83 / 131
八十三話「レーゲンケーニクライヒ国、国王エーアガイツ・レーゲンケーニクライヒ」①
しおりを挟むーーレーゲンケーニクライヒ国、第二十四代国王エーアガイツ・レーゲンケーニクライヒ視点ーー
余が幼い頃、祖父が口を酸っぱくして言っていた。
「水の神子様は丁重に扱い、王家の者と結婚させ親族にしなくてはならない、だが決して王太子と結婚させてはならない。国王から近からず遠からずな者と結婚させよ。出来れば不能な者がいい。神子様に子を残させてはならない」
「はい、お祖父様」
祖父は幼い頃に神子を直に見たことがあると言っていた。美しく神秘的な容姿だがどこか寂しげであったと。神子様が憂いに満ちた目をするのは、異世界から召喚され二度と故郷に戻れないためであろうと話していた。
水竜メルクーア様は十年起きて、九十年眠るという不規則な生活を送っている。
なぜかメルクーアが寝ている間は天候が安定し、起きている間は天候が乱れ雨が降らない。その天候の乱れを正すのが異世界から召喚された水の神子様なのだとずっと聞かされてきた。
余はその教えを疑うことなく信じてきた、王位に継き真実を知らされるまでは……。
そして水の神子が現れ雨を降らせたとき、水竜メルクーアの正体と、水の神子の存在意義を本当の意味で知ることになる。
聖竜とて生き物、生きていれば腹も減る。冬眠から目覚めた熊が餌を欲し凶暴化するように、水竜メルクーア様もまた生贄を欲し、天候は乱れた。
水竜メルクーアは聖竜ではなかった。そして水の神子も聖なる力を持った聖人君子ではなかった。
水の神子は水竜メルクーアに生贄を与える、いわば給餌係。
祖父がなぜ神子を王家に取り込むように言ったのか、だが決して王太子と結婚させないように言ったのか、神子に子孫を残さないようにと念を押したのか、ようやく分かった。
神子は体のいい飾りなのだ。民の前で祈り雨を降らせるパフォーマンスをさせ、民衆からの支持を得る。民の神子に寄せる思いは尊敬の念を超え、信仰心と化していた。
神子への信仰心を神子ごと取り込むために王家の者と結婚させる。
だが生贄のことが民に知られたとき、簡単に切り捨てられるように、王太子とは結婚させず、国王に近すぎず遠すぎず程よい距離にいる親戚と結婚させる。
水竜メルクーアが眠りについたとき、神子の役目は終わる。神子は王家にとって厄介者となり、表舞台から消える。
神子は諸刃の剣、万能薬でもあり毒薬にもなる。
ゆえに全ての罪を神子に押し付け婚約者(結婚相手)ごと切り捨てられるように、使えぬ王族と結婚させる。神子の子孫など、誰も望んではおらぬ。役目が終われば神子の存在自体が不要になる。
余の腹違いの弟が幼き頃に病を患い不能になったのは、本当に病であったのだろうか?
それ以来精神を病み独身を通す弟を、幽閉もせず、王位継承権も剥奪せず、表向きは皇子として生かしておいたのは、神子と結婚させるためだった。
先代の神子が召喚されたとき、水竜メルクーアが目覚めている十年の間にレーゲンケーニクライヒ国の村がいくつも消えた。国民だけでなく、我が国を訪れる旅人や芸人や商人も復活祭の度に行方不明になったと記されている。
王位に就く前、村が消えたのは雨が降らぬことで作物が取れなくなり、村人が村を捨て王都に移住したからだと教えられてきた。
確かに間違ってはいない、村人は日照りが続き畑がだめになったので自ら村を捨て、街に移住した。移住先が王都ではなく水竜メルクーアの腹の中だっただけのこと。
今の神子が異世界から召喚されて一年、昨年だけで百五十人もの民が命を落とした。今度の復活祭では三百人もの民が水竜メルクーアへ生贄として捧げられる。
十年の間にどれだけの犠牲が出るのか……。
だがもう引き返せない。建国以来六百年、我々は水竜メルクーアの加護の元、ぬるま湯に浸かって生きてきた。
水竜メルクーアの加護を失えば、建国前のように大地は荒れ、作物が取れず、民は餓死することになる。
その前に隣国ボワアンピール帝国が黙っていないだろう。
レーゲンケーニクライヒ国のような小国が独立国家としてやっていけるのは、水竜メルクーアの加護があるからだ。
水竜メルクーアがいなければ、レーゲンケーニクライヒ国などボワアンピール帝国の軍事力によって滅ぼされている。よくて帝国に併合されている。
ボワアンピール帝国にはかつて悪竜オー・ドラッへを倒し大陸に平和をもたらした新月の女神ヌーヴェル・リュンヌがついている。だが新月の女神は水竜メルクーアについて何も言ってこない。天上の神々も見てみぬふりを決め込んでいるのか、行動を起こさない。
水竜メルクーアはいわく、彼が行っている行為は神々の間ではグレーゾーンに当たるそうだ。
良い行いではないが、断罪できるほどの重罪ではないと判断され、現状放置されているらしい。
水竜メルクーアは表向き聖竜、レーゲンケーニクライヒ国の大地を潤し、民の暮らしを豊かにしている。
問題の食事も、我々人間が自ら進んで生贄を差し出している状態だ。
水竜メルクーアの正体がなんであろうと、レーゲンケーニクライヒ国の民はメルクーアにしがみついて生きていくしかないのだ。
そのために多少の犠牲は仕方ない。
後戻りできないのなら、現実を受け入れるしかあるまい。
レーゲンケーニクライヒ国の国民は百万人、王都だけで十万人。
百万の民を守るためなら、数千人の犠牲はやむを得まい。
◇◇◇◇◇
240
お気に入りに追加
4,304
あなたにおすすめの小説
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺
福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。
目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。
でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい…
……あれ…?
…やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ…
前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。
1万2000字前後です。
攻めのキャラがブレるし若干変態です。
無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形)
おまけ完結済み
平凡な俺が双子美形御曹司に溺愛されてます
ふくやまぴーす
BL
旧題:平凡な俺が双子美形御曹司に溺愛されてます〜利害一致の契約結婚じゃなかったの?〜
名前も見た目もザ・平凡な19歳佐藤翔はある日突然初対面の美形双子御曹司に「自分たちを助けると思って結婚して欲しい」と頼まれる。
愛のない形だけの結婚だと高を括ってOKしたら思ってたのと違う展開に…
「二人は別に俺のこと好きじゃないですよねっ?なんでいきなりこんなこと……!」
美形双子御曹司×健気、お人好し、ちょっぴり貧乏な愛され主人公のラブコメBLです。
🐶2024.2.15 アンダルシュノベルズ様より書籍発売🐶
応援していただいたみなさまのおかげです。
本当にありがとうございました!
【完結】愛執 ~愛されたい子供を拾って溺愛したのは邪神でした~
綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
BL
「なんだ、お前。鎖で繋がれてるのかよ! ひでぇな」
洞窟の神殿に鎖で繋がれた子供は、愛情も温もりも知らずに育った。
子供が欲しかったのは、自分を抱き締めてくれる腕――誰も与えてくれない温もりをくれたのは、人間ではなくて邪神。人間に害をなすとされた破壊神は、純粋な子供に絆され、子供に名をつけて溺愛し始める。
人のフリを長く続けたが愛情を理解できなかった破壊神と、初めての愛情を貪欲に欲しがる物知らぬ子供。愛を知らぬ者同士が徐々に惹かれ合う、ひたすら甘くて切ない恋物語。
「僕ね、セティのこと大好きだよ」
【注意事項】BL、R15、性的描写あり(※印)
【重複投稿】アルファポリス、カクヨム、小説家になろう、エブリスタ
【完結】2021/9/13
※2020/11/01 エブリスタ BLカテゴリー6位
※2021/09/09 エブリスタ、BLカテゴリー2位
【完結】冷血孤高と噂に聞く竜人は、俺の前じゃどうも言動が伴わない様子。
N2O
BL
愛想皆無の竜人 × 竜の言葉がわかる人間
ファンタジーしてます。
攻めが出てくるのは中盤から。
結局執着を抑えられなくなっちゃう竜人の話です。
表紙絵
⇨ろくずやこ 様 X(@Us4kBPHU0m63101)
挿絵『0 琥』
⇨からさね 様 X (@karasane03)
挿絵『34 森』
⇨くすなし 様 X(@cuth_masi)
◎独自設定、ご都合主義、素人作品です。
【BL】こんな恋、したくなかった
のらねことすていぬ
BL
【貴族×貴族。明るい人気者×暗め引っ込み思案。】
人付き合いの苦手なルース(受け)は、貴族学校に居た頃からずっと人気者のギルバート(攻め)に恋をしていた。だけど彼はきらきらと輝く人気者で、この恋心はそっと己の中で葬り去るつもりだった。
ある日、彼が成り上がりの令嬢に恋をしていると聞く。苦しい気持ちを抑えつつ、二人の恋を応援しようとするルースだが……。
※ご都合主義、ハッピーエンド
魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました
タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。
クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。
死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。
「ここは天国ではなく魔界です」
天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。
「至上様、私に接吻を」
「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」
何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?
[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった
ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン
モデル事務所で
メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才
中学時代の初恋相手
高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が
突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。
昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき…
夏にピッタリな青春ラブストーリー💕
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる