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2話「王太子の来訪」

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翌日の早朝。

物置小屋の戸が開き朝日が室内に差し込む。寝ぼけ眼をこすりじっと目を凝らすと、執事が焦った顔で立っていた。

「お嬢様起きてください! そしてすぐにお屋敷に向って下さい!」

執事が早口でまくしたてる。

「何事なの?」

寝起きでぼんやりした頭で問う。

「王太子殿下がお越しです! お嬢様に面会を求めています!」

頭をハンマーで殴られたような衝撃が襲う。

やっと縁が切れて清々したのに今更何の用なの?

自分から婚約破棄を突きつけ、国外追放を言い渡した元婚約者の家に、よく来れたわね。相当面の皮が厚いか、よほどの阿呆のどちらかね。

「お嬢様、お早く!」

身支度を整える時間もなく、執事に急かされるままに屋敷に向かう。

妹に部屋を奪われたので卒業パーティーに出席したままの格好だ。物置小屋にいたからホコリがついてるし、髪は乱れている。身なりを整えたくても着替えも櫛も鏡もない。

せめて服ぐらい着替えたかったが、部屋もドレスもないのでそれも叶わない。


◇◇◇◇◇


応接室の戸を開けると上座のソファーに王太子が座り、下座のソファーにお父様とお義母様と妹が腰掛けていた。

私の格好を見てお父様が顔をしかめ、お義母様が蔑んだ目で私を睨み、妹はケタケタと笑い、王太子は唖然としていた。

「エルフリーナなんだその格好は! 王太子殿下がお見えなのだぞ! 身だしなみを整えてからきなさない! 執事よ、なぜこんな格好のエルフリーナを連れてきた!」

お父様が私と執事を怒鳴りつける。

「しかし旦那様が一分一秒を争うからエルフリーナお嬢様を叩き起こし手でも連れてこいとおっしゃいました。それにお嬢様の身なりを整えようにも、お嬢様の部屋もドレスもアクセサリーもありません。奥様がドレスとアクセサリーごとエルフリーナお嬢様のお部屋をラウラお嬢様に与えてしまいましたから」

執事の言葉にお父様とお義母様の顔が青くなる。妹のラウラだけは「お姉様のドレスもアクセサリーも私のもの~」と言ってアホ面でケタケタと笑っていた。

お父様は私の現状を王太子に知られたのがまずいと思ったのか、顔をしかめた。

お父様は王太子に婚約破棄され国外追放を言い渡された娘など、どんなに粗雑に扱ってもよいと思っていたのだろう。だから私の言い分は何も聞かず、ご飯も与えず庭の物置小屋に閉じ込めるように命じた。

しかし今日になって王太子が公爵家を訪れたことで事態が急変した。

お父様は王太子が私に謝罪し復縁を願いに来たと思っている。だから私を粗雑に扱ったことが王太子にバレて慌てているのだろう。お父様は昔から自分のことしか考えていない。

「王太子殿下違うのですこれは……」

「そうです誤解ですわ王太子殿下。王太子殿下に婚約破棄されたエルフリーナが、自らの行いを反省し、妹のラウラにドレスもアクセサリーも部屋も譲り、自分は物置小屋で寝ると言い出したのですわ。私達は止めたのですが聞く耳を貸してもらえませんでしたの」

お義母様がさも自分は被害者ですと言いたげな顔で目に涙を浮かべ皇太子に訴える。継母お得意の同情を引くための嘘と演技だ。

グーキュルルルル……!

貴族令嬢として恥ずかしいことだがお腹が鳴ってしまった。

そういえば昨日の朝からなにも食べていない。昼は急遽持ち込まれた仕事の処理と、腰に巻いたコルセットの締め付けがきつくて何も食べられなかった。夜は婚約破棄と国外追放の件でごたごたしたいて、食事をするどころではなかった。家に帰ってからは水すら口にしてない。

