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第一章
45話「まずいわ!」デリカ・サイド
しおりを挟む――デリカ・サイド――
まずい、まずい、まずい、まずい、まずいわ!
トレネン様に「王太子と王太子妃の仕事が忙しくて、とても宿題までは手がまわらないから、宿題は自分でやってくれ」って言われてしまったわ。
宿題をリーゼロッテにやらせようにも、リーゼロッテは結婚して以来学園に来てないし。
その上、協力者のはずのミハエル先生が、わたしの答案と成績優秀者の答案の入れ替えを断ってきた。
それなら「テストの問題と答えをあらかじめ教えて」と言ったら、それも断られた。
「私は教師を辞めて田舎に帰ることにしました」
「はっ? 何それ? ミハエル先生どういうことの!」
「私がデリカ様の不正に手を貸していたのは、リーゼロッテ様の評判を落とすことにつながるからです。リーゼロッテ様の評判が落ちれば、リーゼロッテ様はいずれ王太子殿下に婚約を破棄され、私のもとまで転がり落ちてくると、そう思っていました」
「ミハエル先生の望み通り、リーゼロッテはトレネン様に婚約破棄されたわ! 何が不服なの?」
「ええ確かにリーゼロッテ様は私の望み通り王太子殿下に婚約を破棄されました。ですがすぐに王兄殿下と結婚されてしまいました。結婚を機に学園も辞めてしまった」
「リーゼロッテが学園を辞めた?」
そんな話、聞いてないわ!
「公爵夫妻から伺っておりませんか? リーゼロッテ様の学園での成績は最低、公爵夫妻は『これ以上リーゼロッテの為に学費を出しても金の無駄だ』とおっしゃり、王兄殿下との結婚と同時に、リーゼロッテ様の退学の手続きをされたのですよ。
リーゼロッテ様の成績が悪かったのは、デリカ様に宿題を奪われ、テストの成績をデリカ様のものと入れ替えられていたからなのですが、公爵夫妻はそのことをご存知無かったようですね」
お父様とお母様が、リーゼロッテの退学手続きをした?
まだ卒業までの宿題とか、卒業試験とか、卒業制作のリポートの提出とか、リーゼロッテにやらせることが山ほどあったのに! お父様ったら余計なことを!
「私は王太子殿下に婚約破棄され、評判が地に落ち、傷物になったリーゼロッテ様をお慰めし、リーゼロッテ様と結婚するつもりでした。だからデリカ様の汚い策略にも手を貸したのです」
ミハエル先生がリーゼロッテと結婚を望んでいた?! 聞き間違いじゃないわよね?
「ミハエル先生はわたしの事が好きだったんじゃないの?」
「まさか、成績も素行も態度も最悪なあなたに、惹かれたことなど一度もありません」
ミハエル先生がわたしを蔑んだ目で見下ろし、くすくすと笑う。
「だったらなんで、先生はわたしの事を抱いたのよ!」
色仕掛けで完全にわたしの味方にできたと思ったのに! ミハエル先生がリーゼロッテを好きだったなんて計算外だわ!
「勘違いしないでいただきたい。デリカ様、あなたはあくまでもリーゼロッテ様の代用です」
「わたしがリーゼロッテの代用?」
「そうです。しかしベッドの上で下品にあえぐあなたは見るに耐えなかった。あなたを抱いた事を後悔しています。リーゼロッテ様のイメージが悪くなっただけでした」
わたしの体を好きなように弄んでおいて、そんな風に言うなんて、こいつ最低ね!
「なぜあなたのような頭が空っぽのアバズレが、清楚で清らかで優秀でマナーも学問も完璧て天使のようなリーゼロッテ様と同じ顔をしているのでしょう? 神も罪なことをなさいます」
ミハエル先生が残念そうな顔で首を横に振った。
美人でナイスバディで両親に愛されて育ったわたしが、両親に愛されずボロをまとっているガリ勉のリーゼロッテより劣るというの? バカにして!
「何よ偉そうに! わたしがミハエル先生との関係をみんなに話したらどうなるか分かっているの? ミハエル先生は破滅よ!」
教師が生徒に手を出して、ただで済むとは思ってないわよね?
「分かっていますよ。皆に言いたいのならお好きにどうぞ。その時はあなたも破滅しますけどね」
「わたしが……破滅?」
「借りにも王太子の婚約者の座につくものが、教師と関係を持っていた……王族はあなたのことを、どのように思うでしょうね?」
先生は私の顔を見てニヤリと笑った。
「ミハエル先生に無理やり襲われたって言うわ!」
「同じことです。傷物になった令嬢に世間は冷たいですよ。リーゼロッテ様は女癖が悪いとはいえ王族に嫁げましたが、あなたはどうでしょう? よくて裕福な商人の後妻になるぐらいしか道はないでしょうね」
悔しいけどミハエル先生の言う通りだわ!
「私を脅す気」
「いいえ、そんなつもりは全くありません。ただ私とあなたが肉体関係を持ったことは、黙っていた方がお互いのためだと申し上げたまでです。
成績の改ざん、複数の男子生徒との密会、下位貴族の女子生徒への嫌がらせ……デリカ様には人に知られたら不味いことが多いでしょう?」
「くっ……!」
「リーゼロッテ様は学園を辞められたので、今後は不祥事を起こしても、リーゼロッテ様のせいにはできませんよ」
腹が立つ! なんなのよ! ミハエル先生の人を食ったような態度は!
「では、私はこれで失礼します。成績のことが心配なら他の男性教諭に当たるのですね。色仕掛けで籠絡するのはお得意でしょう?」
ミハエル先生はそう言って部屋を出ていった。
ふざけんじゃないわよ! わたしだって誰にでも体を許すわけじゃないんだから!
若くて見た目の良い男にしか手を出さないのよ!
ミハエル先生がいなくなったら、学園に残っている教師は女と年寄りしかいないじゃない!
どうしよう? どうすればいいの? 考えるのよデリカ!
そうだ! リーゼロッテは学園を辞めたのよね? それを利用すればいいわ!
リーゼロッテを、わたしの替え玉として学園に通わせればいいのよ! 冴えてる!
卒業するまでわたしの代わりにリーゼロッテに授業を受けさせ、テストも代わりに受けさせ、宿題もリーゼロッテにさせればいいんだわ!
ついでに王太子妃教育の替え玉もさせようかしら?
リーゼロッテが王太子妃教育を受けている間、わたしは遊んでいられるわ!
そうと決まったらさっそく行動しなくちゃ!
まずはトレネン様にお願いしなくては!
「王太子妃教育が忙しくて学園に通う余裕がないから、私の代わりにリーゼロッテを学園に通わせて。
王兄殿下に卒業までリーゼロッテを貸してくださるように頼んで」
瞳に涙を浮かべ、上目遣いでお願いすれば、トレネン様は何でも言うことを聞いてくださるわ!
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