【完結】「聖女として召喚された女子高生、イケメン王子に散々利用されて捨てられる。傷心の彼女を拾ってくれたのは心優しい木こりでした」

まほりろ

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二章

33話「国王の登場」ざまぁ

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クランテットという土地は、ハルフェラル帝国内にいくつかある重要な街道のうち、特に重要度の高い2つを含めた3つの街道が交差する場所に位置している。

道が交差すれば、人もまた交差する。人が交差すれば、感情は絡まり合う。絡まり合った感情は損得に掻き回され、損得を知ればそこに悪意もまた、生まれる。

そうしてどうしようもないくらいに人と人、悪意と悪意が絡まり合ってできたのが、クランテットという交易都市だ。

その成り立ち故に帝都の負けず劣らずの闇を抱えるこの街は、その活気に満ちた昼間の喧騒とは裏腹に【俗物の都】などと揶揄されることもある。一攫千金を狙える土地であるが故に、金に目の眩んだ者から順に手段を問わない外道になり果ててしまうのだ。

優しいところで窃盗に始まり、恐喝、強盗、禁止薬物売買、人攫い、殺人と、この街で行われていない犯罪は存在しないとまで言われている。実際、今挙げた凶悪犯罪が序の口だと言える程度には、この街の闇は昏く、深い。

クランテットの長であるジューディス家とて、その闇の全てを知る訳ではない。――いや、この街は大きくなり過ぎた。もう誰も、この街の全てを知る者は居ない。

だからこそ私、マリスリース・ノーテルはお嬢様の命に従いクランテットに忍び込んだ。クランテットの闇に潜み、ジューディス家が排斥された街の現状を知るために。現状を打破するための真実を得るために。


「メイドさんといっしょ、メイドさんといーっしょ! これってアレだよね? マリーちゃんルートって奴だよね? イリーちゃん公認の仲ってことだよね?!」
「……そうでないことを、切に願っています」


――何か1名、余計なものを引き連れて。




―――――――――――――――――――――――――――――――――




「マリー、私はここで昼寝しているから、その間にジューディス家の屋敷の偵察に行ってくれない?」

時は遡り、事の発端は今朝がたにお嬢様が発したこの言葉。

謎の少女ミーシャ・ストレイルがどこからか取り出したサンドイッチを受け取りながら何でもない事のように命じたそれは、私の度肝を抜くには十分な内容だった。

「お嬢様、何を言っておられるのですか?!
偵察するまでもなくロッシーニュの謀反は確実。だからこそ帝国軍の常駐するランヴィルドまで赴いて、軍を率いロッシーニュを討つべきでは?」

街の城壁の外、追っ手から身を隠す場所の無い草原。街から近いこともあって魔物はほとんど見ないが、それでも皆無というわけではない。私に寄り掛かってやっと体を起こせているような体調のお嬢様から離れるには、あまりに危険すぎる環境だ。

しかしお嬢様はそれを是と言う。その思慮深さで知られるお嬢様が血迷ったことを言うとは思えないが、それでも護衛として、従者として素直に受け入れることのできない言葉だ。しかしその反応は予想済みだったのか、お嬢様はいたずらっぽく微笑んで言葉を続ける。

「そんなの後回しにてもどうにかなるわ。重要なのは今しかできない事、今しか間に合わない事よ。マリー、私が何のことを言っているのか分かる?」
「……お館様をお救いすること、でしょうか。ですが館の惨状を見た限りでは、お館様の生存は絶望的と言う他なく――」
「あ、お父様の生き死には割とどうでも良いわね。元から事あるごとに血を吐く虚弱体質だったし、今更何が原因でくたばろうが、医者の余命宣告よりは長く生きてるんだから特に気にするところではないわ。答えはロッシーニュの真意を知ることよ」
「そんなご無体な……」

自らの無力に頬を噛みそうになった直後の、あまりに軽い調子のお嬢様の言葉に肩を落とす。ミーシャ・ストレイルが目の前で「家族とは仲良くしないといけないんだよー!」と呑気な事を言いながら頬を膨らましていることと、それを適当に宥めるお嬢様の姿という平穏そのものな光景も相まって、今が本当に緊急事態なのかが自分の中で怪しくなってくる。

