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八十七話「彼は主役だから、気になってね」①

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ーーレーゲンケーニクライヒ国、筆頭公爵ヴュルデ・アインス視点ーー



二年前、レーゲンケーニクライヒ国、王都ヴァッサー、王宮、大広間。



「レーゲンケーニクライヒ国から見る満月も美しいのですね」

月光が降り注ぐバルコニーに人影が見え、なんとなしにバルコニーに出るとそう声をかけられた。

男は湖を連想させる濃紺のジュストコールに光を連想させる金の刺繍が施された上質なシルクに身を包み、腰まで伸ばされた銀色の髪を首の後ろで一つにまとめていた。

形の良いアメジストの瞳が月を映している。

見た目は華やかな衣装を纏った優男……だが青年が纏っている衣服はただ艶やかなだけではない。

魔法攻撃、アーテムの攻撃、物理攻撃などを防ぐ魔法陣が幾重にも組み込まれている。一着金貨一万枚、いや十万枚はくだらないだろう。

男が身に着けている腕輪や指輪にも、特別な魔法陣が組み込まれているようだ。

穏やかなほほ笑みをたたえ静かに月を眺めているが、きらびやかな見た目に騙されてはいけない。

この会場にいる近衛兵全員で一斉に斬りかかったとしても、目の前にいる男に傷一つつけることは出来ないだろう。

いな、キメラ程度のアーテムならたやすく凌げるだろう。

隣国のパーティーに出席するのにこれほどの装備が必要なのか? 戦場で最前線に立つ兵士でも、これほどの重装備をしていないぞ。

「お褒めに預かり光栄です、レーゲンケーニクライヒ国は月も美しいのですが、新月の夜に輝く星空も壮麗なのですよ」

私は思っていることを顔に出さず、当たり障りのない言葉を返した。

「それは残念だな、僕は新月の夜は帝都を離れられない」

ボワアンピール帝国の皇帝とそれに近い身分の者は、よほどの事情がない限り、新月の夜は王都にある月の宮殿で新月の女神ヌーヴェル・リュンヌを迎えなくてはならない。

「星空は自国で楽しむとします。ラック・ヴィルから見る星空も流麗なのですよ」

ニコリと笑うこの男の真意は読めない。

ボワアンピール帝国で病気がちな皇帝に代わり政を行っているのは、二十二歳の皇太子。

賢く、美々しく、聡明で、公務も完璧にこなし、皇帝の信頼が厚く、民からも支持されている聞く。

比べても仕方のないことだが、どうしても自国の王太子と比較してしまう。

レーゲンケーニクライヒ国の王太子エルガー様は今年十六歳になられた。エルガー様は短慮で無謀、考えていることがすぐ顔に出てしまう。勉学も魔法も剣術の腕も中の中、いや中の下程度。

性欲を持て余し、城に仕えるメイドたちから「待ての出来ない犬」と影口をたたかれる始末。

昨年、エルガー様がザフィーアにいかがわしいことをしようと個室に呼び出し、ザフィーアに後ろから抱きつき、驚いたザフィーアが大泣きし騒ぎになったことは記憶に新しい。

婚約者とはいえ結婚するまでは手も握らないのが、我が国の教会の教え。王族は民の見本にならなければならない。なのに王太子があれではこの国の未来が思いやられる。

ザフィーアは王太子のエルガー様を恋慕っているようだが、潔癖すぎるザフィーアと、性にだらしないエルガー様が、結婚後上手くやっていけるのか疑問だ。

だが二年後には水竜メルクーアが九十年の眠りから目覚める。水竜メルクーアが目覚めれば異世界から神子が召喚される。

神子が王太子に目を付けないために、王太子には婚約者が必要だ。

エルガー様とザフィーアの婚約が決まったのは、ザフィーアがまだ母親の胎内にいるときだった。

アインス家は筆頭公爵、国王からの申し出であれ、通常なら腹の中にいるうちに婚約者など決めぬ。

ある程度成長し、相手の人柄や健康状態、剣術や魔法の腕、学問への取り組み方などが分かり、お互いの相性を見てから婚約者を決める。

しかし神子を話に出されては断ることが出来なかった。

正妃であるベツァウベルング様は産後の肥立ちが悪く、子を生めない体になってしまった。

国王はベツァウベルング様に遠慮してか、側室を儲けなかった。

お世継ぎは長子のエルガー様のみ。

王弟殿下は幼い頃の病により性機能を失って以来お心を患われている。

神子を王族に取り込むため、王弟殿下はいずれ神子と婚約なさるだろう。

万が一にも神子に王太子殿下を取られる訳には行かない、生まれる前から王太子に婚約者を決めるのも仕方のないこと。

そう思い自分を納得させてきたが、やはりあの王太子では先行きが不安だ。

国王が国で二番目の勢力を誇るツヴァイ公爵家の令嬢との婚約を破棄し、国で三番目の勢力を誇るドライ侯爵家のベツァウベルング様を正妃に迎えて以来、王族とツヴァイ公爵家は上手くいっていない。

ドライ侯爵家の跡継ぎだったベツァウベルング様が王室に嫁いでしまい、ドライ侯爵家は跡継ぎがいなくなった。仕方なくドライ侯爵は遠縁から養子を迎えたが、その養子が人の悪いところを全て集めたような出来損ないで、そいつが侯爵に内緒で領地の一部を売ったせいでドライ侯爵家の財政が傾いた。

以来、王家(というより国王)とドライ侯爵家も上手くいっていない。

国王はツヴァイ公爵家やドライ侯爵家以上の力を誇るアインス公爵家を、どうしても王太子派に取り込みたかったのだろう。

国王の気持ちも分かる、アインス公爵家にもメリットがある話だったので同意したが……赤子の内に婚約を取り決めたのは早計であったかもしれない。

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