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第一章

36話「魔石と魔力」

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「そう思うよね。当時の僕もリーゼロッテが今感じていることと同じことを思ったんだ。

それに、僕の冤罪が晴れたらワルモンドの代わりに僕が王太子にならなければいけない。

そして僕が魔女に呪いをかけられたとき、僕を信じなかった。臣下や国民の為に働かなくてはいけない。

それが嫌でね、冤罪を晴らすのをやめたんだ」

「そんなことがあったのですね……」

ハルト様が無実だと知りながら、ハルト様の冤罪を晴らす気がなかった前王陛下に、ハルト様は失望したのですね。

「本に誤字や計算違いがあるのは気持ち悪いから、誤字報告だけは今でも続けてるけどね。それから魔石の……」

ハルト様が手にしていたティーカップがガゼボの床に落ちた。ガシャーンと音を立て、カップが砕け散った。

「ハルト様!」

ハルト様がテーブルに肘を付き、額をおさえている。

「心配ないよ、ちょっとめまいがしただけだから」

「私、シャインさんをよんできます……!」

「シャインくんには、知らせないで……!」

立ち上がろうとした私の手をハルト様が掴んだ。

「あのっ……」

ハルト様に手を握られ、心臓がドキリと音を立てる。

「あっ、ごめん」

ハルト様が掴んでいた私の手を離してくれた。

「大丈夫、少し横になっていれば治るから」

「ですが……」

「心配してないで、そこの長椅子に横になっていればすぐに治まるから」

私はハルト様の体を支え、ハルト様をガゼボの長椅子に寝かせた。

横になったハルト様の顔は青白いまま、心配するなと言われても無理です。

「やっぱりシャインさんに……」

「シャインくんは心配症なんだ、黙っていてくれないか」

「でも……」

「これは病気じゃないんだ。ただの魔力不足」

「魔力不足……ですか?」

「リーゼロッテは、魔石って知ってる?」

「はい、ルーンを刻むと様々な効果を発揮するんですよね。使用者が少し魔力を加えると発動する。魔石にルーンを刻むことに成功したのもハルト様なんですよね」

魔石に水のルーンを刻めば魔石から水を出せ。魔石に火のルーンを刻めば魔石から火を出せる。魔石に魔除けのルーンを刻めばモンスター避けの結界になる。

「その魔石に魔力を流しているのが僕なんだ」

「えっ? もしかして国中の魔石に魔力を流しているんですか?!」

魔石は数が限られていて高価なので、王族と一部の貴族しか持っていません。それでも相当の数です。

それに国境の壁には、魔物避けの結界として魔石が埋め込まれています。

魔石の開発により王城では使用人は水くみの仕事から開放され、薪がなくても火を起こせるようになり、料理やお風呂の支度がとても楽になったときいております。

「水、火、結界の魔石の数を合わせたら千を越えます!」

もしかしたら私が知らないだけで、魔石の数はもっとあるかもしれません。

「全部僕がルーンを刻んだ。すべての魔石は開発者である僕の魔力で動いている」

魔石がそんな仕組みで動いているとは知りませんでした。

「魔石の使用時に魔石の使用者の魔力を使うけど、それは魔石を動かす魔力の必要量の一パーセント以下に過ぎない。魔石は僕の魔力を糧に動いている。

ずっと国中の魔石に魔力を流していたんだけど。最近魔力の使用量が増えたのか、時々こうして魔力切れを起こすんだ」

そんな状態でハルト様は、初めてお会いしたとき私にそよ風ブリーズとヒールの魔法を使ってくださったのですね。

「シャインくんやアダルギーサに知られると、『魔石に魔力を流すの止めろ』って言われるから、体調を崩すことは秘密にしてるんだ」

「私もシャインさんや魔女様と同じ意見です。魔力切れを起こしている状態で魔石に魔力を流し続けるのは危険です。今すぐ止めるべきです」

前王陛下も、ワルモンド陛下も、ハルト様に酷いことをしたのに、国民はワルモンド陛下が流したハルト様の悪い噂を信じているのに、どうしてそこまでして国の為に尽くすのでしょう。

「ハルト様はご自分の身を危険に晒してまで、魔石に魔力を流し続けるのですか?」

「なんでだろうね。魔石にルーンに刻んで普及させた責任かな?」

「魔石にルーンを刻んだ手柄はワルモンド陛下に奪われたんですよね。ハルト様がどんなに頑張っても功績を認められるわけでも、感謝される訳でもないのに、それなのになぜ……?」

「まぁ確かに発端は僕の部屋にあった魔石をワルモンドが持ち出して、自分の功績てして貴族に売ったことなんだけど……」

この屋敷に来てから私の中のワルモンド陛下の評価が下がりまくって、今はもうマイナスを通り越して地の底です。

「水と火のルーンを刻んだ魔石が普及したことで生活が便利になったことも、結界のルーンを刻んだ魔石によって魔物の被害が減ったことも嬉しいんだ。例え何一つ僕の出柄にならなくてもね」

王族に見捨てられ、民にて罵られても、ハルト様は王族や国や民を見捨てられないのですね。

ハルト様は優し過ぎます。

「僕が死んだら魔石はただの石に戻ってしまう。だけどそれまでに国の魔術が進歩して、魔石に変わるものができるといいなって……」

ハルト様より魔術に精通されている方は、この国にはおりません。

クルーゲ国には優秀な方が育つ土壌がないのです。

国王陛下は魔道士の育成にお金をかけていません。たまに魔力の高い生徒や、魔術書に詳しい生徒が現れても、王太子殿下が嫉妬して『俺より優秀な人間は学園にはいらない』と言って学園から追放してしまうのです。

優秀な魔道士の卵が何人国外に流出したことか。

ハルト様がいなくなったあとのこの国の未来は暗いでしょう。


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