いや、もしかすると本当に今は気を張らなくても良い場面なのかもしれない。お嬢様はそれを察し、無茶に聞こえることを言っているのかも。

ミーシャ・ストレイルの登場を切っ掛けに追っ手は撃退し、ミーシャ・ストレイルから「ご飯は皆で食べた方がおいしいんだよ!」と言って提供された食料のおかげで行き倒れの心配もない。魔物だってミーシャ・ストレイルが持っていた「超究極バリアー発生装置使い切りタイプ」なるけったいな獣除けの香を焚いていれば、場違いに強力なものでなければ近寄っては来ないだろう。

嗚呼ミーシャ・ストレイル、貴女はなんて都合の良い女なのでしょう。これだけ都合の良い存在が居れば、山場を越えたとお嬢様が考えることも頷ける。

だとすればまだまだ気を抜くことはできないが、ひとまずは護衛としての本懐を果たしたと言えるのでは――

「そもそも正念場はこれからだっていうのに、これ以上足手纏い増やしたら何をするまでもなく全滅よ?」

全然そんなことはなかったらしい。面目ない。

「お嬢様、次の正念場とは一体――?」
「それについてはまだ確証が持てないから、ここでは言わないでおくわ。ここ最近ずっと寝込んでたから、手持ちの情報が少なすぎるのよ。
追っ手の指揮をしていたロッシーニュが謀反を起こしたことは分かるんだけれども、その経緯や動機がもうさっぱり。全然絞れない。本当にロッシーニュが黒幕なのかどうかも含めて、ね。
一応あの狸爺が動いた理由なら俗なものから妄想に近いものまで合わせてパッと50は思い付くのだけれども――もし思い付いた中でも最悪のものが当たっていたとしたら、ランヴィルドに行くと道中で間違いなく死ぬのよね、私たち」

明日の今頃は蛇のお腹の中かしら、と最後にぽつりと付け加えるお嬢様。その言葉に私は背筋が凍るような思いがした。

お嬢様がこういう言い方をする時は、大抵の場合確証が無くとも確信がある時だ。つまりお嬢様はこの逃避行の果てに確実な死を予感していたということであり、しかし私は護衛でありながらその気配すら察することができなかった。

あらゆる危険を想定し、あらゆる死の気配に鋭くあるべき護衛がこの様では、さぞお嬢様も心細かったことだろう。本当に、面目ない。

「でも逆に、想定する最悪でさえなければ時間は山のようにある。一日や二日ランヴィルドに着くのが遅れたからって、ロッシーニュに私たちを排斥する大義が存在しない以上は特に気にするほどの問題は無いから」
「ロッシーニュが流言を用いて民衆の支持を得ていた場合は、どうしましょう」
「その時は皇帝陛下にジューディス家の後ろ盾になって貰いましょう。それができるだけの家格はあるわ。
だからロッシーニュの真意を判断できるだけの情報が集まるまで、ランヴィルドまでの移動は保留。良いわね?」

最後に有無を言わさないように言い切れば、お嬢様は眠たげに瞳を伏せた。もう言うべきことは全て言った、ということらしい。

お嬢様の頭の中でどのような思考が繰り広げられ、そしてどのような解が出たのかは、私の考えの及ぶところではない。だが少なくともお嬢様の中に生まれた確信は、私如きの言葉で意見を翻すほど生温いものではないということだけは分かる。

「――わかりましたお嬢様。このマリスリース、お嬢様が昼寝を終えるまでに必要とする情報を集めてまいりましょう。……これで、良いんですよね?」

ならば私にできることは、一刻も早く情報を集めることでお嬢様が無防備を晒す時間を短くするということだけ。

これが私の考えうる最良の、お嬢様の期待を裏切らない事と、護衛としての責務を全うするための折衷案。お嬢様もその答えに満足したのか、ひらひらと手を振り私を送り出す姿勢になっている。

「あとついでにミーシャちゃんの観光案内もお願いね。なんだか危なっかしい子だから、目を離しちゃだめよ?」




―――――――――――――――――――――――――――――――――




「いや、やっぱり前後の文脈がおかしくないですかお嬢様?! 正念場はここからなんですよね?! 最悪死ぬんですよね?!」
「マリーちゃんが吠えた?! ど、どうどう」

今までの経緯を思い出してもやはりこの状況を理解することができず、つい声を荒げてしまう。ミーシャは背伸びをして私の頭を撫でてくるが、一体それが何の慰めになろうか。

領主の家に仕える者でありながらこう言うのもなんだと思うが、確かにクランテットは治安が悪い。いかに浮遊魔法、飛行魔法を当然のように使いこなす実力があっても、妙に警戒心の薄いミーシャではクランテットに入ったその日のうちに身ぐるみを剥がれてしまうだろう。

