上 下
46 / 122

四十六話「あなたの預言が外れるなんて珍しいですね」

しおりを挟む

――謎の人物視点――



ボワアンピール帝国・帝都フォレ・カピタール・月の神殿




水晶に映し出された映像に、短く息を吐く。

「カルムは運命の相手と婚姻の約束をしたようだ」

嬉しいような、ひどく残念なような。

カルムが泣きべそをかいて帰って来たら、僕が優しく慰めてあげようと思っていたんだけど……その必要はなくなってしまった。

二人が林に消え……そこで水晶の映像は途切れた。

意地悪な神は、弟の閨を見せてはくれない。

僕も弟の情事を透き見するほど悪趣味ではない。というよりそんなものを見せられたら、弟の相手を殺してしまう。

だから二人が性行為に入る前に、水晶を透き見するのをやめるつもりだった。それを僕を好き物だとでも責めるように映像そのものを消すなんて……信用されてないな。

それはそれとして……。

「あなたの預言が外れるなんて珍しいですね」

振り返れば、部屋の中心にあった影がゆらゆらと揺れる。床まで届くウェーブした髪とローブをまとう少女の影。もっともと断言はできないが。

【流れが変わった、器が同じでも中身が違うのからな当然の結果か……】

預言が外れることもには想定内のことだったようだ。

「あなたの預言では、弟と運命の相手が性行為をするのは解毒治療の時、一度きりのはずでしたね」

だが実際には一度どころか、宿屋に泊まる度に共寝している。直接見たわけではないが宿に入る度に途切れる映像と、前後の会話から推測するに、毎回床を共にしていると見て間違いないだろう。

はじらい死ティミディテ・モー草の治療は一度でいいはず、弟がそれを知らないはずがない。いやでもカルムだからなぁ……もしかしたらその可能性も……。あの子はちょっとぼんやりしているし……。

「母の形見精霊のサン・テスプリ祈りプリエールの指輪も、左手の薬指にはまったきり抜けなくなった」

精霊のサン・テスプリ祈りプリエールの指輪は、愛する人の指にしかはめられず、指輪をはめられた相手も、指輪をはめた相手を愛していないと抜けてしまう。

言わば愛を図るための道具。

預言では弟の運命の相手はエルガー王子を今も思い続けていて、指輪はあっさりと抜けてしまう。許可なく指輪をはめたカルムは指輪を突き返された挙げ句、平手打ちされるはずだった。

「これもあなたの言う中身が変わったことと関係が?」

二年前レーゲンケーニクライヒ国のパーティーで見たときは、表情の乏しい人形のような少年だった。

王太子のエルガーしか眼中にないと顔に書いてあるような少年。それがエルガー王子に婚約破棄されたとはいえ、短期間にこんなにも変わるものだろうか?

【……直に分かる】

まあいい、このお方に慌てた様子は見えない。

カルムが運命の相手と想いが通じようと、通じまいと計画に支障はないということか。

「シエル……いやザフィーア・アインスと呼ぶべきかな。君は知らないだろうけど、君はまだエルガー・レーゲンケーニクライヒ王子の婚約者なんだよ。それを知っても君は喜ばないだろうけど、婚約者のいる身で他の男と愛を誓うのはいかがなものかな?」

パーティー会場で「婚約破棄します」と言って婚約が解消されるほど、世の中は甘くない。あんなところで一方的に婚約破棄を宣言したら恥をかくだけだ。それが分からないなんてエルガー王子はアホなのかな?

カルムに愛されて、心変わりしてしまったザフィーアの気持ちも分かる。全ては世界一可愛い僕の弟のせいだね、罪作りだな僕の弟は。

「カルムと結婚したいなら、まずはエルガー王子との婚約を解消してもらわないとね」

僕の手にはそれぞれ別の送り主から届いた手紙が三通。高品質な紙に蝋封、高貴な相手からの手紙だとひと目で分かる。

「エルガー王子も若いね、自分の愛した相手と結婚できると思っているなんて」

もっとも神子のほうに愛があるとは思えないが。

手紙の送り主は三人、レーゲンケーニクライヒ国の国王エーアガイツと、王太子エルガーと、公爵ヴュルデ・アインス。

それぞれが使者を立て手紙を送ってきた。

「国王は王太子と神子を婚約させたくない、王太子は神子と婚約したい、親の心子知らず、子の心親知らずとはよく言ったものだね」

他国のごたごたは蜜の味とはよく言ったものだ、手紙を眺めていたら思わず口角が上がってしまった。

「だけど僕に頼むのは筋違いじゃないかな?」

レーゲンケーニクライヒ国が建国されて六百年、二十四代目の国王になるとボワアンピール帝国とレーゲンケーニクライヒ国の関係を忘れてしまうのかな?

