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九十一話「そんな話したかな?」
しおりを挟むーー謎の人物視点ーー
ボワアンピール帝国、帝都フォレ・カピタール、月の神殿。
「そういえば二年前レーゲンケーニクライヒ国のパーティーに出席するとき、ザフィーア・アインスがカルムの運命の相手だと教えてくれませんでしたよね?」
銀色の髪の青年は左手で漆黒の鈴を磨きながら、右手で書類にサインをし、左足で作業効率アップの魔法陣を描き、右足で疲労回復の魔法陣を描いていた。
【あのときはまだ明かせなかった、だがザフィーア・アインスが物語の主役とだけは教えたはずだ】
少女の姿をした影が神殿の中央でゆらゆらと揺れる。
「あなたも人が悪い……いや神が悪いというべきかな? ザフィーアくんがカルムの運命の相手だと分かっていたら、ザフィーアくんをレーゲンケーニクライヒ国から無理やりにでもさらってきたのに。運命の相手が見つかったカルムは旅に出ずにすんだ。僕はカルムを可愛がって、なでなでして、めちゃくちゃ甘やかして、可愛いカルムに癒やされながら執務をこなせた」
しかめっ面した親父共に囲まれて会議するなんて、退屈で窮屈で息がつまる。暇つぶしに……もとい、嫌がらせに……いや、魔法の練習に、親父共の髪の毛が一本残らずなくなる魔法をかけてしまったよ。そうしたら余計に絵面が悪くなってしまってね、僕には早急に癒やしが必要なんだ。カルム早く帰っておいで、お兄ちゃんを癒やしておくれ……と青年は続けた。
影は暇つぶしで他人の髪の毛を抜くなと、短く息を吐く。
「彼らが新月の夜に皇族が宮殿を留守にするなど体裁が悪いだの、女神への冒涜だのと騒ぐからいけないんだよ。僕だってだって彼らがカルムの悪口を言わなければ、もともと薄い毛を一本残らず抜いたりしなかったのに」
余談だが、青年は弟を「不能」呼ばわりした重臣たちを尿道結石にし、尿をするたびに男性器がついていることを死ぬほど後悔させた過去がある。
青年は弟を可愛すぎるあまり、弟を侮辱するものや、弟に悪心を抱いて近づくものに容赦がなかった。
【だから伝えなかったのだ、あまりにも物語を変えてしまうのはよくない。それにそなたがザフィーアをカルムの相手と認めた上で生かしておく確証が持てなかったのでな】
青年は漆黒の鈴を磨きながら、書類の山を目にも止まらぬ速さで処理していく。
「やだなぁ、僕が弟の運命の相手に手をかけるんて……そんなことすると本気で思っていたんですか? 心外だな、いくらなんでもそんな物騒なことしませんよ」
青年は影に向かってにっこりと微笑んだ。
「……その方法があったね」とボソリと呟いた声は影にも届いていた。青年の表情は穏やかだが、目は笑っていなかった。
【やはりそなたには教えなくて正解であった、弟のことになるとそなたは見境がなくなる。ザフィーアはこの物語の主役なのだ、主役がいなくては物語は始まらない】
影の言葉に青年が手を止める。
「それまでは水竜メルクーアの暴挙を、見てみぬふりをするしかないと言う訳ですね」
青年の影を見る目は冷ややかだった。
【さよう、あのものが王宮に来るまでは物語は動かぬのだ。それに水竜メルクーアがしていることはグレーゾーンゆえにな】
影の言葉に青年はペンを止め、眉根をよせた。
「随分と黒に近いグレーゾーンですね」
【神々の世界ではそこまで黒に近くはない】
「神と人の価値観の違いなのかな」青年は肩をすくめ再びペンを走らせる。書類の山を音速で処理していった。
「そういえばザフィーアくんは、エルガー王子が好きだったんですよね?」
青年が手を止める。
「今ザフィーア・アインスの中身は、ザフィーアくんの前世のシエルくんだ。もしシエルくんに『君はまだエルガー王子の婚約者なんだよ』と伝えたら……、その上でシエルくんをエルガー王子に会わせたら……どうなるのかな?」
そう話す青年の顔はどこか楽しそうだった。
「愛する人に再会できた喜びで、シエルくんの中に眠るザフィーアくんが目を覚ましたりしてね?」
青年が目を細め、口角を上げる。
【さあ、それはわしにも分からぬな】
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