ黒なんじゃ?」
村を襲って人を食べるのも、生贄として捧げられた人を食べるのも、人を食べるという行為としては同じだ。
「僕もそう思うんだけどね、神様の見解は違うらしい。人々が自らの意思で生贄を捧げ、それを食することは神々の世界ではグレーゾーンとされ処分の対象にならない」
皇太子は淡々と話していた。その目には怒りが舎っているように見えた。
皇太子も生贄については怒りを感じているようだ。
「この六百年の間に、レーゲンケーニクライヒ国に攫われたボワアンピール帝国の民の数は千人を超える」
「それは本当ですか! 兄上?」
今まで黙っていたノヴァさんが口を開いた。皇子として自国の民が犠牲になっていたことは我慢できないらしい。
「ある者は旅の行商人としてレーゲンケーニクライヒ国を訪れているときに神隠しにあい、ある者は冒険者として活動しているときに行方不明になり、ある者は村ごと攫われた」
レーゲンケーニクライヒ国の民だけでなく、ボワアンピール帝国の民まで生贄にされていたのか。
「千人というのは分かっている数だけでだ……本当はもっと多い」
いったい何人の人がメルクーアに喰われたんだ。そんな奴を今まで神として祀っていたなんて!
「君たちにはレーゲンケーニクライヒ国に行って、今回生贄として捧げられる三百人の民を救い出して欲しい」
皇太子がオレたちの目を見据える。
「ある農村で平和に暮らしていた何の罪も無い人たちだ。長い間村に雨が降らず大地が干上がり飢えに苦しんでいた。王都に来れば仕事を与えると言われ、泣く泣く住み慣れた村を捨てた。王都に着いてからメルクーアの生贄にされることを知らされたときには後戻り出来なかった、無知で愚かで哀れな民だ」
水の神子がいるのに長い間村に雨が降らなかった?
「察しのいい君たちなら分かるだろう? メルクーアと神子がわざと村に雨を降らせなかったのさ、村人が村を捨て王都に移住するしかなくなるようにね」
この件には神子も噛んでいるのか?
「代々の神子は生贄を集めることに関わってきた。皆それで心を病んだらしいが、当代の神子タチバナアオイには良心の呵責はないらしい。むしろ生き生きと生贄を集めていると報告を受けている」
あの神子ならありえるな。卒業パーティーでザフィーアが拘束されたとき、口角を上げていた神子の姿を思い出す。
「ついでだから神子の本性を教えよう。ザフィーア・アインスに冤罪を着せたのは神子だ。王太子のエルガーをそそのかしてザフィーアへの断罪イベントを計画したのも神子」
そんなことだろうとは思ってた。王太子のエルガーにあれだけの事を企てる度胸も頭もない。
「それから牢屋にいるザフィーア・アインスを無頼な輩に性的な意味で襲わせようと計画していたらしい、アインス公爵によって未然に防がれたけどね」
「兄上! 今なんとおっしゃいました!!」
ノヴァさんが眉根を寄せ、額にいくつもの怒りマークを作った。
ノヴァさんの怒りで空気がビリビリと振動している。
「神子はね何度もザフィーア・アインスくんを性的な意味で襲う計画を立てているんだよ。国外れの教会に移送されるザフィーアくんを、護衛の兵士を買収して襲わせようともした」
あのときの兵士がザフィーアに剣を向けたのは、殺す目的じゃなく、性的な意味で襲う目的だったのか?!
「殺す! 水の神子タチバナアオイ! 絶対に殺すッッ!!」
ノヴァさんの体から怒りのオーラが溢れていた。未遂とはいえ、ザフィーアを性的な意味で襲う計画が立てられていたのが許せないらしい。
「ノヴァさん落ち着いて下さい!」
俺はなんとかノヴァさんをなだめ、怒りを鎮めることに成功した。
「カルムが水の神子を殺す気持ちになってくれて嬉しいよ」
皇太子がくすりと笑う。
さっきから皇太子の手のひらの上で踊らされている気がする。
「それからシエルくん、ザフィーア・アインスの父、アインス公爵はこちらの味方だよ」
「えっ?」
牢屋にいるザフィーアを罵り、頬をひっぱたいたあの公爵が味方?
「神子の目を欺くために牢屋ではザフィーアくんにわざと冷たい態度をとった。神子の計画に気づいたアインス公爵は、ザフィーアくんが襲われないように一晩中牢屋の前で番をしていたんだよ」
牢屋にいるザフィーアを性的な意味で襲うという神子の計画が未遂に終わったのは、アインス公爵が守ってくれたからだったのか。
「アインス公爵は王太子を説得し、ザフィーアくんの拷問をなくし、国境近くの教会で数年謹慎するだけでいいようにザフィーアくんの罰を軽減した」
アインス公爵、実はいい奴?
「ザフィーアくんを教会に移送する兵士が神子に買収されたのを知り、信頼出来る部下を送り込んだ」
「えっ?」
「アモルド・ジーゲルという兵だよ。神子に買収された兵士を殺し、ザフィーアくんと共にボワアンピール帝国に逃げる手はずになっていた。ザフィーアくんが崖から身を投げてしまったから、アインス公爵の計画は潰れたけど」
そうだったのか……アインス公爵を誤解していた。息子思いのいい親父じゃないか。
「アモルド・ジーゲルはザフィーアくんの護衛を何度かしていたけど、覚えてないかな? レンガ色の髪に灰色の瞳の若い兵士だよ」
レンガ色の髪に灰色の瞳の若い兵士……?
「全然覚えてません」
ザフィーアの記憶をたどっても全く分からない。教会まで移送されるときそんな兵士がいたような気がするが、顔は思い出せない。
「それはアモルドくんも気の毒に……」
皇太子が苦笑いを浮かべる。
「私はアインス公爵の計画が頓挫して良かったと思っている、ザフィーアが崖に身を投げたからシエルが目覚め、シエルが川で溺れていたから私はシエルと出会えた」
ノヴァさんが俺の腰に手を添え、髪にキスをした。
「俺もです、ノヴァさん」
死んだザフィーアには悪いが、ザフィーアの心が死んでくれたからノヴァさんに会えた。俺はその幸運に感謝した。
「ザフィーア・アインスがあの日あの場所から川に落ちるのは決定事項だったしね」
決定事項? どういう意味だ?
もしかして皇太子もここが漫画の世界だと知ってる??
「カルムとシエルくんにやって欲しいことは、生贄になる三百人を救出し、アインス公爵と一緒に、国王と神子を国民の前で断罪することだ。国王と神子が生贄を水竜メルクーアに捧げていたと分かれば国民も目を覚ますだろう」
またサラッとすごいことを言ってくれたな。
「神子は王太子の婚約者を自称をしながら、見目の良い男たちと通じていたからね、その辺も断罪の材料になるだろう。性行為に対して厳格な考えを持ってるレーゲンケーニクライヒ国の民にとってふしだらな神子というのは体裁が悪いだろうしね」
まじか水の神子はそんなことまでしていたのか。
「水竜メルクーアは?」
生贄を奪われてお預けされて、おとなしくしてるだろうか?
「それは国王と国民の出方しだいかな」
皇太子が足を組み換え、意味有りげな笑みを浮かべた。
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