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五十二話「キメラの住む山」

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「あの、助けて下さりありがとうございます」

少年が俺とノヴァさんに頭を下げた。

俺はノヴァさんによって少年から引き離され、ノヴァさんの腕の中にいる。

『嫉妬深いノヴァさんも可愛いなぁ♡』 と、ときめいてしまう俺の頭もそうとう沸いている。

町中で騒動を起こしたので人が集まってきた。

「ノヴァさん、取り敢えずこの場所を離れましょう」

ノヴァさんが買ったという幌馬車に乗り、町のハズレまで移動した。



◇◇◇◇◇



「オレはモンターニュ村のトマ。改めてお礼を言います、お姉さん、お兄さん、助けてくれてありがとうございます」

トマと名乗った少年が礼儀正しく頭を下げた。まだ十歳ぐらいなのにしっかりしてるな。

「それでトマはどうしてこの街に来ていたんだ?」

「ギルドの職員に絡まれていたようだが」

えっ? ノヴァさんがボコボコにして地面に転がした人たち、ギルドの職員だったの? 後で問題にならないといいけど……。

「オレの暮らすモンターニュ村はブリューム山の麓にあるのですが、そのブリューム山の山頂に魔物が住み着いたんです」

「魔物が? それはいつからだ?」

「二週間ぐらい前になります」

ノヴァさんの問にトマが答える。

それでギルドに依頼に来てたのか。でも病がどうとかも言ってたよな?

「その魔物が住み着いてから村の人たちがだんだん元気がなくなって、動けなくなって。とうとうまともに動けるのがオレだけになってしまいました」

「トマはその魔物が、村で流行っている疫病の原因だと考えているのか?」

「はい、他に思いたることがありませんから……」

魔物が住み着いてから体調を崩した村の人たち……確かにその魔物は怪しいな。

「魔物の退治には行かなかったのか?」

ノヴァさんの問いに、

「一度だけ、村の大人たちが動けるときに行きました。でも返り討ちにあってボロボロになって帰ってきました」

トマが答える。

「魔物の特徴は分かるか?」

「はい、魔物退治に行った大人の話だと、獣の頭が二つ、蛇の尻尾、鳥のような羽のある魔物だと」

獣の頭が二つ? 蛇の尻尾? 鳥の羽? だめだイメージ出来ない。

「それはおそらくキメラだな」

ノヴァさんは分かったんだ、さすがS級冒険者!

「ノヴァさんキメラってなんですか?」

「獅子の頭と山羊の頭と胴体、毒蛇の尻尾、鳥の翼を持つモンスターだ。獅子の頭から炎を、山羊の頭から氷と吹雪を、毒蛇の尻尾から猛毒を放つ」

うわっ! めちゃくちゃ強そう!

「村の大人では歯が立たなかったので、町のギルドに依頼しようという話になって、でもその頃には俺しかまともに動ける人間はいなくて……」

「それでトマが一人でギルドに依頼に来たのか?」

「はい」

俺の問いかけにトマがこくんとうなずく。

トマの靴はボロボロだった、モンターニュ村からラック・ヴィルの街まで走ってきたのかな?

「でもお金がないなら依頼は受け付けないと断られて……キメラを退治してもらうのに、いくらぐらいかかりますか?」

トマがノヴァさんに尋ねる。

「A級冒険者五人以上で受ける案件だ、報酬は最低でも金貨一万枚」

「「金貨一万枚!?」」

俺とトマの声が揃う。

金貨一万、日本円で約一億。

「そんな大金、村では払えません……」

ノヴァががっくりと肩を落とす。

「そう落ち込むな、悪いことばかりではない。山に住み着いたのがキメラなら、村人の体調不良は疫病ではない」

「えっ?」

ノヴァさんの言葉にトマが首をかしげる。

「キメラの毒によるものだ」

「毒ですか?」

トマがノヴァさんの言葉を繰り返す。

原因不明の病じゃなかったのか。

「おそらくキメラの放つ猛毒が麓の村に溜まったのだろう。村は鍋の底のような形をしているのではないか?」

「はい、その通りです」

ノヴァさんの問にトマが答える。

「トマの家だけが村の外れ、風通しの良い場所にあったのでは?」

「お兄さん見てないのによく分かるね!」

トマが目をぱちくりさせている。

「じゃあキメラを退治すれば村の人たちは助かるんですね!」

俺はノヴァさんに尋ねた。

「元凶はなくなる、だがそれだけではだめだ。村人を風通しの良い場所に移動し、毒消し草を施さなくては」

「でもギルドの人たちは依頼を受けてくれませんでした、依頼を受けてくれたとしても金貨一万枚なんて大金払えませんし……」

トマが泣きそうな顔でうつむく。

「トマ……」

金がない苦労は俺も分かる! 俺も金があったら女の子のパンツを履いてない!

「ノヴァさん」

ノヴァさんの手を取り目をまっすぐに見る。

「俺、トマを助けたいです」

「シエル……?」

「今は金貨一万枚なんて大金とても払えません、でも働いてきっと返します! だからお願いします! この依頼を受けてもらえませんか?」

頭を深く下げた。

俺はずるい、ノヴァさんが俺に甘いのを知っていてこんなことを頼んでいる。

「私は冒険者だ、ギルドが蹴った依頼は受けられない」

予想外の言葉に俺は動揺を隠せない。

「ノヴァさん、そこをなんとか……」

瞳に涙をため、ノヴァさんを見つめる。

「そんな顔をするな、だがシエルは冒険者登録をしていない。シエルが依頼を受けるのなら私も手伝う。手を貸すだけなので無償だ」

「ノヴァさん、ありがとう! 大好きっ!!」

ノヴァさんの首に腕を絡め抱きついた。

「シエル」

ノヴァさんの腕が俺の背にまわり、強く抱きしめられた。

ノヴァさんは三分ぐらい俺を抱きしめたあと、地面に下ろしてくれた。なかなか下ろしてくれないから、ノヴァさんの耳元で「下ろしてください」とお願いしたのはトマには聞こえてないと思う。

「トマ! 俺がこの依頼引き受けた! ノヴァさんと一緒にキメラを倒し、村の人たちを助けるよ!」

トマの手を握り、にっこりとほほ笑む。

「ありがとうございます!」

トマが深々と頭を下げる。

頭を上げたトマの顔には子供らしい笑顔があった。

良かった、ようやくトマが笑ってくれた。



◇◇◇◇◇
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