他国の指導者が無能なのは、僕にとっては好都合だけど。

「アインス公爵からは、息子の捜索に協力してほしいという嘆願書が届いている、愛されてるねザフィーアくんは」

もっとも探している理由が、可愛い息子としてなのか、利用価値のある傀儡(かいらい)人形としてなのかは分からないが。

「ザフィーアくんはカルムがしてるから、アインス公爵の件は解決」

アインス公爵の手紙をテーブルに置き、残り二通の手紙に目を向ける。

「エルガー王子の願いは簡単に叶うよ、神子と結婚したいなら王太子をやめればいい。と神子の婚約を阻止してほしいというエーアガイツ王の願いも叶って、丸く収まるね」

神子なんて面倒なものがボワアンピール帝国にいなくて良かったよ。

水の神子、タチバナアオイ。今世紀の水の神子は随分好き勝手にやっているようだね。だけど君は王太子とは結婚できない。

「タチバナアオイくんには、自分を中心に世界が回っているように見えているのかな? でも君もレーゲンケーニクライヒ国にとっては使い捨ての駒にすぎないんだよ」

大人しく王弟と婚約していれば、もう少し我が世の春を味わえたかもしれないのに、僕と同じ時代に存在したのが不運だったね。

それがなかったとしても、水の神子に利用価値があるのは十年という短い時間なんだけど。



◇◇◇◇◇
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

総受けルート確定のBLゲーの主人公に転生してしまったんだけど、ここからソロエンドを迎えるにはどうすればいい?

寺一(テライチ)
BL
──妹よ。にいちゃんは、これから五人の男に抱かれるかもしれません。 ユズイはシスコン気味なことを除けばごくふつうの男子高校生。 ある日、熱をだした妹にかわって彼女が予約したゲームを店まで取りにいくことに。 その帰り道、ユズイは階段から足を踏みはずして命を落としてしまう。 そこに現れた女神さまは「あなたはこんなにはやく死ぬはずではなかった、お詫びに好きな条件で転生させてあげます」と言う。 それに「チート転生がしてみたい」と答えるユズイ。 女神さまは喜んで願いを叶えてくれた……ただしBLゲーの世界で。 BLゲーでのチート。それはとにかく攻略対象の好感度がバグレベルで上がっていくということ。 このままではなにもしなくても総受けルートが確定してしまう! 男にモテても仕方ないとユズイはソロエンドを目指すが、チートを望んだ代償は大きくて……!? 溺愛&執着されまくりの学園ラブコメです。

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい

翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。 それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん? 「え、俺何か、犬になってない?」 豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。 ※どんどん年齢は上がっていきます。 ※設定が多く感じたのでオメガバースを無くしました。

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

男装の麗人と呼ばれる俺は正真正銘の男なのだが~双子の姉のせいでややこしい事態になっている~

さいはて旅行社
BL
双子の姉が失踪した。 そのせいで、弟である俺が騎士学校を休学して、姉の通っている貴族学校に姉として通うことになってしまった。 姉は男子の制服を着ていたため、服装に違和感はない。 だが、姉は男装の麗人として女子生徒に恐ろしいほど大人気だった。 その女子生徒たちは今、何も知らずに俺を囲んでいる。 女性に囲まれて嬉しい、わけもなく、彼女たちの理想の王子様像を演技しなければならない上に、男性が女子寮の部屋に一歩入っただけでも騒ぎになる貴族学校。 もしこの事実がバレたら退学ぐらいで済むわけがない。。。 周辺国家の情勢がキナ臭くなっていくなかで、俺は双子の姉が戻って来るまで、協力してくれる仲間たちに笑われながらでも、無事にバレずに女子生徒たちの理想の王子様像を演じ切れるのか? 侯爵家の命令でそんなことまでやらないといけない自分を救ってくれるヒロインでもヒーローでも現れるのか?

転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!

めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。 ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。 兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。 義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!? このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。 ※タイトル変更(2024/11/27)

【完】ラスボス(予定)に転生しましたが、家を出て幸せになります

ナナメ(近況ボードご挨拶)
BL
 8歳の頃ここが『光の勇者と救世の御子』の小説、もしくはそれに類似した世界であるという記憶が甦ったウル。  家族に疎まれながら育った自分は囮で偽物の王太子の婚約者である事、同い年の義弟ハガルが本物の婚約者である事、真実を告げられた日に全てを失い絶望して魔王になってしまう事ーーそれを、思い出した。  思い出したからには思いどおりになるものか、そして小説のちょい役である推しの元で幸せになってみせる!と10年かけて下地を築いた卒業パーティーの日ーー ーーさあ、早く来い!僕の10年の努力の成果よ今ここに!  魔王になりたくないラスボス(予定)と、本来超脇役のおっさんとの物語。 ※体調次第で書いておりますのでかなりの鈍足更新になっております。ご了承頂ければ幸いです。 ※表紙はAI作成です

オッサン、エルフの森の歌姫【ディーバ】になる

クロタ
BL
召喚儀式の失敗で、現代日本から異世界に飛ばされて捨てられたオッサン(39歳)と、彼を拾って過保護に庇護するエルフ(300歳、外見年齢20代)のお話です。

処理中です...