ミーシャに恩義を感じるのであれば、エスコートは必須だ。私にはそう思えないが、彼女が信用できないというのであれば監視もまた然り。

だがそれらは全て、こちらに余裕のある時に限った話。敵地への潜入という極限状態にあっては、そんなことに気を配っている余裕など欠片も無い。いつ誰に追い詰められるかも分からない現状では、可能な限り身軽に動ける状況を作るべきなのに――

「むぅ、しかめっ面。ほら、そこの屋台でクランテット肉まん買ったから一緒に食べよ?」
「こんなどこにでも売ってそうなものが1つ1000クロムって、どう考えてもぼったくられてるじゃないですか……」
「え、え、そうなの? ……良いもん! 私はこのクランテットに新たな一歩を踏み出したっていう実感にお金を払ったの! ほら、あーんして、あーん」

現状はこうだ。こんなミーシャのお守りをしながらの情報収集など、至難を通り越して無理無謀の域といえる。しかもお嬢様の言葉を鵜呑みにするのであれば、私は情報収集に優先して彼女のクランテット巡りに付き合わなければならないのだ。

嗚呼ミーシャ・ストレイル。貴女はなんて面倒な女なのでしょう。私はもう、ご都合主義の塊のような貴女には会えないのでしょうか。

……いえ、恐らく本当に面倒な存在は全てを語らないお嬢様なのでしょうが、お嬢様の言葉は素直に従っておかないと後が怖いので多くは語りません。折檻をされるという意味ではなく、後で割を食うのは自分だというのが余計に厄介な――いえ、お嬢様の聡明な所でしょう。

そんな苛立ち故か、つい差し出された肉まんに大人げなく大口を開けて齧り付いてしまう。その光景を見て「は、半分持っていかれた……」と驚愕の表情を浮かべて固まるミーシャの姿に正気になるも、飲み込んだ肉まんは吐き出せない。

「……すみませんミーシャ様。勢い余ってしまいました」
「べ、別に全然大丈夫だから! 気前の良さはハーレムの構築には必須だって分かってるから! 分かってるんだから……」

全然気にしていない風に言葉では言っておきながら、その瞳はずっと私に食べられて小さくなった肉まんに向けられている。心なしかその瞳には涙が浮かんでいるようにすら見えて、とにかく心が痛い。

なにか子供の遊びに口出しをして白けさせてしまった時のような、言葉では表現しにくい後ろめたさが私の心を蝕む。私の短絡さが招いたこととはいえ、この娘は人の罪悪感を煽ることにかけては天才的と言えるかもしれない。

小さく溜息を吐き、ミーシャが肉まんを買った屋台まで足を運ぶ。屋台の主はにやにやとした不快な表情でこちらを見つめているが、自らの短絡さが招いたことだと思えば我慢するしかない。

「お姫様のご機嫌取りかい? 味変わりのクランテット野菜まんなら1500クロムだよ」
「当然のように足元を見てきますね。これだからダウンタウンは嫌いなんです。釣りはいりませんよ」

店主に2000クロムを握らせて野菜まんを手に取り、屋台を後にする。絶対に疑われない暗器として仕込んでいたポケットマネーだが、情報料としてはさておき、こんな形で使うことになるとは思いもしていなかった。

「こちらは味変わりの野菜まんだそうです。先ほど肉まんを頂いたので、そのお返しです」
「え、良いの? だったらその、あーんってしてくれたりもするの?」
「まあそのくらいなら……はい、あーん」

そうして買ったばかりの野菜まんをミーシャの口元に差し出せば、先ほどの暗い雰囲気はどこへやら、瞳を輝かせて齧り付いてくる。

しかし歯型の付いた野菜まんを見ればどうやら皮が厚く、一口では具まで辿り着かなかったらしい。なので二口目を薦めてみれば、今度は具まで辿り着けたらしく満足げな表情をしていた。

「まさか本物のメイドさんにあーんしてもらえる日が来るなんて……いかがわしいお店限定のサービスじゃなかったんだね」
「ミーシャ様はメイドをなんだと思っているのですか?」
「え、えっと、その……ご主人様にえ、えっちな――」
「そこまでです。それ以上言ったら怒ります」

