BL「幼なじみに婚約破棄された僕が、隣国の皇子に求婚されるまで」第9回BL小説大賞、奨励賞受賞作品

まほりろ

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102話「皇太子ヴェルテュ・ボワアンピール」

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「ノヴァさん、ボワアンピール帝国の皇子様だったんですか? それにカルムって……!」

「すまない、帝都に着いたら教えるつもりだった。冒険者のノヴァ・シャランジェールは仮の名、私の本当の名はカルム・ボワアンピール、ボワアンピール帝国の第二皇子だ」

ノヴァさんが俺の手を取り、俺の目を真っ直ぐに見つめる。

「皇子の私は嫌いか?」

ノヴァさんが悲しげに眉を下げる。

「俺は冒険者のノヴァさんも、皇子様のカルム様もどちらも好きです」

そう伝えるとノヴァさんが破顔した。

「それに俺もノヴァさんに伝えていないことが……」

自分の口で伝えたい本当のことを、俺の身に起きた全てを。

「君の名前はザフィーア・アインス、アインス公爵家の一人息子で、レーゲンケーニクライヒ国の王太子エルガー・レーゲンケーニクライヒの婚約者……そうだろ?」

皇太子殿下の言葉に心臓に氷の杭が刺さったようにヒヤリとした。

「ご挨拶が遅れたね、僕の名前はヴェルテュ・ボワアンピール、ボワアンピール帝国の皇太子でカルムの兄だよ。今は病弱な父に代わり代理政権をしている」

玉座に座る美麗の青年がノヴァさん兄で、この国の皇太子。

「皇太子なのに玉座に座ってるなんて不思議だよね? でも僕が皇帝だとカルムは【皇子】ではなく【皇弟】になってしまうからね、そうなるとタイトルが変わってしまうだろ? だから皇帝を病弱設定にして、僕に代理政権をさせているのさ、お粗末な設定だよね」

皇太子が口に手を当ててクスクスと笑う。

タイトルとか設定とかなんの話をしているんだ?

それより、皇太子殿下は俺のことを【ザフィーア・アインス】と呼んだ。

エルガー王太子の婚約者だということも知られている。皇太子はどこまで知っているんだ?

「君はレーゲンケーニクライヒ国で神のように信仰される水の神子を嫉妬から害そうとし、王太子に婚約破棄され、王都ヴァッサーを追われた」

「それは……」

皇太子視線は目から吹雪でも出しているように冷たかった。

「国外れの教会に移送される途中で川に飛び込み兵士から逃げ、溺れているところを偶然通りかかったカルムに助けられた。国で犯した罪を知られたくなかった君はカルムに名を聞かれとっさに【シエル】という偽りの名を名乗った」

心臓がどくどくと嫌な音を立てる。皇太子殿下の言っていることに偽りはない。

でも違う、俺は……いやザフィーアは神子を害してなんかいない。冤罪を着せられたんだ。

川に身を投げたのだって、兵士に襲われ生きることに絶望したからで、逃走目的じゃない。

「レーゲンケーニクライヒ国の王太子は随分手が早いようだね、性は害悪、子作りのために仕方なくと言われるレーゲンケーニクライヒ国で、婚姻前に神子と情を交わしたんだから。噂はボワアンピールにも届いているよ」

王太子エルガーの素行の悪さはボワアンピール帝国でも有名らしい。

「君はその王太子の婚約者だったんだろ? しかも生まれる前からの婚約者で、君は王太子を慕っていた」

「違っ……!」

王太子エルガーを慕っていたのは【ザフィーア】で【シエル】じゃない!

はじらい死ティミディテ・モー草の解毒治療のためとはいえ、会って間もないカルムに簡単に体を開くなんてね。解毒治療は一度でいいのに、行く先ざきの街や宿場で体を交えていたそうじゃないか。本当にカルムと会うまで処分だったのかな?」

「それは……」

この人はどこまで知っているんだ? 俺とノヴァさんの関係を。

「君と会うまでカルムは奥手で男にも女にも興味がなく、清く正しく生きていたんだ。カルムを発情した雄犬のように変えたのは君かな?」

ノヴァさんは俺と会うまで清く正しく美しく生きていたのか、もしかしてノヴァさん俺と出会ったとき童貞だった?

「処女だった少年が解毒治療のあと、性行為に夢中になり出会って間もない男と毎晩セックスするなんて考えられない。君は自国にいたとき婚約者の王太子と通じて処女を喪失していたんじゃないのかい?」

「違います! そんなことありません!」

確かにザフィーアは王太子のエルガーに惚れていた! だけど手も握らせてない! ザフィーアはレーゲンケーニクライヒ国の教えを守って潔癖なくらい清く生きていた! 婚前にアホ王子と通じるなんて絶対にない!

「ノヴァさん信じて……! 俺はノヴァさんと会うまで処女だったよ! 確かに王太子とは婚約してた、だけどそれは親同士が生まれる前に決めた政略的な婚約だ! エルガー王子には手すら握らせてない!」

ノヴァさんは呆然としながら俺の話を聞いていた。

本当は全部俺の口から伝えたかった。ノヴァさんのお兄さんの口からこんな風に伝えられるなんて……!

「ザフィーア・アインスが王太子エルガーに惚れていたのは、レーゲンケーニクライヒ国では有名だったようだけどね」

皇太子殿下が話に割り込んでくる。

「確かに……でもそれは俺じゃなくて、ザフィーアで、俺はエルガーなんか一ミリも興味ないし、浮気者のアホ王子なんて全然好きじゃない!」

上手く説明できない。俺《竜胆蘭》じゃなくて、ザフィーアが惚れていたなんてどうやって説明したらいいんだ?

「レーゲンケーニクライヒ国を追われたのは神子にはめられて冤罪を着せられたからで、ザフィーアは神子を害してない! 崖から飛び降りたのも、護衛の兵士に襲われて、生きることに失望してたからで、いわば自殺で……逃げるためじゃなかった!」

お願いノヴァさん俺の言葉を信じて!

「ザフィーア・アインスはそのとき死んだんだ! 好きだった婚約者に裏切られて失意のままに自殺した! 俺は川で溺れているとき前世の記憶を取り戻した……」

こんな荒唐無稽の話を信じてもらえるか分からない。でもちゃんと説明しなくちゃ!

「俺の名前は【竜胆蘭りんどうらん】! ザフィーアの前世の人格です! 竜胆蘭は日本という平和な国に暮らす高校生でした。俺は前世の記憶を取り戻してすぐノヴァさんに出会ってノヴァさんを好きになった!」

ノヴァさんはずっと無言でいる。前世の記憶を持ってるとか言われても戸惑うだけだよな。

「俺はノヴァさんのことが好きだよ! 愛してる! 前世も含めて愛した人はノヴァさんだけだよ!」

ん? 前世も含めて? 自分で言った言葉に戸惑いを隠せない。俺は竜胆蘭だったときノヴァさんに会ってる??

何か思い出しそうで、でも霧がかかったみたいになってる。

竜胆蘭として生きていたときの記憶が蘇る。お姉ちゃんが同人誌を処分しようとしていて……その本の表紙にノヴァさんが描かれていたような……。

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