26 / 131
二十六話「駅馬車の旅②」
しおりを挟む駅馬車は二十人乗りで想像していたより、しっかりとした作りだった。
中央の通路をはさみ、左右に二人がけの椅子が設置されている。
馬車はほぼ満席で、俺とノヴァさんは空いていた後ろから二番目、進行方向に向かって右側の席に座った。
ノヴァさんは俺に窓際の席を譲ってくれた。ノヴァさんがお金を出すのだから、俺が通路側の席でいいですと申し出たら、私の方が旅慣れていると言われてしまった。
出発時間になったので、駅馬車がゴトゴトを音を立て進みだした。思っていたより揺れが少ない、馬車の旅にはなれていないから助かる。
ヒラリと赤いリボンが揺れ、目の前にピンクの包み紙にくるまれた丸い物が差し出された。
「お姉ちゃん、飴食べる?」
前の席に座っていた子が背もたれに手をつき身を乗り出して飴を差し出してくれた。
十歳ぐらいかな? 茶色い髪を左右でみつあみにし赤いリボンで結んでいる。大きな緑の目の可愛らしい少女だ。
ナチュラルに『お姉ちゃん』と呼ばれたことに、地味にショックを受ける。
女物の服を身につけているし、変装しているんだから女に見えないと困るんだが、子供の純粋な観察眼で『お兄さん』と気づいてほしかったというか……ちょっと傷ついている。
そうか、子供の清らかな目で見ても『お姉ちゃん』に見えるんだ。
こういう場合、素直に受け取った方が子供の自尊心を傷つけなくてすむかな?
「ありがとう」
笑顔で受け取ると、少女は嬉しそうにほほ笑んだ。
可愛いなと思いながら眺めていたら、ノヴァさんに手をぎゅっと握られた。
「知らない人間から物をもらうな、とくに食べ物は危険だ」
ノヴァさんが耳元でささやく。
前世でも外国旅行中のバスの車内で美女から食べ物をもらった旅行者が、睡眠薬入と知らずに食べて身ぐるみを剥がされていたという事件があったな。
比較的治安のよかった前世でもそうなんだ、こういうファンタジーの世界ならもっと気をつけないと。
「後で食べるね」
ノヴァさんの顔をたてポケットにしまう。
とは言え、こんなあどけない少女が飴に何かを仕込むとは思えないので、ノヴァさんの見てないところでこっそりいただくつもりだ。
「お姉ちゃん綺麗だね、もしかしてヌーヴェル・リュンヌなの?」
少女が瞳をキラキラさせながら聞いてきた。
『ヌーヴェル・リュンヌ』って誰だ?
でもどっかで聞いたことがある名前なんだよな、俺の第六感が『ヌーヴェル・リュンヌ? 誰だそれ?』と聞き返してはいけないと告げる。
ザフィーアの記憶をたどる、確か歴史と政治経済の授業で習ったような?
……思い出した! 月の女神ヌーヴェル・リュンヌ! ボワアンピール帝国の守護神!
ボワアンピール帝国人の振りをするなら絶対に知っていなければならない名前だ。
さっきリーヴ村で見た石像に刻まれていた文字、あれ『nouvelle lune』って書いてあったんだ!
ええっとヌーヴェル・リュンヌって、どういう意味だっけ? 石像の月の女神の『月』の前の文字が欠けていて読めなかったんだよな。
満月? 三日月? 上弦の月? 下弦の月? いや違う。
そうだ、新月! ヌーヴェル・リュンヌは新月の女神だ!
「いやいやそんな、新月の女神様だなんて恐れ多い」
この答えであってるはず。
「ええっそうなの? すごく秀麗だから月の女神様だと思ったのに……」
少女が残念そうに、眉を下げる。
ザフィーアの容姿は確かに端麗だとは思う、でも女神に間違えられるほどだとは思っていなかった。
「もうすぐ白羊宮の新月だから、王都に向かっているのかなって」
白羊宮の新月? なんだそれ?
白羊宮はたしか十二星座の一番最初にくる星座、牡羊座のことだよな?
お祭りでもあるのかな?
レーゲンケーニクライヒ国でいう復活祭みたいなものかな?
レーゲンケーニクライヒ国の復活祭は四月一日に行われる。その日は水竜メルクーアがこの地に降り立った日、メルクーアが九十年の眠りから覚める日でもある。盛大な祭りが行われる。
ボワアンピール帝国では白羊宮の新月に祭りを行うのかな?