メイド服の袖口から刃をチラつかせてそう言えば、必死に口を手で押さえて頷くミーシャ。そしてなぜか鼻まで手で覆い、そのまま息ができずに顔を赤くするミーシャ。

そんなミーシャを見ていたら、良くも悪くも肩の力が抜けたような気がした。お嬢様がミーシャを連れていけと言ったのは、つまりはそういうことなのかもしれない。

「とりあえず、このまま屋敷のある方までまっすぐ進んでいきましょうか。気になるものがあったら近づく前に私に聞いて下さい」
「はーい!」




「お、お金がもう無い……」
「ミーシャ様は本物の馬鹿なのですか?」

通り沿いに並ぶ屋台を巡っては買い食いをしていたミーシャが、空になった財布を手に呆れたくなるような言葉を発する。

随分と躊躇無く散財していくからには相当懐に余裕があるのだろうと思った矢先のこれである。その両手は串焼きやら何やらで見事に塞がり、一目見て安物と分かる髪飾りを付け、一人だけ祭りに浮足立っているような姿をしている。

もはや誰に問うまでもない出店のカモだ。もしクランテットの治安がランヴィルド並みに良かったとしても、誰かの庇護下になければ彼女は当然のように破産していたことだろう。

「大した金も持っていないのに、目に付いたものを片っ端から買っていくからそうなるのです。見栄を張る相手も居ないでしょうに、どうしてそんな真似をしたんですか」
「『冒険者たるもの、破滅が見えていたとしても刹那的な道楽に金を惜しむな』……私が尊敬する冒険者、グースビック・ギュールの言葉だよ」

私の知るグースビック・ギュールと言う男は、子供たちの反面教師として童話に登場するほどのダメ人間なのですが……。発言からしてダメ人間のグースビック・ギュールで間違いないようですし、一体なぜそれを尊敬してしまったのか。疑問は尽きない。

「というかミーシャ様、お金も無しに今日の宿はどうするつもりなんです? クランテットに弱者の救済は基本ありませんよ?」

目の前で唐突に文無しへと変化したミーシャの今後が気になり、ふとそんなことを聞いてみる。

人の巡りと金の巡りで成り立つ街であるが故に、そのどちらも巡らぬ者に対してこの街はひどく冷たい。今の彼女のように、街に入ってすぐに文無しになるなどこの街では真っ先に見捨てられてしまう存在だろう。

仮に赤貧をジューディス家とのコネクションで誤魔化そうにも、そのジューディス家が渦中にある今では碌な援助も受けられず、それがロッシーニュの目に留まればかえって身の危険を増すばかりだろう。

余りにも下らない理由だが、ある意味において今一番の窮地に立たされているのは私たちではなくミーシャなのだ。そのことを彼女は把握できているのだろうか?

「ふふふ、それなら秘策があるのだよ……じゃーん! ミーシャちゃんお手製超究極もこもこあったかローブ! イリーちゃんにも渡したこれさえ着ていれば、路上でもぐっすりすやすや、ぬくぬくのんまりできちゃう素敵な逸品!」
「クランテットの路上で一夜を過ごすなんて、貴女はどれだけ人攫いに会いたいのですか?」
「私最強だから大丈夫だよ! 私の魔法にかかれば人攫いなんて一、撃、必、殺! なんだから!」
「明日には奴隷商館で会えそうですね。せめて良いご主人様に買われることを祈っています」

――案の定である。何故彼女はここまで、ごく自然に自分から餌になりにいくことができるのだろう。

この極まった迂闊さに呆れを通り越して感動すら覚える。いったいどんな環境に生まれれば、こんな人型の生餌のような生物がこの歳まで育つことができるのだろうかと考えてしまうくらいだ。

「とりあえず今日は情報収集が終わった後、ミーシャ様もお嬢様の待つ草原まで戻りましょう。寝込みを攫われる心配が無い分、そちらの方が安全なはずです」
「マリーちゃんから夜のお誘いが?! ……これは脈アリ、ということなのかな」

じゅるりと唾を呑みながら、まるで獲物を見つけたかのように口角を吊り上げるミーシャ。

しかしミーシャは気付いていない。ミーシャが私を獲物として見ている以上に、柄の悪い連中が獲物を見る目でミーシャを見ていることに。だがそれに不快感こそ覚えども、それを咎めることもしない。立場が違えば、私も同じ視線でミーシャを見ていただろうから。

