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五十三話「ブリューム山」
しおりを挟む街で毒消し草と薬草と食料品などを買い幌馬車の荷台に乗せ、モンターニュ村を目指した。
モンターニュ村はラック・ヴィルの東にあり、ブリューム山という大きな山の麓にある小さな村だとノヴァさんが教えてくれた。
ノヴァさんも場所と名前は知っているが、行ったことはないらしい。
モンターニュ村に続く細い道を馬車がゴトゴトと進んでいく。
トマは荷台で寝かせている。疲れが出たのか横になるとすぐに寝入ってしまった。
モンターニュ村からラック・ヴィルまで走って来たんだ、無理もない。
トマが言うには、モンターニュ村とラック・ヴィルを結ぶ道は一本道なので迷う心配はないらしい。
ノヴァさんが買ったのが幌馬車で良かった。荷物を詰めるし、荷台で横になれる。
ノヴァさんは王都までの道のりを俺といちゃいちゃするために馬車を買ったんだよな? どうして幌馬車をチョイスしたんだろう? 役に立ってるからいいんだけど、御者付きの貴族が乗るような馬車を買ってきて、客席でいちゃいちゃするんだと思ってた。
「ノヴァさん、ありがとうございます」
俺は改めてノヴァさんにお礼を伝えた。
「なんの話だ?」
「キメラの討伐依頼を受けてくれたことです。それから毒消し草や薬草を買ってくれたことも、高かったでしょ?」
「シエルが気にすることではない」
「何年かかるかわかりませんが、働いたらちゃんと返します」
服代に食事代に宿代に薬草代にキメラの討伐代金、ノヴァさんへの借りがまた増えてしまった。
「気にするな」
「でも……」
キメラの討伐費用は金貨一万枚だ、気にするなと言われても無理だ。
「どうしてもと言うなら……がいい」
「はい?」
「……報酬はシエルの膝枕がいい」
ノヴァさんの頬がほのかに色づく。
トマに膝枕をしたとき嫉妬してたもんな。
もっとエッチなことをたくさんしてるのに、照れながら『膝枕してほしい』と願うノヴァさんが愛らしい。
「はい、分かりました。膝枕ですね」
全部解決したら、ベビードールとレースのTバックを身に着けて膝枕してあげよう。
ノヴァさんがハッスルすると困るから、今は内緒。
「モンターニュ村には毒が溜まっている、村に着いても休憩を取らず山に登る、今のうちに休んでおくといい」
「はい」
そうか、村に着いても休めないのか。
「じゃあ交代で……」
「私は鍛えているから平気だ」
「では、お言葉に甘えて荷台で……」
「荷台にはトマがいる」
「はい?」
もしかしてトマと添い寝するのが嫌なのかな?
「えーと、じゃあここで休んでもいいですか?」
ノヴァさんの肩にもたれかかる。
「落ちそうになったら起こして下さいね」
「シエルを落とさないように私が全力で支える、安心して眠るといい」
ノヴァさんの腕が肩にまわる。片手で馬車の操縦ができるんだ、ノヴァさんすごいな。
「はい、ありがとうございます」
ノヴァさんに持たれかかり、瞳を閉じる。馬車の振動が心地よいこともあり、睡魔が襲ってきた。
◇◇◇◇◇
「シエル、起きたか?」
唇に柔らかい感触があって、目を開けるとノヴァさんの秀麗な顔が間近にあった。
「……ぇっ……!?」
口付けで起こすとかキザなのか?
「天使の口付けだ」
「はい?」
天使の口付け?
「目覚めの呪文だ」
「ああ……はい?」
呪文なのに口付け?
「呪文を習得しているものが『天使の口付け』と唱えるか、対象者に口づけをすることで、相手を目覚めさせることができる」
「なるほど」
宿駅でノヴァさんに『眠り』をかけたとき、ノヴァさんがなかなか起きなくて焦ったけど。ノヴァさんにキスしたらあっさり目覚めた。あれは『天使の口付け』の効果だったのか。ということは、俺は天使の口付けの呪文を習得してるんだな。
「村らしき建物が見えてきた」
辺りを見ると空は夕焼けに染まっていた。森の木々の向こうに、櫓らしき建物が見える。トマは村までは一本道だと言っていた。ということはあれがモンターニュ村。
「トマを起こしますね……」
荷台を確認しようとしたら、ノヴァさんに手をつかまれた。
「天使の口付けで起こすのはだめだ」
ノヴァさんが眉間にシワを寄せ、咎めるように言う。
「安心してください、そんな起こし方しませんから」
ちょいちょい顔を出すノヴァさんの嫉妬心が可愛い。両思いになってから俺の脳みそはとろけっぱなしだ。
「トマ、モンターニュ村が見えたよ!」
荷台に向かって声をかけると、トマが「う~ん」と言って伸びをした。
トマが目をごしごしと擦り、周りをキョロキョロと見ている。よっぽど疲れていたんだな、まだ眠そうだ。
それでも村を認識すると、バッと飛び起きた。
「モンターニュ村だ! 母さん! 村長様!」
村に帰って来れたのが嬉しいらしい。
「トマは村の人に毒消し草を配ってくれ、動ける人を使いなるだけ風通しのよい場所に移動させるのを忘れるな」
「はい!」
ノヴァさんが細かな指示を出す。
「私たちは村に着いたらすぐに山を登る」
「俺ノヴァさんの足を引っ張らないように頑張ります!」
「道案内できる人をお貸しできたらいいのですが……村の人はほとんど体調が悪いから……」
「いらん、足手まといだ」
トマの申し出をノヴァさんがバッサリ切り捨てた。
◇◇◇◇◇
村に着くと村長を名乗る白いひげの小柄な老人が出迎えてくれた。杖をついてフラフラしているから毒にやられているのだろう。
ノヴァさんは冒険者であることを伝え、村の人の体調不良はキメラの毒によるものだと説明した。毒消し草を食べさせ、風通しのよい場所に移動すれば、軽症者なら数時間、重症者でも数日中には歩けるようになると伝えた。
ノヴァさんの話を聞いた村長さんが安堵の表情を浮かべる。
あとの処置はトマに任せ、俺とノヴァさんはブリューム山に登った。
村長さんが地図を貸してくれたので、キメラのもとには迷わずにたどり着けそうだ。
◇◇◇◇◇
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