上 下
71 / 99
第一章

71話「理不尽な存在」国王・サイド

しおりを挟む


――国王ワルモンド・サイド――


「くそっ……! ウィルバートめ! 忌々しい!! 突然やってきて、余からすべてを奪っていきおった!!」

魔石にルーンを刻んだ功績、魔法陣の開発、古文書と魔導書の誤字報告……すべての手柄を奪われた!

奴のせいで余は大嘘つきのろくでなしになった! 息子にも失望された! このままでは愚王として歴史に名を残すことになる!

だがまだ王宮にいる限られた人間に知られただけだ。国民の大半は魔石を開発したのがウィルバートだとは知らない。

奴らを葬りさってしまえば……まだ余の威厳は保てる。

「大臣、庭にいる魔術師とウィルバートに球体に捉えられた弓兵と、今日王宮で働いていた使用人を全て捉えよ! 執事、料理人、メイド、庭師、職に関係なく全て捉えよ! こたびのことを口外させてはならない!」

「陛下、今日王宮で働いていた使用人全員でございますか? 五百人以上はおりますよ?」

「構わん! また新しく雇えば良い! 変わりはいくらでもいる!」

「承知いたしました」

「トレネン、デリカ、お前たちも命が惜しかったら今日のことは黙っているのだぞ!」

余とて息子と息子の婚約者の命を奪いたくはない。

二人は無言で首を縦に振った。

「それでいい。案ずるな、お前たちの悪事も闇に葬ってやる」

デリカが学年最下位に近い成績の愚か者だと分かったのは痛いが、デリカはシムソン公爵家の次女だ。それに見た目も良い。それだけで生かしておく価値がある。

トレネンには頭の良い側室を取らせ、仕事は側室にやらせる。

デリカはパーティーに出て笑っていれば良い。

デリカには王家と公爵家の血を引く、見目の良い子供を産ませ、生まれてきた子が女なら大国に嫁がせ、男なら王太孫として育てる。

美形の王子は国民の支持を得やすいからな。

「ワルモンド、あんたは相変わらずの悪党ね」

女の声がしたので声がしたので振り返る。

バルコニーの手すり(竜の毒爪で溶けていない部分)にメイド服を着た黒髪の女が立っていた。

物凄く美人でスタイルも良い。だが鋭く冷たい目をしている。

「貴様はドラゴンの背に乗っていた娘だな! ウィルバートの仲間か? 無礼者め! ここをどこだと心得る! 余は国王だぞ! メイド風情に呼び捨てにされるおぼえはない!」

ウィルバートもドラゴンもいないのに、一人で乗り込んでくるとは馬鹿な女だ!

「今すぐに捕らえて殺してやる! その前に一度か二度かわいがってやってもよいな。これだけの美形だ、ただ殺すのは惜しい」

気の強い女を組み敷くときの快感はたまらない。

「あら? アタシが誰だか分からないの? これだから嫌なのよね記憶力の悪い男は、つい一カ月前に会ったばかりなのに」

一月ひとつき前に会ったばかりだと?」

これほどの美形なら、大勢のメイドの中に紛れていても気づくはず。

「嘘をつくな! 余は貴様になど会った覚えはない!」

「あら本当に忘れてしまったの? もうろくしたのかしらね? それともこの姿では分からないのかしら?」

黒髪のメイドが指をパチンと鳴らす。

娘の黒い髪は真っ赤に染まり、みつあみがほどけ腰まで届くサラサラとしたロングヘアーに変わる。

地味なメイド服は、胸元が大きく開いた深紅のドレスに変わった。

「この姿ならわかるかしら?」

バルコニーには挑発的な視線が特徴的な、美女が立っていた。

「ア、アダルギーサ……!」

まさか、ウィルバートと一緒にいたメイドが赤の魔女だったとは!

「アダルギーサ? 赤の魔女と言われる、あの女ですか?!」

アダルギーサという名前に大臣が反応し、

「「赤の魔女??」」

赤の魔女という言葉にトレネンとデリカが反応した。

「な、何をしに来た……! 余は罰ならすでに受けておる!」

「それはハルトとリーゼロッテが下した罰でしょう? アタシはあんたたちにまだ罰を下してないわ」

アダルギーサは真っ赤な口紅が塗られた唇を上げ、ニヤリと笑った。

背筋に嫌な汗が流れる。

魔女の笑みにはウィルバートの火球や、ドラゴンの毒の牙や爪とはまた違った種類の恐ろしさがあった。

ウィルバートの呪いが解けなければ、余は顔をゴブリンにされてしまう!

