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九十四話「アモルド・ジーゲル③」
しおりを挟むーーアモルド・ジーゲルーー
清楚で可憐な純白の花、降ったばかりの雪のうよに汚れのない存在。天上に住まう天使よりも清らかな、ザフィーア様を初めてみたのは王宮でだった。
白百合のような横顔、華奢な体型に愛らしいお顔、筆頭公爵家の令息にふさわしい凛とした佇まい。
婚約者である王太子にも結婚するまでは指一本触れさせない、高潔な態度。
妖精の国に住む妖精よりも、森に住む精霊よりも、あの方は気高く美しい。あの方ほど高潔な魂を持った方を見たことがない。
わたしはザフィーア様に恋していた。いや恋などという生々しいものではない、あのお方にそのような感情を抱くことは罪だ!
わたしはザフィーア様を崇拝していたのだ。
だが一介の兵にすぎないわたしが、王太子の婚約者であるザフィーア様を崇拝しているなど、口に出すことは出来ない。
わたしには遠くからザフィーア様のお姿を拝見し、ザフィーア様の幸せを願うことしか出来なかった。
◇◇◇◇◇
ザフィーア様が王太子に婚約破棄され、牢屋に入れられたと知ったとき、私は王太子に激しい怒りを覚えた!
あのような凡庸な男が、国王の長子に生まれたというだけで、ザフィーア様の婚約者になったという事実だけでも腹立たしいのに! ザフィーア様を皆の前で断罪し、婚約を破棄しただと!
何様のつもりだ! 絶対に許さん!
ザフィーア様が会場から連れ出されたあと、王太子は神子を新しい婚約者にするとのたまっていたらしい!
生まれたときからの婚約者との婚約を破棄した直後に、他の者との婚約を発表するなど、なんと節操のない男だ!
ザフィーア様が王太子に婚約破棄を突きつけるなら分かる! 王太子にザフィーア様はもったいない! 王太子がザフィーア様よりも勝っているのは身分ぐらいのものだ。
皆の前で婚約者に裏切られザフィーア様はさぞ傷つかれただろう! ザフィーア様のお気持ちを考えると胸が張り裂けそうになる!
おのれ王太子と神子め! 二人とも雷にうたれて死んでしまえ!
牢屋に入れられたザフィーア様をどうやって救出しようか思案しているとき、あのお方が現れた。
ザフィーア様と同じ、金色の髪、青い目、だが顔は似ていない。ザフィーア様は母上様に似たらしい。
アインス公爵からは、一度だけ国王主催のパーティー会場でザフィーア様の護衛を頼まれたことがある。
ザフィーア様に気づかれぬように、付かず離れずの距離でザフィーア様を見守る仕事だった
めったにないザフィーア様のご尊顔を近くで拝める機会に、舞い上がったのを覚えている。
しかしなぜ筆頭公爵のアインス公爵が、このタイミングで一介の兵士であるわたしの前に現れたのか?
ザフィーア様の護衛をつとめたのは一度きり、それも二年も前のことだというのに。
「アモルド・ジーゲルだな」
「はい!」
厳つい見た目から発せられる低く鋭い声、公爵の身分になるとただ立っているだけでも威圧感がある。
崇拝する方の父上に失礼がないように、わたしは姿勢を正した。
「お前に頼みがある」
「はい!」
「お前にしか頼めない重大な仕事だ、受けてくれるか?」
「はい! もちろんです!」
「いい返事だ」
アインス公爵が口角を上げる。
依頼の内容は分からない、だがこのタイミングでわたしのようないち兵士に頼るということは、ザフィーア様に関わることだろう。
わたしに断るという選択肢はなかった。
「ザフィーアが王太子に婚約破棄され、あらぬ罪を着せられ、牢屋に入れられたのはしっているな?」
「はい、存じております!」
どうやってザフィーア様を脱獄させるか考えていたところだ。
「この国にいれば、ザフィーアは神子の手にかかり近いうちに殺されるだろう」
くそっ! 神子め! ザフィーア様に無実の罪を着せ名誉を傷つけるだけでは飽き足らず、命まで奪うつもりかっ!
「それもただ殺されるだけではない、ならず者どもに陵辱されてから殺されるだろう」
「なんと罰当たりな!」
あんな清らかな方を陵辱すると言うのか! 絶対に許せん!!
心の中に神子に対する殺意が湧いた。
「お前はザフィーアをどう思っている?」
アインス公爵の問に一瞬面食らう。
わたしがザフィーア様のことをどう思っっているか? そんなことは決まっている!
「わたしはザフィーア様を崇拝しております!」
ザフィーア様はわたしにとって神よりも尊い存在、崇拝なんて言葉では表しきれないほど尊敬している!!
わたしの言葉を聞き、アインス公爵は口の端を上げた。
「だからお前を選んだのだ、お前ならザフィーアによからぬ感情を抱いたりしないからな」
ザフィーア様にそのような感情を抱くことは万死に値する! アインス公爵の信頼を裏切る真似はしない!!
「ザフィーアは明日国境近くの古い教会に移送される。そこで数年謹慎する処分が下された」
ザフィーア様は処刑を免れたのか。良かった、ほっと胸を撫でおろす。
しかし冤罪を着せられ王都を追われるザフィーア様の心中を考えると、手放しには喜べない。
教会の近くに引っ越し、ザフィーア様を密かに護衛したい!
「護送につく兵士は三人、神子は兵士を買収し、移送中にザフィーアを殺そうとするだろう。それもただ殺すのではない、ザフィーアを犯してから殺すつもりだ」
「なんということを……!」
神子への激しい怒りが沸き起こり、拳を強く握りしめた。あまりにも強く握りしめすぎたため、拳から血が滴り落ちた。
「お前は神子に買収されたふりをし、国境付近までザフィーアを護送せよ。しかるのち他の兵士を殺し、ザフィーアを連れ帝国へ逃げよ。神子には抵抗したザフィーアと兵士が殺し合いになり、相打ちになったと報告する。死体は崖下に落ちたことにする」
何たる大役!
「ザフィーアは剣術の腕は今ひとつだが、魔法の腕は立つ。兵士三人を相手に相打ちになったとしても誰も疑問に思わぬだろう」
「そのお役目、謹んでお受けいたします!」
わたしはアインス公爵の前に跪いた。
◇◇◇◇◇
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