「エルフリーナは婚約を破棄されたショックで食事が喉を通りませんでしたの。私はちゃんと食事を用意させ、エルフリーナに食事を取るように言いましたよ」

お義母様の言い訳を聞いて唖然とした、よくまあ次から次へとでまかせが出てくるものだ。

「エルフリーナ、僕に婚約破棄されたのがそんなにショックだったのか……! こんなにやつれてみすぼらしくなって……!」

王太子はお義母様の言葉を信じたようだ。分かりやすい嘘すら見抜けない、やはりこの王太子は凡骨だ。

大勢の前で婚約破棄され恥をかかされたのだ、多少は傷ついた。

だがそれは恥をかかされことと冤罪を着せられたことに対して傷ついたのであって、決して王太子に婚約破棄されたことに傷ついた訳ではない。

この顔だけのアホ王太子と、王家と繋がりを持ち甘い汁を吸うためだけに私を王太子の婚約者にした親と、なんの努力もしないのに「お姉様はずるい!」と嫉妬してくるわがままな妹、彼らと縁を切れるなら婚約破棄されて国外追放されるのも悪くはないと思っていた。むしろ婚約破棄されて清々していた。

「いえ、別に……。それと王太子殿下私達はもう婚約者ではありません、名前ではなくアーレント嬢と家名で及び下さい」

いつまでも馴れ馴れしく名前を呼ばないで下さい、不愉快です。

「そう意地をはるな、君が傷ついているのは分かっている」

相変わらずこの王太子は人の話を聞かない。

「それもこれも全部僕のせいだ! こんな風に落ちぶれたエルフリーナを見てはいられない! 僕に責任を取らせてくれ!」

「はぁ?」

王太子の言葉にどう返していいかわからない。

「実を言うとエルフリーナと婚約破棄して国外追放を命じ、真実の愛を見つけたので男爵令嬢のハンナと結婚したいと父上と母上に報告したら、二人に激怒されてね」

婚約破棄も国外追放も、両陛下の許可を得ていなかった? 事後報告だったのですか?

昔から考え方が浅い方だとは思っていましたが……まさかここまでとは。王命での婚約をなんと心得ているのやら……。廃嫡されて塔に幽閉されても不思議ではない。

「父上と母上はハンナは男爵令嬢だから正室にはなれないって言うんだ! ハンナには礼儀も教養もないから王太子の仕事を任せられないと!」

ハンナ様は男爵令嬢しかも庶子だ正室にはなれないという国王と王妃の言葉は最もだ。

礼儀作法がなってないのと教養がないのは、今からスパルタ教育すればなんとかなるかもしれない。

というか王太子の仕事は王太子のあんたがやりなさいよ!

王太子の仕事を婚約者に押し付けようとは、国王も王妃もどうかしている。

「だから僕は父上と母上を説得したんだ」

王太子の言葉は私の想像の斜め上を行っていた、悪い意味で。

「エルフリーナを側室に迎え王太子の仕事
を全部やらせるから、ハンナは正室にしてくれ! 父上と母上も君が側室になり王太子の仕事をするならハンナと結婚してもいいと言ってくれた! ハンナは運命の相手だから僕はどうしてもハンナと結婚し、ハンナを正室に迎えたいんだ!」

……王太子の言葉を聞いて空いた口が塞がらなかった。

「ポカンとした顔をしてるね。もしかして僕の言葉が理解できなかった? もう一度説明するからよく聞いてね。

エルフリーナ、君が側室になって王太子の仕事をしてくれないと、僕は愛するハンナと結婚できない! 傷物の君を僕がもらって上げるから側室になってくれ!」

王太子殿下は何をおっしゃっているのでしょう? なんでクソみたいな提案をドヤ顔で言えるのですか? しかも二回も。

私を傷物にしたのはあなたですよ? あなたが卒業パーティーで一方的に婚約破棄をし、いわれのない罪を着せ国外追放を命じたから私は傷物になったのです!

王族から婚約破棄されたら、やましいところがなくてもされた側が悪いことになってしまうのです。

運命の相手がいらっしゃるのならいくらでも婚約解消に応じましたのに!

それなのに私に謝罪するどころか、先触れもなく家を訪ね、男爵令嬢と結婚したいから側室(日陰者)になれ? 仕事だけしていろとおっしゃるのですか?

馬鹿にしている……! ここまでプライドをズタズタにされたのは生まれて初めてだ! 膝の上で握った拳がふるふると震える。

「僕としてはハンナとの真実の愛を貫きたいから、ハンナ以外を妻に迎えたくないし、ハンナをいじめていた君と結婚するのは嫌なんだけど……」

私だって嫌ですよ! 堂々と浮気しておいて、浮気相手の言葉だけを信じ、ろくに調べもしないで冤罪を着せ、婚約破棄と国外追放を命じ、翌日舌の根も乾かないうちに元婚約者の家を訪れて「側室になって仕事だけしてくれ」と言ってくる厚顔無恥な王太子と結婚するなんて……!!

「子作りのことは心配しなくてもいい君は飾りだ! 父上も母上も君に子供を産ませるなといってるし、僕はハンナ以外の女を抱きたくない!!

僕とハンナは真実の愛を育む(遊ぶ)のに忙しく公務をしている時間がない! 君は部屋にこもって僕の変わりに仕事だけをしていればいい! 社交パーティーやお茶会にはハンナと主席する!! 君は部屋に閉じこもり一切社交の場に出なくていい!!」

この王太子は自分がどれだけ失礼な事をいっているのか分かっているのでしょうか? こんな男の子供を生むのは絶対に嫌ですが、そもそもこんな無礼なことを平気で言ってくる男と結婚すること自体ゴメンです! 今すぐそのにやけづらを殴ってやりたい!

王太子の身分にありながら、仕事をしないで王太子妃と遊び呆けるから変わりに仕事をしてくれ! なんてよく言えたものですね! 全国民に謝って欲しい、税金を払っている民に失礼だ!

それと馬鹿ですか? 社交の場に出ず、他人と会話をしなかったら国内情勢も国外の情勢も分からない、そんな状況で国の大事を決める書類にはんこを押せるはずがない。

社交パーティーの場で礼儀知らずで教養もないハンナ・ノークト男爵令嬢が上手に自国の貴族や他国の王族と交流できるとも思えない。

キッパリと王太子の申し出を断り海外に逃げよるう! もうこの国にも王族にも仕える気がしない! 私はこの国の王族を見限ることにした。

「失礼ですが王太子殿下……」

開きかけた口をお義母様に両手で塞がれた。

「んー! んんんーー!」

声が出せない! お義母様の細腕のどこにこんな力が!

「もちろん了承しますわ、王太子殿下!」

「傷物の娘ですがよろしくお願いします!」

お父様とお義母様が勝手に王太子の理不尽な要求を承諾してしまった。

「公爵夫妻ならわかってくれると思っていた! 社交界で恥をかいた貰い手のない傷物の娘をお飾りとはいえ僕の側室にしてやるんだ、お前たちにとっても悪い話ではないだろう!」

「もちろんですわ殿下」

「傷物の娘をもらってくださりありがとうございます」

お義母様とお父様が満面の笑顔で答える。

「お姉様良かったじゃない、王太子殿下にもらっていただけて! お姉様みたいな傷物の嫁ぎ先として最高よね! キャハハハハハ!」

妹が私を蔑んだ目で睨み、下品に笑う。

喜々とした様子ではしゃぐ王太子殿下と家族の言動に怒りが頂点に達する! 私を傷物にしたのは他でもない殿下だ! それなのに反省もせずヘラヘラと笑いこんな理不尽な要求を突きつけてくるなんて! その要求を承諾すり父も母も最悪だ! もはや親とは思わない! こいつらは人ではない鬼だ!

そう言ってやりたいが声が出せない! 継母の拘束はさらにきつくなっていた!

「ではこちらの契約書にサインを!」

「はい、喜んで」

父がニコニコしながら、王太子が懐から取り出した契約書にサインをしている……私は呆然とそのやり取りを見ていることしかできない。

「お前たちエルフリーナを王宮へ運べ」

今「運べ」といいました? 「連れていけ」ではなく「運べ」と? 人をもののように扱う王太子。 

「抵抗するなら縛っても構わん! 絶対に逃げられるな!」

「「はい殿下」」

命じられた通りに王太子に従う近衛兵。

「んんーー! んんンンんーー!!」

私は足をじたばたさせ抵抗したが抵抗虚しく、近衛兵に当て身をくらわされ猿轡をされ、手と足を縛られた。

芋虫のようになった私を、近衛兵のひとりに担がれ屋敷から連れ出され、乱暴に馬車に放り込まれた。

両親に売られた……王太子も父も継母も私の意思などどうでもいいらしい。王太子のバカみたいな要求を受け入れた国王と王妃も許さない。

なぜ私が王太子とノークト男爵令嬢の真実の愛の犠牲にならなければならないの

…………そっちがその気なら私にだって考えがある。

私を侮辱し傷つけ利用たことを後悔させてやるわ……!
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