「わたしはあなたに何にもしてないわよ! 何であなたから罰を受けないといけないのよ!」

愚かにもデリカが、アダルギーサに口答えをした。

「馬鹿者! 貴様は黙っていろ!」

余がデリカを叱責すると、デリカは口をつぐんだ。

自分よりはるかに格上の生き物と対峙していることが、このアホ娘には分からないのか!

「あら理由ならあるのよ。頭の悪いお嬢さん」

魔女は手すりからバルコニーに降り立ち、デリカの顎を掴み無理やり上を向かせる。
 
「ハルトもリーゼロッテもアタシの大事な友達なの。あんたたちは大切な友達の尊厳を傷つけた。アタシがあんたたちに罰を下すに理由はそれで充分なのよ」

魔女に至近距離で睨まれたデリカは、蛇に睨まれた蛙のように怯えていた。

「……そ、そんなの理不尽よ」

「そうよ、魔女って理不尽なの。理不尽で、傲慢で、腹が立つ存在なのよ。だから皆から嫌われ、恐れられているの」

アダルギーサがデリカの目を見てクスリと笑った。



☆☆☆☆☆
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

婚約破棄をされた悪役令嬢は、すべてを見捨てることにした

アルト
ファンタジー
今から七年前。 婚約者である王太子の都合により、ありもしない罪を着せられ、国外追放に処された一人の令嬢がいた。偽りの悪業の経歴を押し付けられ、人里に彼女の居場所はどこにもなかった。 そして彼女は、『魔の森』と呼ばれる魔窟へと足を踏み入れる。 そして現在。 『魔の森』に住まうとある女性を訪ねてとある集団が彼女の勧誘にと向かっていた。 彼らの正体は女神からの神託を受け、結成された魔王討伐パーティー。神託により指名された最後の一人の勧誘にと足を運んでいたのだが——。

ボロ雑巾な伯爵夫人、やっと『家族』を手に入れました。~旦那様から棄てられて、ギブ&テイクでハートフルな共同生活を始めます2~

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
 第二夫人に最愛の旦那様も息子も奪われ、挙句の果てに家から追い出された伯爵夫人・フィーリアは、なけなしの餞別だけを持って大雨の中を歩き続けていたところ、とある男の子たちに出会う。  言葉汚く直情的で、だけど決してフィーリアを無視したりはしない、ディーダ。  喋り方こそ柔らかいが、その実どこか冷めた毒舌家である、ノイン。    12、3歳ほどに見える彼らとひょんな事から共同生活を始めた彼女は、人々の優しさに触れて少しずつ自身の居場所を確立していく。 ==== ●本作は「ボロ雑巾な伯爵夫人、旦那様から棄てられて、ギブ&テイクでハートフルな共同生活を始めます。」からの続き作品です。  前作では、二人との出会い~同居を描いています。  順番に読んでくださる方は、目次下にリンクを張っておりますので、そちらからお入りください。  ※アプリで閲覧くださっている方は、タイトルで検索いただけますと表示されます。

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

義妹の嫌がらせで、子持ち男性と結婚する羽目になりました。義理の娘に嫌われることも覚悟していましたが、本当の家族を手に入れることができました。

石河 翠
ファンタジー
義母と義妹の嫌がらせにより、子持ち男性の元に嫁ぐことになった主人公。夫になる男性は、前妻が残した一人娘を可愛がっており、新しい子どもはいらないのだという。 実家を出ても、自分は家族を持つことなどできない。そう思っていた主人公だが、娘思いの男性と素直になれないわがままな義理の娘に好感を持ち、少しずつ距離を縮めていく。 そんなある日、死んだはずの前妻が屋敷に現れ、主人公を追い出そうとしてきた。前妻いわく、血の繋がった母親の方が、継母よりも価値があるのだという。主人公が言葉に詰まったその時……。 血の繋がらない母と娘が家族になるまでのお話。 この作品は、小説家になろうおよびエブリスタにも投稿しております。 扉絵は、管澤捻さまに描いていただきました。

幼馴染み達が寝取られたが,別にどうでもいい。

みっちゃん
ファンタジー
私達は勇者様と結婚するわ! そう言われたのが1年後に再会した幼馴染みと義姉と義妹だった。 「.....そうか,じゃあ婚約破棄は俺から両親達にいってくるよ。」 そう言って俺は彼女達と別れた。 しかし彼女達は知らない自分達が魅了にかかっていることを、主人公がそれに気づいていることも,そして,最初っから主人公は自分達をあまり好いていないことも。

美しい姉と痩せこけた妹

サイコちゃん
ファンタジー
若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――

全てを捨てた私に残ったもの

みおな
恋愛
私はずっと苦しかった。 血の繋がった父はクズで、義母は私に冷たかった。 きっと義母も父の暴力に苦しんでいたの。それは分かっても、やっぱり苦しかった。 だから全て捨てようと思います。

処理中です...