「無いです。――そういえばミーシャ様は冒険者なんですよね? クランテットの冒険者ギルドに寄ったりはしないのですか?」
「あ、忘れてた。……あーでも私Fランクだし、なんかこう門前払いされたりしない?」

ランクについて語ると同時に不安そうになるミーシャ。ランクに関係なく貴女は侮られると思います。

しかしFランク、というのは少々聞き捨てなりません。属性魔法とは異なり習得に特殊な前提条件が存在しない無属性魔法とは言え、飛行魔法はその制御何度の高さから、使用できるだけである程度の実力を認められるもののはずですが――

そこまで考えて、ふととある事実を思い出す。そう言えば彼女と出会った場所は、クランテットからランヴィルドに向かう途中のことだったと。

「もしかしてミーシャ様はランヴィルドで冒険者ギルドに登録しましたか? だとしたら納得なのですが」
「そうだけれど――何が納得なの?」
「ミーシャ様のランクについてです。ランヴィルドの冒険者ギルドはランクの昇格が異常に厳しいことで有名ですから」

お嬢様が昔、そんなことをぼやいていた気がする。なんでもランクの認定官である受付嬢が戦闘の技量に加えて知識、人格を加味した上でないとランクを上げようとしない堅物なことから、冒険者に多い自由人はびっくりするほどランクが上がらないのだとか。

ここ2年ほど、ランヴィルドで昇格した冒険者が1人も居ないことからもそれが事実だと知れる。ただその分ランヴィルドでランクを上げた冒険者はどこぞの騎士団かと見紛うほどに動きが洗練され、人間的にも成熟し、依頼の達成率も他の支部と比べて異様に高いという結果も残しているとも聞いた。

要するに、ランヴィルドの冒険者はランクが当てにならないのだ。少なくともミーシャの魔法がどれだけ高い技量の上に成り立っていようと、隙だらけのこの様を見ていればランヴィルド基準でFランクなのは納得できる。ランヴィルドでない場所の基準でFランクより上かはまた別の話だが。

「じゃあやっぱり私がFランクだったのはエミルさんの意地悪だったんだ……酷いよぅ」
「意地悪ではないと思いますが――舐められたくない、というのであればレベル測定をしてみるというのも手です。
ランヴィルドと違ってクランテットの冒険者ギルドにはレベルの測定器がありますから、それだけでも登録しておくと話がだいぶ違うかもしれません」

そう告げるとミーシャはしばらく悩むそぶりを見せた後、やっぱりいいや、と首を横に振る。

「良いんですか? レベル測定だけならお金はかかりませんよ?」
「うん、いいの。私はもう究極で最強だからレベルとかあんまり気にしてないし。
それに昔師匠から「レベル測定器は貴重だからお前は使うな。絶対壊れる」って言われたし」
「あー……納得です」

確かにレベル測定器は貴重で、繊細な機器だ。宣伝も兼ねているとはいえ、無料でそれが使えるクランテット冒険者ギルドにおいてもその扱いに細心の注意を支払うのには変わらない。

そんなものをミーシャが弄ればどうなるか――破損させて弁償、金が足りず借金、返済できずに奴隷落ちと、一足飛びに人生の階段を駆け下りていく様が容易に想像できる。

なるほど薦めておいてなんだが、彼女はあまりレベル測定をしないほうが良いだろう。というより高級品のそばに近寄らないほうが良いだろう。その結論に至るまでにいったいどれだけの物品を壊されたのかと、彼女の師匠に僅かばかりの同情を覚えるばかりである。

「ならもう寄り道せず、情報を集めましょうか。――本番はここからです。気を引き締めましょう」




「ねえねえ、もしかしてマリーちゃんって本当にえっちなメイドさんなの? セクハラメイドさんなの? ここって、その――」
「見ての通りの娼館ですね。――そういう目的で来たわけじゃないですよ?」

裏路地を進んだ先にある娼館に辿り着いた時、ふとミーシャが突然に私から距離を取り始めた。どういう訳か我が身を抱き、若干怯えた目つきで私を見てくる。

その姿を見て私はほんの少しだけ驚いてしまった。ミーシャにも警戒心というものがあったのか、と。そしてその感動に続いてこれに限って警戒心を露わにしたのかという疑問が浮かび、続く言葉にその解を得た。

「まさかマリーちゃんもセレスちゃんみたいに私を滅茶苦茶にするつもりなの?! 手足を縛って全身にえっちなご奉仕をされちゃうの?!」
「誰ですかそのセレスとかいう人は。初めて耳にしましたが」
「え? えっとねー、セレスちゃんは優しくてかっこよくて、頼りになる私のハーレムメンバー1号だよ! でもすごくえっちで、あ、あ、あんな……」

どうやら彼女、ランヴィルドでも活きの良い餌をしていたらしい。茹で上がったように顔を赤らめるその姿から察するに、相当な肉食系が釣れたと見た。

ハーレムなどというのは恐らく妄言だろう。もじもじと指先をいじるミーシャのその姿には、人を寄せ付ける人物に特有のカリスマというものを微塵も感じられない。

男だろうが女だろうが、こんなのの周りに侍っている様が全く想像できないというのは人の上を目指す者としてなかなかに致命的だ。そのことに彼女は――まぁ、気付いていないのだろう。

「うぅ……セレスちゃんめ、次会うときは私がひーひー言わせてやるんだから! このえっちなお店でいやらしテクを身に着けて、身も心も私色に染め上げちゃうんだからぁー!」
「ちょ、ミーシャ様?! だからここにはそういう目的で来たのではなく――」
「大丈夫、こういう所での殺し文句なら私知っているんだから! 伊達にふしだらな師匠の娼館通いに10年以上も付き合わされていた訳じゃあないっ!」

そう叫んだ次の瞬間には娼館に向かって駆け出していくミーシャ。慌てて止めようにもミーシャは意外にすばしっこく、あれよあれよという間に娼館の中へと吸い込まれていく。

本来の業務は別とは言え、ここも表向きは娼館だ。女を抱こうと思えば少なからず金はかかるし、用心棒だって相応に居る。

そこに文無しで突っ込んでいくなど言語道断。当然、待ち受けるのは借金のカタに体を売る日々だろう。さすがにそれは見逃せず、声を荒らげるが――

「止まってくださいミーシャ! ここはそういう店では――」


『やあ、綺麗なお嬢さん。私に大人の女ってものを教えちゃあくれないかい?』
『迷子かい? ここはアンタみたいなガキが来るところじゃないよ。さっさとお帰り』
『あれー?』


どうやら声をかけるまでもなかったらしい。まあ、こんなのが客とか誰も思わないですよね。




「何が『私に大人の女ってものを教えちゃくれないかい?』ですか。人の話を聞いていたのですか?」
「だってこう言えば『あら、あなたは十分に女を知っていそうに見えますが?』『君の美しさの前でグースビック・ギュールだって女を忘れるさ』『なんて素敵な殺し文句でしょう。――奥の部屋でお待ちください、すぐに最高の女を連れて行きます』みたいなイケてるやり取りのあと、可愛い女の子と個室でいちゃいちゃできるはずなだもん! 師匠がそう言ってたの何度も見たもん!」

このちんちくりんがそれを言って絵になるとでも思っていたのでしょうか。

娼館に弟子を、それも女の子を連れていく師匠もどうかと思うのですが、それをそのまま真似をする弟子も弟子です。そしてそんな師匠を持ちながらこんな育ち方をするにはどういう環境なら可能なのか、余計に謎が深まります。もしかするとある意味、彼女は大物なのかも知れません。

「金も無しに何をしようとしているのですか? ――そもそもここは見てくれ通りの娼館ではないですしね」
「ほえ? そうなの?」
「さっきも言いました。――少々お待ちください」

ミーシャにそう言い残し、受付で肘をつく目つきの悪い女性に声をかける。女を売る店らしく綺麗めの顔をしてはいるが、先ほどからずっと不機嫌そうな彼女に「綺麗なお嬢さん」と声をかける勇気は私には無い。

だが私は彼女を口説きに来たのではない。言うべき言葉は決まっている。

「だからここは女子供を相手にする場所じゃないっての。冷やかしなら帰って――」
「失礼します。『ここにメリッサという女性が居ると聞いたのですが』」

こう言った瞬間に、受付の彼女の顔色が変わる。興味の無い視線から睨むような、勘ぐるような、明確にこちらを意識したものへと。

「メリッサ? 居るけどアイツは男だよ?」
「『バドゥーラという男性は。この店の支配人をしていると聞きました』」
「店の名前を見ていないのかい? ここの支配人はダンウェルだよ」
「ああ、店を間違えていたようですね。では『「エイリメスの涙」という店に行きたいのですが、道案内を頼めますか?』」
「――地図は奥だよ。付いてきな」

こちらが全てを言い終わるや否や、目の前の彼女は席を立って後に続くよう促してくる。そんな彼女に一言付け足し、ミーシャも同行する旨を伝える。この街の暗部にほど近いこの場所に一人で置いておくには、彼女は少々隙だらけ過ぎる。

「お姉さんが一瞬でデレた……?! 何その話術?!」
「いやコレ符丁ですから。ほら、付いて来てください」

ミーシャの手を引いて店の奥へと進めば、何の変哲もない小部屋に辿り着きます。しかしそこで足を止める気配を見せることはなく、そして当然のように部屋の片隅にある本棚を押しのけて、その先にある階段を下りていく。

地下へと続く隠し階段が露わになった瞬間から、どういう訳か瞳を輝かせ始めたミーシャは無視です。全部気にしていたらこちらの身が保ちません。

「ここで待ってな。すぐにこの街一番の地図がやってくる」

そう言って案内された場所は、一見してどこまでも続く道の途中でした。しかしよく見れば壁に継ぎ目があり、そこに手をかければ自然と壁は扉になりました。

そうして入った部屋はここに至るまでの薄暗い道とは異なりとても豪奢な作りで、そこにある調度品の全てが素人目にも一級品だと分かる代物です。それを見て感極まったのか、ミーシャがついにはしゃぎだします。

「すごいよここ! 秘密基地だ、それも昔私が作ったのよりもよっぽど秘密っぽい!」
「実際秘密の場所ですし――というか、あまり騒がないでください。ここは真面目な話をする場所なので」
「むぅ、私は真面目だよ! だってこの部屋すごいんだよ? 外からだと地味で目立たなくて秘密感があるし、広々として基地感も十分! 隠し方に無理が無いのに気付こうと思わなきゃ気付けない! ここを作った人は秘密基地の何たるかを分かっているよ!」

何か秘密基地について力説しだすミーシャ。ですがこの部屋を設計したのは本職なのですから、当然の話ではないのでしょうか。

しかし声を抑える気が欠片も感じられないミーシャに、少々どころではない焦りを覚えます。彼女はここが、この街にいくつかある悪意の源泉の1つであることを察せていないのでしょうか。この部屋の隅々から刺すような殺気が飛んでくるこの場所を、平和な場所だとでも思っているのでしょうか。

「ですから、静かにしてくださいっ。礼を失するような行為は控えて。だってここは――」
「ふふ、声の大きなお嬢さんですね。ですがそこまで声が大きいと、声が響いて秘密基地の場所がばれてしまいますよ」

そんな私の言葉を遮るように、衣擦れの音すらなく私たちの目の前に現れたのは白一色の外套に身を包んだ壮年の男性でした。

静かに微笑みを浮かべ、口に人差し指を当てて静かにするようジェスチャーをする彼ですが、その佇まいには隙の一つも見当たらず、迂闊に近づいただけで首を落とされると確信してしまえるだけの実力差を感じる。

そんな男の正体を知る私は咄嗟に言葉が出てこず、冷や汗と共に息を飲みます。

お嬢様に同伴してこの場に訪れた時、一度だけ目にした彼。そんな彼がジューディス家相手とはいえ、たかが遣い如きの前に現れるなど想像もしていなかったのです。

「あ、ごめんなさ――おじさん誰?」
「この秘密基地を作ったおじさんです。気に入ってくれたようで製作者冥利に尽きますよ」
「おお、こんなところに製作者が。ぐっじょぶ。良いセンスしてる」

そんな彼に当然のように話しかけるミーシャのなんと恐ろしいことか。ものを知らぬとはここまで恐ろしいことなのかと肝を冷やす。

「み、ミーシャ、様。そのお方がどのような人物か、分かっているのですか?」
「うん? 秘密基地おじさんじゃないの?」
「違います。断じて」

断言する。目の前の男はそんな牧歌的な雰囲気を漂わせる呼称に似つかわしくない人間であると。

彼はことクランテットという街の中に限った話ではあるが、皇帝という最高の後ろ盾を持つジューディス家を相手にしてなお、無理も道理も押し通せる稀有な存在。

彼はそんな規格外の地位を、その身一つで手に入れてしまった傑物。

彼の名は――

「――【白影】ダンウェル・ノックピード。クランテット西部に強大な影響力を持つ闇ギルド『宵闇の鴉』の頭領――百万都市クランテットを牛耳る支配者層の1人です」

この街で最も深い闇が、慄く私を見て微笑んでいた。
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