351
お気に入りに追加
4,321
あなたにおすすめの小説
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
何も知らない人間兄は、竜弟の執愛に気付かない
てんつぶ
BL
連峰の最も高い山の上、竜人ばかりの住む村。
その村の長である家で長男として育てられたノアだったが、肌の色や顔立ちも、体つきまで周囲とはまるで違い、華奢で儚げだ。自分はひょっとして拾われた子なのではないかと悩んでいたが、それを口に出すことすら躊躇っていた。
弟のコネハはノアを村の長にするべく奮闘しているが、ノアは竜体にもなれないし、人を癒す力しかもっていない。ひ弱な自分はその器ではないというのに、日々プレッシャーだけが重くのしかかる。
むしろ身体も大きく力も強く、雄々しく美しい弟ならば何の問題もなく長になれる。長男である自分さえいなければ……そんな感情が膨らみながらも、村から出たことのないノアは今日も一人山の麓を眺めていた。
だがある日、両親の会話を聞き、ノアは竜人ですらなく人間だった事を知ってしまう。人間の自分が長になれる訳もなく、またなって良いはずもない。周囲の竜人に人間だとバレてしまっては、家族の立場が悪くなる――そう自分に言い訳をして、ノアは村をこっそり飛び出して、人間の国へと旅立った。探さないでください、そう書置きをした、はずなのに。
人間嫌いの弟が、まさか自分を追って人間の国へ来てしまい――
【完結】愛執 ~愛されたい子供を拾って溺愛したのは邪神でした~
綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
BL
「なんだ、お前。鎖で繋がれてるのかよ! ひでぇな」
洞窟の神殿に鎖で繋がれた子供は、愛情も温もりも知らずに育った。
子供が欲しかったのは、自分を抱き締めてくれる腕――誰も与えてくれない温もりをくれたのは、人間ではなくて邪神。人間に害をなすとされた破壊神は、純粋な子供に絆され、子供に名をつけて溺愛し始める。
人のフリを長く続けたが愛情を理解できなかった破壊神と、初めての愛情を貪欲に欲しがる物知らぬ子供。愛を知らぬ者同士が徐々に惹かれ合う、ひたすら甘くて切ない恋物語。
「僕ね、セティのこと大好きだよ」
【注意事項】BL、R15、性的描写あり(※印)
【重複投稿】アルファポリス、カクヨム、小説家になろう、エブリスタ
【完結】2021/9/13
※2020/11/01 エブリスタ BLカテゴリー6位
※2021/09/09 エブリスタ、BLカテゴリー2位
【完結】第三王子は、自由に踊りたい。〜豹の獣人と、第一王子に言い寄られてますが、僕は一体どうすればいいでしょうか?〜
N2O
BL
気弱で不憫属性の第三王子が、二人の男から寵愛を受けるはなし。
表紙絵
⇨元素 様 X(@10loveeeyy)
※独自設定、ご都合主義です。
※ハーレム要素を予定しています。

美形×平凡の子供の話
めちゅう
BL
美形公爵アーノルドとその妻で平凡顔のエーリンの間に生まれた双子はエリック、エラと名付けられた。エリックはアーノルドに似た美形、エラはエーリンに似た平凡顔。平凡なエラに幸せはあるのか?
──────────────────
お読みくださりありがとうございます。
お楽しみいただけましたら幸いです。
【完結】僕がハーブティーを淹れたら、筆頭魔術師様(♂)にプロポーズされました
楠結衣
BL
貴族学園の中庭で、婚約破棄を告げられたエリオット伯爵令息。可愛らしい見た目に加え、ハーブと刺繍を愛する彼は、女よりも女の子らしいと言われていた。女騎士を目指す婚約者に「妹みたい」とバッサリ切り捨てられ、婚約解消されてしまう。
ショックのあまり実家のハーブガーデンに引きこもっていたところ、王宮魔術塔で働く兄から助手に誘われる。
喜ぶ家族を見たら断れなくなったエリオットは筆頭魔術師のジェラール様の執務室へ向かう。そこでエリオットがいつものようにハーブティーを淹れたところ、なぜかプロポーズされてしまい……。
「エリオット・ハワード――俺と結婚しよう」
契約結婚の打診からはじまる男同士の恋模様。
エリオットのハーブティーと刺繍に特別な力があることは、まだ秘密──。
⭐︎表紙イラストは針山糸様に描いていただきました
精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる
風見鶏ーKazamidoriー
BL
秋津ミナトは、うだつのあがらないサラリーマン。これといった特徴もなく、体力の衰えを感じてスポーツジムへ通うお年ごろ。
ある日帰り道で奇妙な精霊と出会い、追いかけた先は見たこともない場所。湊(ミナト)の前へ現れたのは黄金色にかがやく瞳をした美しい男だった。ロマス帝国という古代ローマに似た巨大な国が支配する世界で妖精に出会い、帝国の片鱗に触れてさらにはドラゴンまで、サラリーマンだった湊の人生は激変し異なる世界の動乱へ巻きこまれてゆく物語。
※この物語に登場する人物、名、団体、場所はすべてフィクションです。
王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません
きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」
「正直なところ、不安を感じている」
久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー
激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。
アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。
第2幕、連載開始しました!
お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。
以下、1章のあらすじです。
アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。
表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。
常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。
それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。
サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。
しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。
盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。
アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる