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第一章
71話「理不尽な存在」国王・サイド
しおりを挟む――国王ワルモンド・サイド――
「くそっ……! ウィルバートめ! 忌々しい!! 突然やってきて、余からすべてを奪っていきおった!!」
魔石にルーンを刻んだ功績、魔法陣の開発、古文書と魔導書の誤字報告……すべての手柄を奪われた!
奴のせいで余は大嘘つきのろくでなしになった! 息子にも失望された! このままでは愚王として歴史に名を残すことになる!
だがまだ王宮にいる限られた人間に知られただけだ。国民の大半は魔石を開発したのがウィルバートだとは知らない。
奴らを葬りさってしまえば……まだ余の威厳は保てる。
「大臣、庭にいる魔術師とウィルバートに球体に捉えられた弓兵と、今日王宮で働いていた使用人を全て捉えよ! 執事、料理人、メイド、庭師、職に関係なく全て捉えよ! こたびのことを口外させてはならない!」
「陛下、今日王宮で働いていた使用人全員でございますか? 五百人以上はおりますよ?」
「構わん! また新しく雇えば良い! 変わりはいくらでもいる!」
「承知いたしました」
「トレネン、デリカ、お前たちも命が惜しかったら今日のことは黙っているのだぞ!」
余とて息子と息子の婚約者の命を奪いたくはない。
二人は無言で首を縦に振った。
「それでいい。案ずるな、お前たちの悪事も闇に葬ってやる」
デリカが学年最下位に近い成績の愚か者だと分かったのは痛いが、デリカはシムソン公爵家の次女だ。それに見た目も良い。それだけで生かしておく価値がある。
トレネンには頭の良い側室を取らせ、仕事は側室にやらせる。
デリカはパーティーに出て笑っていれば良い。
デリカには王家と公爵家の血を引く、見目の良い子供を産ませ、生まれてきた子が女なら大国に嫁がせ、男なら王太孫として育てる。
美形の王子は国民の支持を得やすいからな。
「ワルモンド、あんたは相変わらずの悪党ね」
女の声がしたので声がしたので振り返る。
バルコニーの手すり(竜の毒爪で溶けていない部分)にメイド服を着た黒髪の女が立っていた。
物凄く美人でスタイルも良い。だが鋭く冷たい目をしている。
「貴様はドラゴンの背に乗っていた娘だな! ウィルバートの仲間か? 無礼者め! ここをどこだと心得る! 余は国王だぞ! メイド風情に呼び捨てにされるおぼえはない!」
ウィルバートもドラゴンもいないのに、一人で乗り込んでくるとは馬鹿な女だ!
「今すぐに捕らえて殺してやる! その前に一度か二度かわいがってやってもよいな。これだけの美形だ、ただ殺すのは惜しい」
気の強い女を組み敷くときの快感はたまらない。
「あら? アタシが誰だか分からないの? これだから嫌なのよね記憶力の悪い男は、つい一カ月前に会ったばかりなのに」
「一月前に会ったばかりだと?」
これほどの美形なら、大勢のメイドの中に紛れていても気づくはず。
「嘘をつくな! 余は貴様になど会った覚えはない!」
「あら本当に忘れてしまったの? もうろくしたのかしらね? それともこの姿では分からないのかしら?」
黒髪のメイドが指をパチンと鳴らす。
娘の黒い髪は真っ赤に染まり、みつあみがほどけ腰まで届くサラサラとしたロングヘアーに変わる。
地味なメイド服は、胸元が大きく開いた深紅のドレスに変わった。
「この姿ならわかるかしら?」
バルコニーには挑発的な視線が特徴的な、美女が立っていた。
「ア、アダルギーサ……!」
まさか、ウィルバートと一緒にいたメイドが赤の魔女だったとは!
「アダルギーサ? 赤の魔女と言われる、あの女ですか?!」
アダルギーサという名前に大臣が反応し、
「「赤の魔女??」」
赤の魔女という言葉にトレネンとデリカが反応した。
「な、何をしに来た……! 余は罰ならすでに受けておる!」
「それはハルトとリーゼロッテが下した罰でしょう? アタシはあんたたちにまだ罰を下してないわ」
アダルギーサは真っ赤な口紅が塗られた唇を上げ、ニヤリと笑った。
背筋に嫌な汗が流れる。
魔女の笑みにはウィルバートの火球や、ドラゴンの毒の牙や爪とはまた違った種類の恐ろしさがあった。
ウィルバートの呪いが解けなければ、余は顔をゴブリンにされてしまう!
「わたしはあなたに何にもしてないわよ! 何であなたから罰を受けないといけないのよ!」
愚かにもデリカが、アダルギーサに口答えをした。
「馬鹿者! 貴様は黙っていろ!」
余がデリカを叱責すると、デリカは口をつぐんだ。
自分よりはるかに格上の生き物と対峙していることが、このアホ娘には分からないのか!
「あら理由ならあるのよ。頭の悪いお嬢さん」
魔女は手すりからバルコニーに降り立ち、デリカの顎を掴み無理やり上を向かせる。
「ハルトもリーゼロッテもアタシの大事な友達なの。あんたたちは大切な友達の尊厳を傷つけた。アタシがあんたたちに罰を下すに理由はそれで充分なのよ」
魔女に至近距離で睨まれたデリカは、蛇に睨まれた蛙のように怯えていた。
「……そ、そんなの理不尽よ」
「そうよ、魔女って理不尽なの。理不尽で、傲慢で、腹が立つ存在なのよ。だから皆から嫌われ、恐れられているの」
アダルギーサがデリカの目を見てクスリと笑った。
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